《第二十三章 勇者一行、南の島へ行く》④

 

 マーレ船長率いる海賊船、人魚の涙セイレーン号からボートが降ろされると、勇者一行を乗せて船へと戻る。

 縄梯子を登ると、青いバンダナを巻いた船乗りが手を引っ張りあげて乗船を手伝う。


 「あ、ありがとうございます……」シンシアが礼を言う。

 「ようこそ、人魚の涙号へ」船乗りが給仕よろしくかしこまったお辞儀をする。

 次々と勇者一行が船へと乗り込んでくる。


 「へぇえ……初めに乗ったときと比べて立派になっとるんやない?」

 「だの。こらぁ腕の良い船大工だな」ライラの感想に同意するアントンの腕にレヴィがしがみつく。


 「私、怖いですわ。海賊って野蛮なんでしょう?」

 「大丈夫ですよ。レヴィさん。ここの海賊のみなさんは優しい方ですよ」とセシルが安心させる。


 「ようこそ! あたいの船へ!」


 威勢の良い声が響く。声はメインマストのほうからだ。軽い身のこなしでマストから飛び降りる。


 「久しぶりだね!」船長がにかりと白い歯を見せる。


 「と、肝心の勇者さまが見当たらないけど、来てないのかい?」マーレ船長が隻眼できょろきょろと見回す。


 「俺ならここにいるぜ」勇者が手を上げる。マーレ船長と船乗りたちから驚きの声があがる。

 無理もない。かつて共にクラーケンと戦った時の引き締まった肉体は締まりが失われ、丸っこい体つきになっているのだから。


 「ちょいと! 冗談キツいよ! 本当にあの勇者さまなのかい? こんなだらしない腹してさ!」と勇者の突き出た腹をつねる。


 「こんなんじゃ嫁の貰い手がないよ!」とマーレ船長が言うと、一行が笑いを堪える。


 「あのー……あたしがその嫁なんですけど……」シンシアが手を上げる。

 また船乗りたちがざわめく。


 「するってぇと何かい? こんなかわいい子があんな男の嫁さんだってのかい?」

 「はい……うちの主人が不甲斐なくてすみません……」シンシアが頭を下げる。

 「アンタも苦労してんだね……」マーレ船長がシンシアの肩に手を置いてうんうんと頷く。


 「さて! ひさびさの再会を祝して今日は宴だよ! コックに伝えな! 腕を振るって美味いメシをじゃんじゃか作っとくれって! あとラム酒も忘れるんじゃないよ!」


 そして勇者一行と船乗りたちに向き直る。


 「お前たち! 今日は思う存分楽しむんだよ!」

 「「アイアイマム!!」」


 船長の開会宣言で船乗りたちが鬨の声よろしく快哉をあげる。



 調理室からコックが腕を振るった自慢の料理が運び込まれ、甲板上に皿とグラスやラム酒、葡萄酒が並べられる。

 ジョッキやグラスに酒が行きわたったところで船長が乾杯の音頭を取る。


 「みんな酒は行きわたったね? んじゃ、乾杯いくよ! 英雄たちと、ろくでなしの船乗りどもと、人魚の涙号に乾杯!!」

 「「かんぱーい!!」」


 あちこちでジョッキやグラスががちんと合わせる音。ついで笑い声が響く。



 「でだ! まさに絶体絶命ってぇ時にクラーケンが空っぽの舟にまんまとかかって、そこをズドンっと大砲で木っ端みじんよ!」


 船乗りたちがシンシアとレヴィにクラーケンとの死闘を語って聞かせている。


 「ありゃあ、人生で一番スカッとしたな!」

 「ああ! さすがは勇者様だな!」

 「素敵……さすがは勇者様たちですね」レヴィが葡萄酒のグラスを片手に、もう片手を頬に添えてほぅっと溜息を漏らす。


 「そんなことがあったのね。あんたにしてはやるじゃない?」

 「だろ?」勇者がドヤ顔で鼻を高くする。

 「そうやって、またドヤ顔する……」とジト目のシンシア。


 「あんたたち、呑んでるかい!?」


 マーレ船長がラム酒を片手に割り込む。そして勇者一行たちとボトルでがちんと乾杯すると、そのままラッパ飲みする。

 「ぷはぁ」っと酒精を吐き出すと、シンシアの隣にどかりと座る。


 「しっかし、魔王を倒してから勇者さんがこんなかわいい子と結婚してたとはねぇ。アントンにいたってはエルフの別嬪な嫁さんときたもんだ!」


 頬に朱が差したマーレ船長はぐびりと呷ると、ちらりとシンシアの胸に目をやる。


 「ねぇ、もしかしてアンタ、胸のことで悩んでるんでないかい? 顔にそう書いてあるよ」

 「うぇっ!?」シンシアが胸を押さえながら素っ頓狂な声を上げる。

 「よければアタイが大きくなるよう手伝ってあげようかね?」


 そう言うと両手をわきわきさせる。


 「船長、それはアカンって! やってええことと悪いことあるんやし」とライラが止めると「温泉であたしの胸を揉んだのはどちら様でしたっけ?」とシンシアが突っ込む。

 「そういえば、クラーケン倒したあと、港町のポルトンで別れたが、そのあとどうしてたんだ?」


 タオがラム酒を呷りながら聞く。


 「ポルトンの船大工たちに船を直してもらったあとは世界中の海を回ってました。といっても、闇の領域まではさすがに行けませんでしたが……」船長の代わりに副船長が答える。


