《外伝 ANTON》前編


 ドワーフは洞穴のなかにむ種族だ。外の世界に出ることなど、それこそ滅多にない。

 だが、洞穴にはなんだってある。水晶も、金銀も、鋼鉄だって採れる。

 灯りは蝋燭や松明の火で充分。だから外の世界に出る必要などない。



 そら、ツルハシ振れ、スコップ振れ。

 金銀財宝ざくざく、ごろごろと出れば値千金とくらぁ。

 間違ってもごろごろ芋掘るなっと。



 ドワーフに古くから伝わる穴掘り唄を唄いながら坑道から水晶、岩鉄、時には銀を採掘する。

 ごろりと岩壁から石英クリスタルが出ると革袋へとほうる。

 と、そこへがらがらと鐘の音がけたたましく鳴る。


 「今日はここまでだー!」


 終業のベルである。仕事を終えたドワーフたちがどやどやと仕事場である採掘場を離れる。


 「おめぇ、今日はどんくらい採れたんだ?」

 「紫水晶アメジストがちぃとばかし、あとは石英ばっかだぁな」

 「おい! こりゃ水晶のなり損ないでねぇか! おめぇの目は節穴か!?」


 がやがやと狭い坑道でドワーフたちの胴間声が響く。

 そのなかでただひとり、むすっと口を一文字に結んだ、と言っても髭で覆われて見えないのだが、巨漢のドワーフが様々な水晶が入った革袋をじゃらじゃら言わせながらずしずしと歩く。


 「やっぱあいつが一番だぁな」


 ドワーフのひとりが巨漢の男を差しながら言う。



 「石英12、紫水晶8、緑水晶5っと、お、柘榴石ざくろいしもあるでねぇか」


 小柄で銀縁眼鏡を掛けたドワーフが採掘された水晶を天秤にかけながら言う。


 「これで今月も安泰だでな」とひょひょひょと笑う。

 坑道で採掘された水晶および金銀の一部は月に一度来る人間の商人と物々交換される。


 「ほいよ、報酬の乾し肉と火酒だ」


 ごとりと巨漢の前に報酬が置かれる。巨漢のドワーフは無口でそれを受け取る。


 「人間、もとい人族に感謝だな」と小柄なドワーフが唇の端をにやりと歪める。


 ドン!


 「俺ぁは人間は好かん!」


 巨漢のドワーフがカウンターを叩く。その拍子に天秤がぐらりと揺れたので小柄なドワーフが慌てて押さえる。


 「わ、悪かったよ。あんたは人間嫌いだもんな」


 ずれた眼鏡を直したときにはすでに巨漢のドワーフは出口へ向かって歩いていた。


 人間など大嫌いだ。ずる賢くて、卑屈で、そのくせに弱い。

 あんなやつらにオヤジは……!


 ぎりっと歯軋りをし、狭い坑道を巨漢のドワーフがのしのしと歩く。


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