《短編集 アントン&レヴィの場合》

 

 そら、ツルハシ振れ、スコップ振れ。

 金銀財宝ざくざく、ごろごろと出れば値千金あたいせんきんとくらぁ。

 間違ってもごろごろ芋掘るなっと。


 坑道の仕事唄を唄いながらずしずしと山奥の深い森の中を歩くはドワーフのアントン。

 肩に革袋をさげて自慢の斧を手に歩くと程なくしてアントンがエルフの妻、レヴィと暮らす家が見えてくる。


 「帰ったぞぉ」


 扉を開けるなりアントンが言う。

 「お帰りなさい」とレヴィがぱたぱたと台所から出ると夫の髭で覆われた頬にキスする。


 「おめぇに土産があるんだ。ほれ」


 革袋から取り出したのは今流行の英雄一行のぬいぐるみ、アントンをかたどったものだ。

 毛糸で丁寧に髭まで再現されている。


 「あら可愛い」

 「行商人から買ってきたんだが、他にも勇者やセシルちゃんやライラちゃんとタオのもあったなぁ。あ、そういやあシンシアちゃんのも限定品であったと聞いたような……」

 「わたくしのはないのでしょうか?」


 レヴィがしゅんとなる。


 「世間のみんなは俺ぁがエルフを嫁にしていること自体知らんからのぅ。そのほうが俺ぁたちにゃありがたいんだが」


 それでも納得がいかないというようにレヴィがむー……と頬を膨らませるが、逆に可愛らしく見える。


 「そんなことより腹ペコだ。メシだメシ!」と革袋と斧を置いて食卓につく。

 アントンがむしゃむしゃとごろごろ芋のポテトサラダを頬張るなか、レヴィがふと夫の服を見て「あら?」と音色を思わせるような声を出す。


 「ここ、ほつれてますわね……ほら、ここも」

 「長ーく着とったからのぅ。そろそろ新しいのを買うかの」

 「そんなことだろうと思って新しいのを作ってみましたの」


 レヴィが立つと箪笥から彼女が仕立てた服を広げて見せる。

 細い指先で仕立てられた服の繊細さはエルフならではだ。


 「ありがてぇ! こりゃ良いもんだ!」


 アントンが新しい服の肌触りを確かめる。

 喜色満面の夫を見てレヴィがふふふ、と笑う。



 その夜、アントンとレヴィのふたりはいつものようにひとつのベッドで寝ていた。

 「あなた、起きてます?」レヴィがドワーフの逞しい胸に頭を預けて言う。


 「ん? どうした? 眠れねぇのか?」

 「いえ、そういうわけでは……」


 ただ、と声を詰まらせるが、意を決して言葉を紡ぐ。


 「私たちはいがみ合う種族同士、おとぎ話でも語られるようにドワーフとエルフは相容れないもの」


 うん、とアントンが頷く。


 「お互い長命の存在、でもいつかはどちらかの命が尽きる時が来る……その時が来るのが怖いんですの……」


 流麗な言葉の裏に不安を滲ませながら、エルフはドワーフのごつごつとした手をきゅっと握る。

 そんな時、ぽふっとレヴィの金髪の頭にアントンの力強い手が置かれる。


 「俺ぁは、おめぇらエルフみたいに頭良くねぇから、難しいことはわからねぇけどよ」


 けどな、と一旦区切る。


 「この先、なにがあろうと俺ぁはずっとおめぇと一緒だ。ドワーフの戦士の誇りをかけて約束してもいい」


 レヴィが顔をあげるとにかっと笑うアントンの顔があった。


 やっぱり素敵……。


 やがてレヴィから静かな寝息がするとアントンもやがて鼾をかき始める。



 翌朝、アントンは朝食を摂ると革袋をさげ、斧を手にして「んじゃ行ってくらぁ!」と妻に告げる。

 レヴィが手を振って見送ると扉をぱたんと閉める。

 食卓の食器の片付けをすると、ふと椅子にかけられたアントンの、すでにボロボロになった服が目に入る。

 手に取って屑籠に入れようとした途端、レヴィの口許が綻ぶ。



 そら、ツルハシ振れ、スコップ振れ。

 金銀財宝ざくざく、ごろごろと出れば値千金とくらぁ。

 間違ってもごろごろ芋掘るなっと。


 いつものように調子外れで唄いながらアントンが玄関の扉を開けるとこれまたレヴィが「お帰りなさい」と出迎える。

 「腹ぺこだ。メシを」とアントンが食卓につくとテーブルに置かれたものに目がいく。

 そこにはアントンのぬいぐるみの隣にレヴィをかたどったぬいぐるみが置かれていた。


 「おめぇのぬいぐるみなんてあったのか?」

 「うぅん。私が作ったの。あなたの古着を使ってね」


 こりゃたまげた! とアントンが目を瞠る。

 黄色の毛糸で金髪を再現し、アントンの古着で人形の服を仕立てしその細かな仕事はエルフならではだ。


 「私たちがずっと一緒にいるように、このぬいぐるみもずっと一緒よ」


 レヴィがにこりと微笑むとアントンが「そうだな! ずっとおめぇと一緒だ!」と豪快に笑う。


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