《第十一章 ローテン王国訪問記②》

 

 一台の馬車が車輪をがらがらと響かせながら街道を行く。馬車に乗って谷を越え、山を越え、村の宿屋で一泊して森を抜けるとローテン王国まではあとわずかだ。


 「ねぇ、ローテン王国ってどんなところなの?」


 がたがたと揺れる馬車の中でシンシアが隣の勇者に聞く。


 「そうだな……ローテン王国は音楽の国っていうくらいの芸術家肌な国だな。

 俺たちが冒険の途中で立ち寄ったときは魔物に音を奪われて、どんよりして暗かったんだ。で、俺たちが魔物を倒して音を取り戻したら明るくなったんだ」

 「じゃあ舞踏会とかもあるのね? 楽しみ!

あたし、ああいうの夢だったんだ」


 シンシアがうきうきしていると、馬車が止まった。程なくしてローテン王国からの遣いのベルトルトが扉を開ける。


 「勇者様、奥方様。ここがローテン王国でございます。お二方を無事ローテン王国までお届け出来て、このベルトルト、歓喜に震えております」


 絹のハンカチを取り出すと目に当てる。

 シンシアがベルトルトが差し出した腕に掴まりながら降りると、目の前には赤い絨毯が敷かれ、奥の方まで伸びていた。

 絨毯の先に目をやると、豪奢な宮殿が横に広がっていた。


 すごい……。


 その途方もない大きさにシンシアが思わず溜息をつく。

 途端、ラッパの音が鳴り響き、兵士が集まってきたかと思うと、絨毯を挟むようにずらっと並ぶ。


 「英雄殿に敬礼!」


 一斉に兵士が叫ぶと剣を垂直に立て、踵をカツンと鳴らせて不動の構えを取る。

 兵士達の間を勇者、シンシア、ベルトルトが並んで歩く。


 「ローテン騎士団です。騎士団の皆様も感謝しておりますぞ」とベルトルトが誇らしげに言う。


 やがて絨毯の終わり、つまり正門の前まで来た。

 ベルトルトが前に進み出、よく通る声で英雄の来訪を告げる。


 「勇者様の御来訪であーる!」


 すると重厚な木造りの両開きの扉がすうっと静かに開いたかと思えば、美しい音色が聞こえてくる。

 目の前には赤い絨毯が続いており、その先には玉座、すなわちローテン王国の王女、テレーゼが座していた。

 絨毯を挟むようにして楽団員がめいめいの楽器で演奏している。

 英雄の来訪を祝福するかのように重低音が響く。

 ヴァイオリンからは繊細な音色が、ハープからは優しい音色が、ホルンからは力強い音色が溢れ出、玉座の間を心打たれるようなハーモニーで満たす。

 シンシアがその素敵な音色に感動して涙を零す。

 やがて曲が余韻を響かせるようにして、しん……と静かになるとシンシアが惜しみない拍手をする。


 「すごいすごい! こんな素敵な曲初めて!」

 「英雄殿を称えて作られたものです」


 ベルトルトがどうぞと手を前に差し出す。

 三人が王女の前に歩み出ると、テレーゼが玉座から優雅に、毅然と立つ。

 王女というからかなりの年上かと思ったが、シンシアよりも年は下であろう若き王女は透き通った声で挨拶する。


 「勇者様、シンシア様。よくぞローテン王国にいらっしゃいました。

 勇者様をお迎えするのに準備に時間がかかりましたことをお詫びいたします。

 勇者様には魔物から音楽を取り戻していただき、楽団員のみならず、国民の皆様も大変感謝しております」


 見れば楽団員一同が深く頭を下げている。

 それ程までに音楽はローテン王国にとってはなくてはならないものなのだろう。


 「お、お初にお目にかかりまして光栄です……」


 シンシアが慣れない仕草でスカートの裾を摘まみながらぺこりと頭を下げる。


 「久しぶりだな! 王女様も元気だったか?」と勇者がいつもの口調で言う。

 そこへシンシアが「ちょっと! ちゃんとしないと!」と嗜める。

 若き王女がふふふと笑う。


 「良いのですよ。勇者様方のお陰で以前より活気に溢れていますわ」とにこりと微笑む。


 「そういえば他のみんなとかは来てないのか?」


 勇者が周りを見渡す。仲間たちも共に戦ったのだ。


 「残念ながら、ライラ様はタオ様の看病で、アントン様は新婚旅行へ、セシル様は寺院の公務で離れられないとのことでございます。

 英雄一同をお迎えすることが出来ずに、このベルトルト、痛恨の極みです」


 例によって絹のハンカチを取り出す。


 「致し方ありませんわ。ベルトルト、お前は充分によくやりましたよ」とテレーゼが労う。


 「勿体なきお言葉……このベルトルト、末代までこの名誉を語り継ぎますぞ!」


 絹のハンカチ一枚では足りないくらいむせび泣く。


 「さて、お二方とも長旅でお疲れでしょうから、部屋でゆっくりお休みになってください。

 実はお二方にぜひ、見ていただきたいものがあるのです。ベルトルト、後は任せましたよ」

 「承知いたしました。ではこちらへどうぞ。お部屋へご案内いたします」


 勇者とシンシアがベルトルトに案内された部屋の前まで来る。

 侍女が両開きの扉を開けると、そこには白を基調とした、広々とした部屋が目の前に広がっていた。

 天蓋付きのキングサイズベッド、金で縁取りされた赤地のソファーとテーブル、ウォールナットの書き物机、天井には豪奢なシャンデリア、壁には貴族の肖像画が飾られていた。

 農村出身のシンシアには一生かかっても入れないような部屋だ。


 わぁ……すごい……。


 目の前に夢にまで見た贅沢な風景がひろがっているのだから溜息をもらすのは当然だった。


 「こちらはシンシア様のお部屋でございます。お時間までゆっくりお休みください。勇者様はこちらへどうぞ」とベルトルトが隣の部屋へと案内する。


 「んじゃまた後でな」と勇者。

 「うん! またあとでね!」とシンシアが手を振る。

 部屋に入るなり、シンシアはたたたと小走りにベッドへ向かうとぴょんと飛び込むと、ばふっと音を立ててシンシアを優しく受け止める。


 「きゃー! こんな柔らかくておっきいベッド初めてー!」


 顔を枕にうずめ、足をぱたぱたさせる様はまるで子どもだ。

 ごろりと仰向けになると満面の笑みで「んふふー」と笑う。

 と、部屋の隅に侍女がいたことに気づき、シンシアはかぁっと顔を赤らめる。


 「えっと……いつからいたんですか?」

 「初めからおりました。王女様から身の回りをお世話するよう仰せつかっておりますので、なんなりとお申し付けください」


 侍女が無表情で頭を軽く下げる。


 「あ、じゃあ……ちょっと外に出てください……」

 「承知いたしました。御用があればいつでもお申し付けください」


 侍女が頭を下げながら扉を閉める。

 侍女が去ると、シンシアは真っ赤な顔を枕にうずめる。


 あたしったら、子どもみたいにはしゃいで……恥ずかしい……!


 柔らかいベッドを何度もぼすっぼすっと叩くのであった。

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