《第二十四章 豊穣祭は賑やかに》②
村から街へ通じる街道をしばらく歩くと程なくして入口が見えてきた。
祭独特の賑わいと熱気が街中を包み、屋台からは店員の威勢の良い声とともにじゅうじゅうと焼いた肉の匂いが鼻腔を刺激する。
シンシアは勇者の手を取って屋台や通行人を掻き分けて銀行へと向かう。
「俺、あっちの屋台見たいけど……」
「そんなのあとあと。お金下ろさなきゃいけないんだから」と夫の手を引く。
銀行で年金を受け取ると、その足で新しくオープンした被服店へと向かう。
「いらっしゃいませ。こちらは初めてですね?」
入口で出迎えてくれた店員にシンシアが割引券を見せる。
「はい。こちらの割引券で対象の商品が二割引になります。こちらへどうぞ」
店員に案内され、シンシアが棚から見繕った服を次々と勇者の体にあてがってサイズを確かめる。勇者はされるがままだ。
「んー……これはイマイチね。こっちは似たようなのがあるし」
「服なんてどれでもよくないか?」
「ダメよ。せっかく来たんだからちゃんと選ばないと!」
「はいはい」
夫の服選びが終わると次はシンシアの番だ。
「ねぇ、これとこれ、どっちが良いと思う?」と左右に持った服を見せる。勇者には同じように見える。
「どっちも似合うよ」
「もう! ちゃんと選んでよ!」
思ったことを言っただけなのにな……。
と、後ろの方で客と店員の声が聞こえてきた。どうやら客が文句を言っているらしい。しかも聞き覚えのある声だ。
「どうしてこの店には私に相応しい服がないのよ!?」
「申し訳ございません。当店はお求めやすい価格で販売していますので、お客様の御要望の商品ですと、どうしても限界が……」
「ないなら作ればいいじゃない!」
「お姉様、それ以上は……」
「新しく出来たお店だと聞いてみれば……とんだ期待はずれだわ!」と大仰な身振りで失意を露わにする。
勇者が振り向くのと高飛車な客が視線を合わせたのは同時であった。
「あーー!」と店内に響く声。
「勇者様!!」
「ガトー姉妹!!」
「ショコラ! それにミカも!」とふたりの姿を認めた勇者は素早くシンシアの後ろへと隠れる。
だが、勇者のだらしない体つきでは隠しきれていない。
「勇者様!」とミカが駆けよってきたので勇者は思わず「ひっ!」と上ずった声を上げる。
無理もない。以前ガトー姉妹に無理やり家に連れてこられ、
未だに勇者はその時のことを思い出すと痛みが走るのだ。
「勇者様、喋れますのね。ということはやはりあれは芝居……」
よかった……と胸をなで下ろす。そして潤んだ瞳を勇者へと向ける。
「ごめんなさい……あんな軽率なことをしてしまって……」と顔を俯かせる。
反省したようで勇者もほっと胸をなで下ろす。
「分かればいいさ。もう気にしてないよ」
ミカの顔がぱっと明るくなる。
「ああ勇者様……そうですわね。いくら勇者様と言えども初めてなのですから、やはり初心者向けの拷問道具で……」
前言撤回。やはりこのミカという娘は恐ろしい。
そこへ姉のショコラが割って入る。
「勇者様。またお会いできるなんて……」
ショコラが勇者の手を取ると自らの実り豊かな胸へと押しつける。
「また、私達と一緒に遊びましょう」
「ちょっと! あたしをないがしろにしないでよ!」
ショコラが「あら?」とさも今頃気付いたかのようにシンシアを見る。
「勇者様の奥方様ね。この間はよくもやってくれましたわね」
「勝手にひとの夫を無理やり家に連れて行くような人に言われたかないわよ!」
とにかくあんた達の好きにはさせないんだから! と睨みつける。
「まあ! 無理やりだなんて……私達は家に招き入れただけですのよ?」
「お姉様、私怖いですわ」とミカが姉にすがりつく。
ショコラが妹の頭をよしよしとなでる。
「そうですわ。ここはひとつ勇者様を賭けて勝負しません? もちろんあなたが勝ったら勇者様にはもう二度と手を出しませんわ」
ショコラの提案にシンシアは顔をしかめる。
「いいわ……その勝負、受けて立とうじゃない! それで、なんの勝負を?」
シンシアが誘いに乗ったのでショコラが唇の端をわずかに歪める。
「ちょうど今は豊穣祭の真っ最中ですし、ここはひとつ料理勝負といきません?」
「望むところよ!」
かくて令嬢姉妹とシンシアの
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