《第五章 勇者一行、温泉へ行く》

 

 粉雪がしんしんと舞うなか、湯煙の立つ露天風呂で四人の女性が木組みの屋根の下で、湯の中をのんびりと旅の疲れを癒やしている。


 「はぁあ~っ極楽極楽」と大魔導師のライラ。

 「こんな大きいお風呂って初めて……」勇者の妻、シンシアが珍しそうにあたりを見回す。

 雪景色に温泉の周りを石灯籠のぽうっとした灯りが囲んでいる風景は非日常的でなんとも幻想的だ。


 「ふふふ……気に入っていただけたようで何よりです。レヴィさんも湯加減はいかがですか?」


 大神官のセシルが傍らの女性に声をかける。


 「えぇ。とても良い湯加減ですわ」


 レヴィと呼ばれた女性は金髪碧眼で耳が長く、そしてなんといっても目を見張るようなその美貌はまさにエルフのそれであった。

 話は数日前に遡る。


 勇者の家に手紙が投函されていることに気付いた幼なじみであり、妻のシンシアが開封する。手紙はかつて勇者とともに戦った仲間であり、大神官であるセシルからであった。

 手紙の内容はセシルの生まれ故郷で温泉が湧いたので、勇者一行で温泉や宿に宿泊して料理を堪能しようという企画であった。

 もちろんこれにはシンシアも勇者も賛成で、セシルが勤める神殿の『旅の扉』で勇者一行ともども温泉地へ瞬間移動したのだ。



 「せやけど、まさかアントンがこんな別嬪べっぴん な嫁はんもらうとはねー……エルフとドワーフってふつうは仲悪いもんやけど」


 ライラが頭から爪先まで眺めるように言う。

 ふふふと音色を思わせるような声でレヴィが笑う。


 「それは古い考えというものですわ。私の生まれた里は鎖国的で、外界に触れる機会なんてとてもとても……それで平和になったある日、こっそりと外界に冒険に出てみたら魔物に襲われて……そこを助けてくださったのがアントンさんなのです。あんなに逞しくて、頼りがいのある男性は里にはいませんわ……」


 ぽっと頬に朱を差しながらレヴィが言う。


 「はぁ~っ。なんともロマンチックな話やね。それに比べたらウチなんかとても……」


 魔王討伐後に勇者と間違えてタオに夜這いをかけた事を思い出して、ライラが顔を赤らめる。


 「でも、さすがはエルフやねぇ。めっちゃ均整の取れた躰して……アントンも隅に置けんねぇ」

 「そ、そんなに見ないでください……恥ずかしいです……」


 レヴィが両手で胸を隠すのがなんともいじらしい。

 「それに比べてウチの取り柄と言ったら、せいぜいこの胸くらいしかないし……」


 そう言いながら豊満な胸を自分で揉む。

 揉みしだいているライラを見ながら、シンシアが自らの実り乏しき胸を見下ろす。そして、はぁっと溜息をひとつ。

 その時だ。ライラがシンシアの後ろから胸を揉みしだいたのは。


 「あれ~? シンシアちゃん、もしかしなくても胸のことで悩んでるん? そんならこの大魔導師のライラ様に任せとき!」

 「そ、そんなことは……ひゃっ! く、くすぐったい……っ!」

 「ふっふっふ。ここか? ここがええのんか?」


 助平親父のような顔でシンシアの制止の声も聞かずにライラはひたすら揉みしだく。

 そんな破廉恥騒ぎをセシルは自らの、シンシアと比べればわずかに膨らみがある胸を見下ろす。


 あの方は胸が小さな女性が好みなのでしょうか……?


