《第十一章 ローテン王国訪問記⑥》
古城の上、尖塔と尖塔を繋ぐ橋にて剣戟の音が響く。
白い装束に身を包んだ若き騎士は剣を両手に構え、目の前の黒い甲冑の騎士を睨む。
「やぁああ!」
白い騎士が叫ぶやいなや黒騎士に斬りかかる。
だが、黒騎士の剣によって防がれ、剣先が弧を描いたかと思うと、白騎士の剣が手首ごと弾き飛ばされ、剣は奈落の底へと落ちる。
「ッ……! ぐぅ……っ!」
白騎士は切り落とされた手首を押さえ、後ずさりする。
「勝負あったな。余のもとへ来るのだ」
剣先を白騎士に突きつけ、黒騎士がくぐもった声で言う。顔全体を覆う兜を被っているため、表情は読めない。
「誰がお前の元へなんか! お前は僕の父を殺した!」
「それは違う!」黒騎士が首を振る。
「私がお前の父親なのだ!」
衝撃の事実に白騎士は驚きを隠せない。
「うそだ……うそだぁああーッ!」
白騎士の悲痛な叫びがあたりに響き渡る。
この衝撃の事実に観客席も貴賓席で観劇している勇者も驚きを隠せず、ざわめいていた。
シンシアはと言えば、勇者の隣でふわぁと欠伸をひとつする。
勇者とシンシアがローテン王国に来てから早くも5日が過ぎていた。
朝起きて、朝食を摂ったあとは馬に乗って王国周辺を見て回り、手頃なところでピクニックをする。
宮殿に戻ると服を着替えてティータイムで紅茶と焼き菓子を堪能したあとはオペラやコンサート鑑賞へ。
夕食は初日と同じように晩餐の間で名士や名家の貴族たちと一緒に美食に舌鼓を打つ。
まさにシンシアが思い描いていた贅沢な暮らしを勇者とシンシアのふたりは満喫していた。
入浴の際にはシンシアは、テレーゼ王女と村での暮らしを話して聞かせるのが日常となっていた。
村での暮らしの話はテレーゼにとっては新鮮だったらしく、他にはなにかないかとせがまれる。
民の暮らしぶりを知りたいという好奇心もあったろうが、年が近い女性が近くにいなかったこともあったためか、ふたりは打ち解けて、悩みを打ち明ける仲までになっていた。
「まぁ、そんなことが……仲の良い夫婦と言えども喧嘩はするのですね」
テレーゼが手で口を押さえながらふふふと笑う。
「でも羨ましいですわ。私には決められた許婚がおりますから……私もシンシアさんのような、ふつうの暮らしを送ってみたい……」
そう言うテレーゼは、はるか遠くを見るような目だ。
「テレーゼさん……」
きゅっと奥歯を噛みしめてからシンシアが言う。
「いつか、あたしの村に遊びに来て下さい。その時はあたしの手作り料理をご馳走しますよ!」
「ありがとう……シンシアさん、やはりあなたは優しいひとですね」
シンシアがふるふると首を振る。
「そんな大層なことじゃありませんよ。だってあたし達は友だちですから」
シンシアとテレーゼが互いにぎゅっと手を握る。
風呂場からあがり、侍女によって寝間着に着替えさせられると、自分の部屋に戻る。
ベッドに入るとしばしぼんやりと天蓋の天井を眺める。
今日も一日楽しかったな……でも窮屈ですこし苦しいかな……?
