《外伝 ANTON》中編

 

 またこの夢だ。ガキの頃の俺ぁとオヤジが坑道の外へ散歩に出かけてる。



 そら、ツルハシ振れ、スコップ振れ。

 金銀財宝ざくざく、ごろごろと出れば値千金とくらぁ。

 間違ってもごろごろ芋掘るなっと。



 ドワーフの男、父がまだ幼いドワーフの子を肩車しながら、ドワーフに古くから伝わる穴掘り唄を一緒に歌う。

 歌い終わるとふたりでがははと笑う。

 本来、用事がある時以外外に出てはいけないのだが、たまにこうしてこっそりと親子は散歩に出る。

 目の前には林が、木々が、それを抜けるとあたり一面に牧歌的な田園風景が広がり、吹く風にそよそよと揺れる麦があたり一面を覆っている。

 地平線から太陽が顔を覗かせ、麦をきらきらと煌めかせる。

 ドワーフとは違う種族の、人間の住む世界だと父が言う。

 親子ふたりともこの光景が好きだった。


 「なぁ、とうちゃん。あのむこうにはなにがあるんだ?」


 ドワーフの子が遥か地平線を指さす。


 「おお、山だな」

 「んじゃその山のむこうにはなにがあるんだ?」

 「また山だな」

 「山ばっかじゃんか!」


 そう突っ込まれて父ががははと笑う。


 「俺ぁもあそこに行ったことがねぇからな。じいさまが言うにゃ、そのずーっと向こうには海ってぇのがどこまでも広がってるそうだ」

 「へぇ……」


 ドワーフの子はまだ見ぬ海に思いを馳せながら目を輝かせる。


 「さ、もぅけぇるぞ。親方に見つかったらこっぴどくやられちまう」



 その数日後にドワーフの坑道を人間の一行が訪ねてきた。

 わらわらとドワーフたちが久しぶりの人間を珍しそうに見る中、ドワーフの長老が応対に出ると、一行の頭目らしき男が口を開く。


 「ここに伝説の鎧があると聞いたのだが」

 「へぇ、確かに鎧はありますが、あれは選ばれし者、つまり勇者しか装備出来ねぇんで……」

 「自分がその勇者だと言ったら?」


 長老は目を見開くと、目前の男をまじまじと見る。


 「し、しかし勇者であるというあかしがないことには……」

 「これならどうだ?」


 勇者と名乗る男が背嚢から盾を取り出す。

 金で縁取りされた白銀の、真ん中に緑に輝く水晶がはめ込まれ、鈍い光を放つそれはまさに聖なる盾そのものであった。

 勇者と名乗る男はすぐに盾をしまう。


 「こ、これは失礼を」


 長老がドワーフたちに仕事に戻るようにと命令する。命じられたドワーフたちはみな採掘場へと戻る。

 長老が勇者一行を聖なる鎧が納められた部屋へと案内する。

 頑丈な扉にこれまた重厚な錠に鍵を差し込むとぎぎぎと音を立てて開く。

 長老がその薄暗い部屋に入り、松明に火を灯すと、ぽうっと部屋を照らす。

 そこには中央に兜、鎧、篭手、足具が鎮座するかのように保管されていた。

 白銀に輝くそれらは魔王に支配されし混沌の世界に差す希望の一陣の光といっても良かった。


 「素晴らしい……! これが魔王に対抗しうる伝説の鎧か!」

 「へぇ、お褒めにあずかり光栄ですだ。おらたちドワーフの技術の粋を凝らした渾身の傑作ですだ」

 「うむ、案内ご苦労だった」


 勇者がそう言うと、魔法使いの男が杖で長老頭をうしろからがつんと殴りつける。長老はその場に倒れた。


 「すぐに運び出せ! 気づかれないようにな」


 勇者を騙る男は仲間に命令する。彼らは盗賊、聖なる鎧目当てにやってきたのだ。むろん盾はよく出来た偽物である。

 ドワーフならよく見れば偽物だと見破れたろうが、その隙を与えなかった手際はさすが盗賊といったところか。




 「なにしてんの?」


 いきなり子どもの声が聞こえたので盗賊たちはぴたりと盗みの手を止める。

 出入口のほうを見るとドワーフの子が純真無垢なまなこにきょとんした顔でこちらを見ている。


 盗賊のひとりが頭目を見る。


 「お頭、やばいぜ……」


 頭目がどうするかと思案していると、今度は別のドワーフの声がした。


 「こらこら、勝手に出ちゃいかんと言われただろ!」


 ドワーフの父が我が子の元へ来ると、扉から男たちが甲冑を袋に入れて運び出さんとするところを目撃する。


 「おめぇら、いったいなにを……」


 だが、次の言葉を発する前に脇腹に鈍い痛みと熱いものを感じた。

 見ると扉の陰から男が短剣を脇腹に刺していた。

 屈強で頑健なドワーフでも不意討ちを喰らってはひとたまりもない。

 ドワーフの父は傷口を抑えながらうずくまる。


 「おい! ずらかるぞ!」


 頭目が短剣を捨てると仲間達に命令する。盗賊たちは甲冑とともにその場から消えた。


 「大丈夫だ……男が、そんなに泣くんじゃねぇ……」


 泣きじゃくる子をなだめるように言う。だが、傷は深くとても助からないように見えた。

 父親の傷口を懸命に押さえるが、それでも非情に血はどくどくと流れていく。

 

 「……心配するな。治ったら、一緒に海を、見に行こうな……」

 「うん! 約束だよ! だから、死なないで……!」


 駆けつけたドワーフたちが見たのは気絶させられた長老と、脇腹から血を流しながら倒れている父と、その絶命した父に泣きながら何度も呼びかけるドワーフの子のみであった。

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