 「? なにかおっしゃいましたか?」とレヴィが傍らのセシルに問う。


 「あ、い、いえ。なんでもないです……」


 セシルがなんでもないように取り繕う一方、垣根で隔てられた男湯のほうでは勇者、タオ、アントンの三人が湯に浸かっている。

 垣根の向こう側からはライラとシンシアのきゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえてくる。


 「なぁタオ……」と勇者。

 「なんだ?」とすでに真っ赤な顔のタオ。

 「お前の嫁さん、ずいぶん大胆なのな」

 「ほっとけ……」

 「ふたりとも元気があって良いのぅ」とレヴィの夫であり、ドワーフのアントンがからからと笑う。

 勇者とタオがアントンをじろっと睨む。

 当然だ。目を見張るような美貌のエルフではライラとシンシアでは比べられようもない。それどころか比べる事自体おこがましいことだ。


 「あんっ♡」


 垣根の向こうからシンシアの喘ぎが漏れる。その声に勇者とタオがぴくっと反応する。


 「うん! 良い声で鳴くねぇ~シンシアちゃん♡ ほんならここはどうやろ?」

 「そ、そこは……っ、だめっ……!」


 さらに聞こえてくる二人の声で勇者とタオがぴくぴくっと反応する。


 「なぁタオ……」と赤い顔の勇者。

 「なにも言うな……」と、さっきよりも更に赤い顔のタオ。



 「はぁ~っいい湯やったわ。シンシアちゃんの可愛い胸も揉めたし、なにも言うことはないわ」

 「うぅ……恥ずかしい……」


 けらけらと笑うライラをよそに、浴衣を着たシンシアが顔を赤くしながら胸を手で押さえる。二人の後ろではセシルがレヴィの浴衣の帯を直しているところだ。


 「はい、レヴィさん。これで大丈夫ですよ」

 「ありがとう、セシルさん。このような服は初めてで勝手がわからないもので……」


 帯を直してくれたセシルにレヴィが礼を言う。

 「食事の用意が出来ているそうなので行きましょうか」


 セシルが案内しようと先頭を歩くと、男湯の脱衣場から浴衣を着た巨体のアントンがのそりと出た。

 両脇にぐったりとなった勇者とタオを抱えている。


 「おお、セシルちゃんたちも出たばかりかね」

 「は、はい……あの、お二人はどうなされたのですか?」

 「長風呂で逆上のぼせた ようだでの」

 「もう……ほんまにこのアホは……」とライラ。

 「まったく……」とシンシアも呆れ顔だ。

 「あの、もうすぐ食事の時間だそうですから仕度をなさったほうが……」とレヴィ。

 「おお、それなら善は急げだの」


 くるりとアントンが背中を向けると、勇者とタオのぷりっとした尻とそこにぶらさがっているものが露わになり、女性陣の悲鳴が上がる。


 「ちょっ、アントン! せめてタオル巻いたってや!」



 セシルに夕餉の間へと案内された一行は部屋に入るなり、わぁあと目を輝かせる。

 畳が珍しいのもそうだが、何よりも黒塗りの膳の上で見たこともない料理が並んでいる。

 独り身のセシルを除いてめいめいが夫婦同士で席に着く。


 「すごい……どれも見たことがない料理ばかり……」


 興味津々で眺めるシンシアを見てセシルがふふふと笑う。


 「どれも私の故郷の料理です」セシルが料理の説明をする。


 近海で獲れた魚の三点盛りの刺し身

 すだちが添えられた川魚の姿焼き

 小さな鍋でぐつぐつと音を立てている猪肉と茸と山菜の煮物

 ご飯と味噌汁、漬物が色とりどりの器に収まっている。


 「では乾杯しましょうか」


 レヴィとセシルを除いて麦酒エール を手に持って全員が「乾杯!」と音頭を取る。

 レヴィは麦酒の代わりに水の入ったグラスを手にしている。


 「レヴィさん、良かったらこれを飲んでみませんか?」


 セシルが徳利を持ってレヴィに勧める。


 「それは何ですか? 葡萄酒のたぐい ですか?」

 「これは米酒こめざけ と言って、お米から作るお酒です。

 このような寒いところでは葡萄が育たないので代わりにこれを飲んでいるんですよ」


 とくとくと透明な液体をレヴィの盃に注いでやる。

 口に含むと、レヴィがぱあっと顔を輝かせる。


 「美味しい……! こんなの初めてですわ」

 「どれ、俺ぁもひとつ飲んでみるかの」


 隣のアントンも注いでもらうと一口呷る。


 「すっきりしてて美味いのぅ。欲を言えばもう少し強いほうが好みだがの」

 「贅沢は言わないほうが良いですよ」


 レヴィが優しく嗜める。


 「このお酒以外にも芋から作った蒸留酒もありますよ。良ければ部屋に運ばせましょうか?」

 「おお、こりゃすまんのぅ」

 「セシル、俺にもその米酒くれないか?」

 「俺ももらおう」


 勇者とタオにも酒を注いでやる。


 「美味いな。俺の生まれ育った村にも似たようなのはあるが、こっちのほうがすっきりしてるな」


 タオの隣でライラが「ウチにも飲ませて」と寄ってくるので飲ませてやる。


 「うん! 美味いな! この刺し身にも合うしな。と、シンシア食べないのか?」と勇者。


