番外編 新年の挨拶
年が明けた透き通るような青空の下、勇者の家の寝室で、妻シンシアによって荒っぽく起こされた勇者は眠い目を擦りながら朝食を摂る。
「早く食べちゃってよね。もうすぐ教会でお祈りがあるんだから!」
はいはいと言いながら平らげると、ふたりで教会へ行くとすでに老若男女の村人が集まってきていた。と、祭壇の後ろの壁の扉からシスターが現れると話し声がぴたりと止む。
「信心深い皆様、去年も悪しき魔物の脅威に怯えることなく無事に過ごすことが出来ました。それも我らが慈悲深き神と、英雄、勇者様とその仲間たちのおかげです。
さぁ今年も無病息災で過ごせるよう、神と英雄達にお祈りを捧げましょう」
シスターが手を組むと村人たちも倣って祈りを捧げる。お祈りの後の説教が終わると、村人たちは勇者に新年の挨拶と礼を述べる。
「ありがとぅごぜぇますだ。うちの畑の野菜もすくすくと育ってきて」
「勇者様、これ、おらの嫁さんですだ。勇者様がいなかったら、おら……」
「ゆーしゃたまー、いつもありやとー!」
老若男女問わず村人から次々と礼を言われる勇者は照れくさそうにぽりぽりと頭を掻くと、そこへ聞き覚えのある声がする。
「あら? 勇者様もお祈りに来てたのね」
シンシアの母だ。むろん勇者にとっても
「今年もうちの娘をよろしくお願いしますね。出来れば、孫の顔を見せていただけると嬉しいことこの上ないのですけど」
「もぅ! ママったら! 会う度いつもそれだから!」
「はぁ、近いうちにはとは思っているのですが……」と頭を掻く勇者。
「小さいころには、「あたしがお嫁さんになってあげる!」と言ってたのにねぇ」と母がシンシアをちらりと見る。
「もぅ! やめてよ! 子どもだったんだからしょうがないじゃない!」
シンシアが顔を真っ赤にする。まわりの村人たちからくすくすと笑いが漏れる。
「シンシア、今夜あたりでも……」
シンシアが勇者の脇腹に肘鉄を喰らわせるとむりやり引っ張ってそそくさと退散すると街へと向かう。
街に入ると、買い物中の酒場の女主人リーナにばったり出会う。
「あら、勇者様とシンシアちゃん。今年も新しき年に祝福を」
スカートの裾をめくりながらお辞儀する。
勇者とシンシアも「新しき年に祝福を」と新年の挨拶を交わす。
またお店に来てねとリーナに見送られながら、ふたりはまた歩く。と、次は
「おふたりにも新しき年の祝福を」と頭を下げる。
「おかげさまで冒険者の方々が安全に旅出来るようになりまして」とギルドを代表して礼を述べると、別れを告げる。
次にふたりが向かったのは街から少し離れたグラン城だ。
グラン王国の国王、グラン王が臣下から勇者と妻が謁見に参られましたの報告を聞くとたちまち目を輝かせる。
「新しき年に祝福を」とふたりが恭しく挨拶をすると、王が「よいよい」と止める。
「勇者殿。相変わらず、その、健康的な体でなによりじゃ。奥方も相変わらずお美しい」
王に褒められたシンシアが顔を赤らめながら「あ、ありがとうございます」と頭を下げる。
「いやぁ、家ではいつもうるさくて……いっ!?」
シンシアが勇者の豊満な尻をつねったのだ。たちまち玉座の間が笑い声で溢れる。
ひととおり挨拶をして、帰路につくふたりは我が家に辿り着く。
郵便箱にいくつもの手紙が届いてることに気付いたシンシアが開封すると、かつて勇者と魔王討伐でともに旅をした仲間からだった。
方言で新年の挨拶は大魔導師ライラから。
母国の文字、漢字で書かれた手紙はライラの夫であり、武闘家でもあるタオからだ。
力強いドワーフ文字と、下に流麗なエルフ文字で書かれたものはドワーフのアントンとその妻エルフのレヴィ。
神殿の紋章で封蠟がされた手紙は大神官のセシル。
毎年、みなお互いに、それぞれ新年の挨拶を勇者とシンシア宛に送っているのだ。
手紙を読み終えた勇者がふうっとひと息つく。
「これで新年の挨拶は終わったな……」
「あら? 大事なこと忘れてるわよ?」
「え?」と勇者が指折り数える。
肉屋のハンスさん、村医者の先生にも挨拶はしたし……。
頭を悩ませる勇者にシンシアがしかたないわねと隣に腰かける。
「この物語を読んでくれてるみなさんによ」
シンシアの答えに勇者がああ! と合点がいったように声を上げる。
そして、ふたりでいっせーので合わせる。
「皆様にも新しき年に祝福を!」
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