ふぅと一息つく。そしてごろりと横になる。
横になってはみたが、何かが足りない気がして寝返りを打つ。
だが、どうにも寝付けないのでがばっと起き上がる。
コンコンとノックがしたので、勇者が「誰だ? 今何時だと……」の
「はいっていい?」
「いいよ。別に」
扉が開かれると、そこから枕を手にしたシンシアが入ってくる。
そして、ためらいがちに言う。
「あ、あのさ……一緒に寝ていい?」
突然の訪問と予想外の事を聞かれたので、勇者は動揺する。
「一緒に寝るって……ここで?」
「うん」
「同じベッドで?」
「うん」
枕を持ちながらシンシアがベッドのそばまで来る。
「その、えっちなこととかそういうことじゃなくて、一緒に寝てくれるだけでいいの……だめ……かな?」
顔をすこし赤くしながらシンシアが聞く。
「や、俺は別に構わないけど……」
「よかった」
シンシアがぱっと顔を明るくして毛布をめくって勇者の隣へ寄ると、頭を枕の上に預ける。
そして勇者の顔を見る。
「うん。やっぱり、こっちのほうがしっくりくる」
「そ、そうか?」
「うん。あのさ、ここの生活ってどう?」
顔を勇者のほうへ向けたままシンシアが聞く。
「どうって……そりゃ毎日芝居とかコンサートとかが見れるし、うまいもん食えるしで良いとは思うけど」
「うん、あたしもそう思う。お芝居面白いし、見たこともない料理が出てくるし、楽しいよ。料理長さんもベルトルトさんもテレーゼさんもみんな優しいし、テレーゼさんから好きなだけここにいても良いって言われたの。
ねぇ、あたしがずっとここで暮らしたいって言ったらどうする?」
そう問われた勇者は目を閉じてしばし考える。
そして結論が出たのか、口を開く。
「お前が、ずっとここで暮らしたいならそれでもいいさ。でも、ひとつ言えるのは、ここで暮らすとなると……」
「? なぁに?」
「お前の手料理が食べられなくなるなーって」
「あ……」
そう言われたシンシアは頬に朱が差す。そして、ごろりと反対側に寝返りを打つ。
「バカじゃないの……」
「んだよ。人が真面目に答えたのに……」
背中で勇者の不満が聞こえたあとに、
シンシアが振り向くと勇者は気持ち良さそうに寝ている。
「寝るのはや……」
勇者のほうへ向き直る。しばし勇者の丸い横顔を見る。
「あたしはさ、あんたと一緒にいるほうが楽しいよ……」
そう言うと勇者の頬に口づけする。そして、そのまま眠りに落ちた。
「もう行かれてしまうのですね」
翌朝、宮殿の前にてテレーゼが勇者とシンシアにそう言う。
テレーゼの隣に立つベルトルトは絹のハンカチを涙でしとどに濡らしていた。
勇者とシンシアの後ろには馬車が控えている。
「ごめんなさい。やっぱりあたしたちは村の我が家が一番なんです。
でも、この数日間とても楽しかったです! まるで夢のようでした!」
シンシアが明るく言う。
「俺も楽しかったぜ! また面白い芝居見せてくれよな!」と勇者が快活そうに言う。
「今度お二方、いえ、仲間の皆様が次に来られる時は勇者様がたの冒険譚を演劇にしようと考えていますの」
テレーゼがにこりと微笑み、次いでシンシアのほうを向くと、彼女に歩み寄り、ぎゅっと抱きしめる。
「ぜひ、また来て下さいね。あなたは私の大切な、初めて出来たお友だちですから……」
「はい!」とシンシアも抱きしめる。
そして耳元で小声で囁く。
「また、一緒にお風呂に入りましょう」
テレーゼが了解したようにこくりと頷く。
「んじゃ、そろそろ行くか!」と勇者。
「それじゃテレーゼさん、お元気で。ベルトルトさんも色々ありがとうございました!」
シンシアがベルトルトと握手しながら礼を言う。
「そのようなお言葉を頂けるとは……勿体なきお言葉です。
このベルトルト、この数日間の思い出は一生の宝物に致しますぞ」と例によってハンカチを涙で濡らす。
勇者とシンシアのふたりが馬車に乗り込むと、御者がを手綱をしゃんと鳴らすと馬が歩きだす。
馬車の後ろ窓からテレーゼとベルトルトのふたりが手を振っているのが見えたので、勇者とシンシアも扉の窓から見えなくなるまで手を振る。
馬車が城下町へ入ると、途端に音楽が聞こえる。
それは初めてローテン王国へ来たときに勇者たちを迎えた楽団の音楽であった。
窓を見ると、道の両端に楽団員がめいめいの楽器を演奏している。
英雄を称え、音楽を取り戻してくれた礼を調べに乗せて勇者たちを送り出しているのだ。
「ねぇ、絶対また来ようね?」
シンシアが涙を指で拭いながら言う。
「おう! 約束だ!」
勇者とシンシアを乗せた馬車は音楽に包まれながら我が家へと走る。
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