 「もちろん安全に航海出来たわけじゃあないさ。仲間が何人か死んだしね……遊覧船に乗ってるのとはワケが違うんだよ」


 マーレ船長の言葉に船乗りたちの表情が一瞬にして曇る。勇者一行が魔王討伐の旅でさまざまな困難にぶつかってきたように、彼らもまた辛苦を乗り越えてきたのだろう。


 「っと、せっかくの宴なのにしんみりさせちまったね。お前たち! あの唄を歌うよ!」

 「「アイアイマム!」」



 ♪海の荒くれどもと言ゃ、俺たち海賊のことさ

 右手にゃカットラス、左手にゃラム酒

 お宝と女をかっさらうことなんざ、俺たちにゃ朝メシ前

 髑髏ドクロの旗の下、気ままに生きるのさ。

 それが気ままな俺たち海賊のくらしとくらぁ!



 ふたたび乾杯の音頭があがると、またがちんとジョッキやグラスを合わせる音。

 船上でどんちゃん騒ぎが続くなか、月が傾き、遥か水平線上から太陽が顔を覗かせると船ではあちこちから静かな寝息と船乗りたちからはいびきの合唱が漏れる。

 そのなかで勇者はむくりと半身を起こして目を擦る。尿意を覚えたので隣で寝ているシンシアを起こさないよう、ゆっくりと歩いて甲板で雑魚寝している船乗りたちを踏まないようなんとか船縁まで来ると、そこから用を足す。

 すでに太陽は水平線上から離れつつあり、その眩しさに勇者は顔をしかめる。

 用を終えた勇者が戻ろうとすると、船尾のほうに誰かがいるのが見えた。

 近寄ってみると船長だ。こちらには背を向けている。


 「マーレ船長」と呼びかけると、船長はびくりと身を強ばらせると首を巡らして勇者だと気づく。


 「あんたか……よく眠れたかい?」

 「船で寝るのはこれが初めてじゃないからな。それよりどうしたんだ? こんなとこで」

 「うん……ちょいと考え事をね……」そして首を海のほうへと向ける。隣に勇者が立つ。


 「アタイさ、そろそろ海賊から足を洗おうかと思ってるんだよ……」

 「え?」

 「いやね、数年前にポルトンに着いたとき、クラーケンを倒して漁師や船乗りに礼を言われてさ、いままで略奪や荒事を繰り返してきたアタイらが他人様に感謝されるなんて……そんなこと一生ないと思ってた……」


 マーレ船長の頬が思わず緩む。


 「だからさ、アタイたちもなにか人の役に立てるようなことをしたいんだよ。それに、この船も直してもらったものの、あちこちガタがきてるからねぇ……そろそろここいらへんが潮時だと思ったのさ」船長が船縁を撫でる。我が子の頭を撫でるかのように。


 「…………それで、足を洗ったあとは、どうするんだ?」

 「うん……恥ずかしい話なんだけど、酒場というかレストランを開きたいなって……」ぽりぽりと頬をかく。


 「もちろん、反対する人もいるだろうし、アタイのつまらない夢についていってくれるひとは少ないかもしれない……」


 なにしろ、あいつら荒くれ者だからね……。


 そう、ぽつりと呟く。


 「自分はずっと船長に付いていきますぞ」


 副船長のセバスチャンがいつの間にか後ろに立っていた。


 「船長の夢、自分もそれに乗せてください」


 話を一部始終聞かれたマーレ船長は思わず顔を赤らめる。


 「な、なに言ってんだい!? 副船長のくせに出しゃばりすぎだよ!」どんっと副船長の胸を叩く。


 「とすると、船長は店では店長として働くのか?」

 「そうなるでしょうな。まさか女給仕ウェイトレスとして働くわけにはいきますまい」と副船長が言うので、勇者はフリルの付いたエプロンに頭にカチューシャをつけたマーレ船長を想像してみた。

 たまらず勇者が吹き出し、腹を抱えて爆笑する。


 「アンタ、いま何か失礼なこと想像してたんじゃないかい?」と、言うなり勇者の尻を足蹴にして船から蹴落とす。

 激しい水音で船乗りたちと勇者一行が何事かと目を擦る。

 船乗りのひとりが船縁から見下ろすと、勇者が海面から顔を出しながら、必死にもがいているところであった。

 そこへ勇者のまわりを鮫の背びれがゆっくりと周回する。


 「たすけてぇええええ!!」


 「船長、なにかあったので?」

 「さぁ、知らないねぇ? 足でも滑らしたんだろ」


 当の船長はさらりと事もなげに言う。そしてにかりと笑う。

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