《第二十一章 令嬢姉妹の憂鬱》③
朝、勇者と妻の暮らす家にてシンシアは朝餉の支度をしているところだ。
いつもなら寝室から夫の勇者が寝ぼけ眼で食卓につくのだが、昨日からまだ帰ってきていない。
昨日の令嬢姉妹を思い出して、シンシアは腹を立てながら食卓に皿やフォークを並べる。
なによ、あのバカ……あたしがいるってのに、あんな胸が大きいだけの女にでれでれしちゃって……!
ぶつぶつと愚痴を零しながら出来上がった目玉焼きの皿を並べる。
「あ」
気付かないうちに夫の分まで作ってたことに気付く。
~~ッッ!
自分の分と玉子二つの目玉焼きをしかたなく食べる。
ほんっとにあのバカは……!
「はい、あ~ん♡」
城下町にあるひときわ豪奢な屋敷の食堂にて、姉ショコラがオムレツを勇者の口へと運ぶ。
「美味しいですか? キャビア入りですのよ」
ショコラの問いに勇者がもぐもぐしながらこくこくと頷く。
「あら、勇者様。ほっぺにご飯が付いてますわよ」
妹ミカが取ってやる。美貌や若さに溢れる美人姉妹に挟まれた勇者はだらしないほどに鼻の下を伸ばしていた。妻シンシアのことなどとうに忘れてしまっている。
「それにしても今日は一段と暑いわね……」
ショコラがぱたぱたと手で扇ぐ。
「それでしたら水浴びしませんか?」
ミカの提案にショコラが「いいわね!」と顔を輝かせると、勇者のほうを向く。
「勇者様もご一緒しません?」
ショコラの豊満な胸を押しつけられては断れない。案の定、勇者はこくこくと首を振る。
「きゃあ!」
水着姿のショコラが屋敷の裏にあるプールにて勇者の風の魔法によって出来た渦でぐるぐると回りながら戯れる。
「すごく楽しいですわ! 勇者様、もう一度お願い!」
「もう魔力あんまり残ってないけど……」
平和な世の中で魔法を使う機会が少ないため、魔力も少なくなった勇者が言う。
「お・ね・が・い……♡」
潤んだ瞳でショコラが懇願する。これで断る男はいない。
勇者がふたたび風の魔法を発動させると、ショコラからまた黄色い悲鳴が上がる。
そんなふたりのやり取りを妹ミカはプールサイドにてパラレルの日陰の下、チェアに寝そべりながら眺める。
それに気付いたショコラが呼びかける。
「ミカ! あなたもこっちに来なさいよ」
「もぅ、お姉様は私が泳げないことを知ってるくせに……」とふて腐れる。
「泳げないのか?」勇者がプールの縁まで来る。
「はい……もともと私は運動が苦手ですから……」
「俺が教えるぜ」
「勇者様が教えてくれるのでしたら……」
ミカがおそるおそると水の中に足を入れる。床に足が着いたのを確認すると、勇者が腕を掴む。
「あわてないで、足を交互に上下に動かすんだ」
「は、はい……」
言われるがままに足を動かしてみる。勇者が腕を持ってくれているおかげで前に進んだ。
「泳げた! 私、泳げましたわ!」
ミカが喜びを露わにして勇者に抱きつく。豊満な胸を押しつけるようにして。
「頑張ったな!」
「はいっ! 勇者様のおかげです!」
さらに強く抱きしめる。
「あんっ♡ 私のお腹に勇者様のなにか、固いものが当たってますわ」
「わ、悪い……」
ばつが悪そうにする勇者を見て、ミカが悪戯っぽくふふふと笑う。
「もう! ミカだけずるいわよ!」
ショコラも後ろから抱きしめる。勇者が水の中で美人姉妹に挟まれながらだらしなく鼻の下を伸ばしている一方、屋敷の前ではシンシアが睨みながら鉄門を掴んでみしみし言わせていた。
「どうあっても通してくれないわけ?」
「申し訳ございません。たとえ、勇者様の奥方様であろうと、通すなというご令嬢からの命令です」
「どうか、このままお引き取りください」
鉄門を挟んでふたりの兵士が事務的に言い放つ。
「ふん、なによ! あんな胸が大きいだけの女の言いなりになって!」
そう言い捨てるとぷいっと踵を返す。
まいったわね……忍び込もうにしても警備は厳重だし……もし、潜入出来たらあのバカをとっちめてやる! と決意を固める。
とは言うものの……どうすれば……?
ふぅ、と溜息をつく。と、そこへ彼女を呼ぶ者があった。
「シンシアさん……?」
「え?」
聞き覚えのある声に途方に暮れたシンシアが顔を上げる。
そこには黒髪の少年が立っていた。彼女の顔を見た途端、少年の顔がぱあっと明るくなる。
「やっぱりだ! お久しぶりです。ぼくですよ。マルチェロです!」
「マルくん!」
以前、騎士になることを夢見て勇者のもとへ弟子入りしたマルチェロがシンシアのもとへ駆けよる。
「どうしたんですか? ここまで来て」
「うん、実はね……」事のいきさつを話す。
「あのガトー姉妹に攫われたんですか!?」
驚くマルチェロにシンシアが頷く。
「連れ戻そうとしたんだけど、たったいま門前払いを喰らったのよ」
「そんなことが……」
マルチェロが腕を組んで考える。
「どうしたの?」
「はい……実はガトー姉妹には良からぬ評判がありまして……」
聞けば、あまりの傍若無人な振る舞いに、上流階級の貴族のみならず、街の人々も迷惑を被っているのだとか。
「とにかく、このままでは勇者様になんらかの危機が及ぶかもしれません」
「でも、どうすれば……?」
「ぼくにまかせてください。考えがあります」
それに、と付け加える。
「勇者様にはお世話になりましたから、今度はぼくが勇者様を助ける番です」
初めて家に来たときとは見違えるように逞しくなったマルチェロが自信満々に言う。
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