《間章 孤独の旅人》
「私」は旅人だ。と言っても目的や目的地があるわけでもなく、あてどもなく彷徨さまよう孤高の旅人だ。
だが、そんな私でも唯一楽しみにしているものがある。
訪れた国、町、村にて、そこでしか食せない料理を味わうのが私の数少ない趣味のひとつだ。
今回はグラン地方を放浪し、グラン城から少し離れたところにある街に辿り着いた。
宿は確保したが、なにぶん夜遅いので宿屋の食堂も料理店も看板を下ろしていた。
宿屋のおかみさんから、飯ならリーナさんの店に行くと良いと言われたのでその足でリーナさんの店とやらに行ってみる。
「いらっしゃいませ」
スイングドアを開けて入ると女店主の声とともに音楽が流れてくる。
酒場の舞台上で5人の踊り子が目まぐるしく踊り、男客から声援を受けている。
「マチルダちゃーん! 笑顔がかわいいよー!」
「モイラちゃん、こっち向いてー」
私はまっすぐ女店主のいるカウンターへと向かい、そこに腰かける。
女店主は妙齢の、美しく艶めかしさを併せ持った女性だ。
「旅人のかたですか? 初めてお会いしますわね」
「ああ、あちこちあてもなく彷徨ってるだけさ。とりあえず
程なくして麦酒が運ばれ、ぐいっと呷ると喉がごくりと嬉しそうな音を立てる。
麦の苦みがしっかりと舌に残る、伝統的な麦酒だ。
ふぅっと一息つくとカウンター上にメニューが置かれていたので、私はそれを見てみる。
本日のメニュー
•ひよこ豆のスープ
•魚肉の揚げ団子
•リーナ特製ごろごろ芋サラダ
•山角牛のリブステーキ
•フィッシュ&チップス
(本日の魚 ウマヅラタラ)
ううむと私は唸る。どれも美味そうな料理だ。しかし路銀が潤沢にあるわけではない。
どうしたものかと思案しているところへ女店主のリーナが「あの」と声をかける。
「もし、お悩みであればワンプレートセットはいかがでしょうか? それでしたらメニューの料理が一口サイズで出せますよ。もともとは小人族 のお客様に出していたものなんです」
客の悩みを見抜き、なおかつ助け船を出すとは、まさに店主の鑑だ。
「ここには小人も来るの?」と私は聞いてみた。
「ええ。今夜も来てますよ。ほらそこに」
リーナが私の後ろのほうへ手を振ったので、振り返ってみるとなるほど、テーブル席にふたりの小人が小さなジョッキを呷っていた。
リーナに気付いたふたりがジョッキを挙げて会釈したので、私も倣って会釈する。
「ではそのプレートセットで」
「かしこまりました」
しばらくしてから料理が運ばれてきた。
皿の上にごろごろ芋サラダ、山角牛のリブステーキ、魚肉の揚げ団子、フィッシュ&チップスが小人サイズで並んでいる。
私はフォークを持つと、まずごろごろ芋サラダを食してみることにした。
はぐっ。もぐもぐ……うん、美味い!
ごろごろ芋の一口サイズが口の中で、ほっくりと柔らかく、舌の上を転がる。
塩と胡椒のバランスもさることながら、ゆで加減も良い。
次いで、山角牛のリブを頬張る。
もにゅ、もぐもぐ……うん……うんうん!
噛むとじゅわりと肉汁とソースがよく絡み合って、香りが口内で漂う。惜しむらくはこれが小人サイズで物足りないことか。
麦酒を呷ろうとすると空だったことに気付く。
「すみません、なにか、ここでしか飲めないような珍しいお酒ってありますか?」
「それならポトカなんてどうかしら?」
「ポトカ?」
「この地方名産のごろごろ芋から造られる蒸留酒なんです」と棚からことりと酒瓶を置く。
ほぅ、そんなものもあるのか……。
いたく興味を引かれた私は一杯頼んでみることにした。
ショットグラスに透明な液体が注がれ、私は一口含んでみた。
かっと焼けるような強さだが、後味はすっきりとしている。
ひょっとすると、と私はフィッシュ&チップスのウマヅラタラを口に運んだあと、ポトカで流し込む。
間違いない……! この酒と揚げ物は最高の
ふぅーっと酒精を吐いたあと、皿に魚肉の揚げ団子が残っていることに気付いた私はフォークで刺して口に持っていこうとする。
その時だ。私の隣に太った、だらしなく腹の突き出た男が座ったのは。
「お久しぶりね」とリーナが挨拶する。
男はなにも言わずにこくりと首を振る。
「またケンカしたのね?」
これも無言で男がこくりと首を振る。
リーナが男にポトカのショットを出す。
察するに、この男は夫婦喧嘩でここへ逃げ込んできたのだろう。
そしてその夫の愚痴や悩みを聞いてくれている女店主は立派だ。
そういえば旅の道中、聞いた話だが、この地方ではあの魔王を討伐した英雄、勇者が暮らす村があるのだとか。
実際に目にしたことはないが、言えるのは隣に座るこの、太っただらしない男とはまさに正反対の凛々しい男であろう。
私はそう一人で納得すると、揚げ団子を半分囓る。
うん、これも文句なしに美味い!
だが、さっきのフィッシュ&チップスもそうだが、ウマヅラタラと言えば臭みが強い魚だ。なのに、その臭みがまったく感じられない。一体この秘密は……?
と、半分囓った揚げ団子を見るとその謎は解けた。そこには魚肉のなかにハーブがまばらに入っていた。
魚肉を練る際にハーブも一緒に入れることによって魚の臭みを見事に消している。
そしてこのポトカにも合う! 気をよくした私は葡萄酒を頼み、隣の太った男としばし会話を楽しんだ。
女房の尻に敷かれる亭主はどこにでもいるものだ。ぶつぶつとこぼす愚痴を肴に、私は葡萄酒を傾ける。
やがて気が晴れたのか、太った男は暇を告げる。
そろそろ帰らないと女房が心配するから、と言い置いて。
私は葡萄酒のグラスを掲げて会釈する。
さて、食事も酒も堪能した私は会計を済ませてウイングドアを開ける。
「また、来て下さいね」
後ろから女店主リーナが呼びかける。外に出ると、寒風がひゅうっと吹いてきた。私はそのまま宿屋へと向かう。
やれやれ、今回もまた、訪れなければならない店が増えたようだ。
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