《第二十一章 令嬢姉妹の憂鬱》②

 

 ガトー姉妹によって馬車で連れ去られた勇者は、城下町にあるガトー家の豪邸にいた。


 「はい、あーん♡」


 勇者の膝に乗った姉、ショコラがスプーンに乗ったブリュレを勇者の口へと運ぶ。


 「美味しいですか?」


 勇者の隣に座る妹、ミカがもぐもぐと咀嚼そしゃくする勇者に尋ねる。


 「うん、すげぇうまい」


 頬が緩む勇者を見て姉妹がふふふと笑う。


 「お気に召したようで良かったですわ。朝日鶏の厳選された卵から作られたブリュレですの」とミカが説明する。


 「さ、もう一口。あーん♡」


 また勇者がもぐもぐさせる。


 可愛い……♡ この丸っこい顔、そしてこの突き出た腹、これがあの伝説の英雄だなんて……この落差ギャップはまさに刺激的ファビュラス……!


 ショコラが腹をぐにぐにとつかんだので、勇者がくすぐったそうに笑う。

 豪邸の居間にて勇者が美人令嬢姉妹に挟まれながら鼻の下を伸ばしているなか、豪邸の門の前にひとりの女性が立つ。

 牛の鼻輪をかたどったノッカーでノックすると、程なくして老執事が応対に出た。


 「はい、どちら様でしょうか?」

 「ここにうちの人がいるんでしょ?」


 女、勇者の妻シンシアが腕を組みながら仏頂面で単刀直入に聞く。

 冒険斡旋所ギルドの受付嬢、エリカから事のあらましを聞いてやってきたのだ。


 「うちの人とは……? ああ、もしかして勇者様のことですかな?」

 「そうよ。どこにいるの?」

 「それは……」

 「じい、どうしたの? 誰かお客様?」


 扉の向こうからショコラの声。


 「申し訳ございません。お嬢様。勇者様の奥方様だと申される者が……」

 「勇者様の奥さん? いいわ、通してちょうだい」


 老執事が「は」と答えると、居間の扉を開ける。

 シンシアの目に飛び込んできたのは当然、美人令嬢とそのふたりに挟まれながら恵比寿顔の勇者だ。


 「ちょっと! うちの人になにしてるのよ!? あんたもなに鼻の下伸ばしてんのよ!」


 シンシアに咎められた勇者は恵比寿顔を崩す。


 「だ、だって、このふたりが美味いもの食べさせてくれるって……」


 狼狽する勇者をショコラが優しく頬に手を触れる。


 「そうですわ。わたくし達はただ、勇者様にスイーツを御馳走してるんですのよ。勝手にずかずかと人の家に上がり込んでくるあなたのほうが、むしろ失礼じゃありませんこと?」


 これだから下賤の者は……となじる姉に妹が「お姉様、それはあまりにも言い過ぎですわ」とたしなめながらも勇者の肩に手を添える。

 まるで所有権はこちらにあると言わんばかりだ。

 地位も財力も美貌すべてに負けているシンシアはぎりぎりと歯軋りする。

 なによりも姉妹揃って巨乳なのも気に食わなかった。


 「とにかく、帰るわよ!」


 夫を連れ戻すべく、居間に入ろうとするシンシアを扉の両側に控えていた護衛の兵士が止める。


 「これより先に入ることは許しません」

 「このままお帰りください」


 シンシアが抗議するよりも素早く護衛の兵士たちによって屋敷の外へと追い出されてしまう。


 「ちょっと!」


 なおも抗議しようとするシンシアに老執事が申し訳なさそうにお盆に載せられた金貨の入った革袋を差し出す。


 「どうか、今日はお引き取りください。」

 「いらないわよ! そんなもの!」ばしっと撥ねつける。

 そして屋敷全体をきっ、と睨む。


 「バカ! もう知らないんだから!」


 くるりと踵を返すとずしずしと荒っぽく帰路につく。

 そんな彼女をショコラとミカは窓から覗いていた。


 「行ったわね」

 「そうですね。お姉様」


 勇者はと言えば、がたがたと身を震わせていた。


 「ああ、こんなに震えて……可哀想に……」


 ショコラが優しく抱きしめる。それこそ小動物をかき抱くように。


 「あんな暴力女は放っておいて、私達と遊びましょう」

 「ずっとここで暮らしてもいいのですよ」


 姉妹が再び抱きしめると「ふぁい」と勇者が恵比寿顔で返事。


 「さて、ミカ。そろそろ行くわよ」

 「はい、お姉様」

 「へ、そろそろ行くって……?」


 ショコラがぼそぼそと勇者の耳許で囁く。そして勇者の手を取って居間から出る。

 この時の状況を後に勇者はこう語っている。


 令嬢姉妹の豪邸で、何も言ってないのに勝手に浴場に連れて行かれ、そこで衣服を脱ぎ始めた。


 「父は諸国遊行で留守ですの」とショコラが、「一緒にお風呂入りましょう」とミカがそう言った。


 あなたなら、どうする……? 最高だった……。


 一方、シンシアは家の風呂場の浴場にてひとり腹を立てていた。


 「ホントにあのバカは……!」



 その夜、豪邸の寝室では天蓋付きのキングサイズのベッドにて勇者は令嬢姉妹に挟まれるようにして横たわっていた。


 「おやすみ勇者様」

 「おやすみなさい勇者様」


 抱き枕のようにふたりに抱かれる勇者は目がギンギンと冴え、眠りにつけなかった。

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