 そばのシンシアの膳を見ると刺し身には一切手を付けていない。


 「ん……あたし、生魚が苦手で……焼き魚なら食べられるんだけど……」

 「喰わないなら俺がもらうぜ」


 ひょいひょいと遠慮なく勇者が刺し身を口に運ぶ。


 「もぅ! あげるとは言ってないのに……」


 ふくれっ面のシンシアにセシルがまぁまぁと宥める。


 「生魚が苦手な方でも食べられるご馳走がありますよ。もうそろそろのはず……」


 と、そこへ仲居が料理が並べられた膳を持って入ってくる。


 「お待だせすた。さくさく衣のてんぷらだ」


 独特の訛りで言うと、各自の膳にてんぷらの器を載せる。

 黄金色の衣で覆われた料理を見て一同が感嘆の声を漏らす。


 「キレイやねぇ……ウチも似たような料理作ったことあるけど、これは衣がちゃうような……」

 「これはてんぷらと言って季節の野菜や海老、魚などを小麦粉でまぶして油で揚げたものです」


 セシルが淀みなく説明する。


 「へぇ! ウチの作る料理とそんな変わらんように見えるんやけど」 


 ライラが海老のてんぷらを口に運ぶ。すると、口内でさくさくとした衣に海老のぷりぷりとした食感が広がる。


 「んまっ! ほんまに美味いわ! このてんぷら!」


 ふふふとセシルが微笑むと、シンシアに声をかける。


 「シンシアさん、いかがでしょうか?」

 「美味しい……! これならいくらでも食べられそう!」


 シンシアが舌鼓を打つ。


 「そう言えば前から気になっとったんやけど、シンシアちゃんたちは子ども作らへんの?

まぁウチも人のことは言えへんけど……やっぱり養育費とか、かかるからなん?」


 ライラが興味津々といった顔で聞く。


 「うー……それもあるんですけど、子どもが大きくなったら親元を離れて、どこか遠くへ旅立ってしまいそうで恐いんですよね」


 シンシアが手を頬に当てる。


 「あーなる」とライラが納得顔で言う。


 「俺は別に構わないぞ」と横から勇者。


 「それに、勇者の血を受け継ぐことにもなるから、それで魔王が復活してしまうんじゃないかと……」

 「俺は別に構わないぞ。復活しても俺が倒すから」


 また横から勇者が口を挟む。


 「いずれにしても当分は子どもを作る予定はないですね」


 シンシアがぎりぎりと勇者の頬をつねりながらきっぱりと言う。

 そんな様子を見てレヴィがふふふと笑う。


 「愉快な仲間たちですね」

 「じゃろ? ところで俺ぁたちは子どもは何人作るかのぅ?」

 「やだもう!」


 レヴィが軽くぱちんと叩く。

 その後は皆で料理や酒を楽しみながら冒険の思い出話に華を咲かす。

 そこへ仲居が入ってきてセシルに寝床の準備が整ったことを知らせる。


 「寝床の準備が出来たそうですので、お開きにしましょうか」

 「残念だのぅ。もう少しいたかったんだが」


 アントンが唸る。


 「アントンさんには芋のお酒を運ばせますので、お部屋で飲んでも構いませんよ。

 あ、私にはお水をください。ええ、お部屋のほうに」


 セシルが仲居にそう告げる。宴会がお開きになると、それぞれが各自の部屋へと戻る。

 ただひとりぽつんと残ったセシルははぁっと溜息をひとつ。


 私も、いつかは結婚できるのでしょうか……?

 いえ、その前に恋人が見つかるのか……。


 これ以上考えてもしかたないと、ふるふると首を振る。そして立ち上がると自らも自分の部屋へと戻る。


 自分の部屋に戻って襖を閉めると、ひとりふぅっと溜息をつくセシル。


 皆さんが本当に羨ましい……特に勇者様とシンシアさんには……。


 そこまで思い至った途端、ふるふると首を振る。


 私もまだまだ修業が足りませんね……。


 ふと卓を見ると、仲居が運んでくれた水差しが置かれている。グラスを手に水差しから液体を注ぐ。

 そして、そのままくいっと喉に流し込む。


 「…………?」


 違和感を感じて、匂いを嗅いで中身が水ではないことに気付いた時にはもう遅かった。


 ひっく……。



 勇者と妻のシンシアの部屋ではシンシアが静かな寝息を立てているのとは対照的に、勇者は鼾をかいている。

 シンシアは安眠のために耳栓をつけている。

 と、そこへ音を立てないように襖を開く者があった。

 開け放たれた襖から出てきたのはセシルであった。

 その様は心ここにあらずと言った有様で足音を立てないよう、ゆっくりと勇者の寝床へと近づく。近くまで来ると、しばしの間、勇者を見つめる。

 そして勇者の布団を捲るとそのまま中へと潜り込む。


 勇者は体に感じる熱となにかが上に乗っているような違和感を覚え、目を覚ました。

 夢かと思ったが、違和感は依然として続いている。おそるおそる布団を捲って正体を見極めようとする。

 そこには勇者の突き出た腹の上で寝ているセシルがいた。


 「ちょ、おま、寝ぼけてんのか……?」


 すぐ隣で寝ているシンシアに気付かれないよう小声で問う。

 耳栓をしていてもシンシアの勘の良さは侮れない。勇者の声に気付いたセシルが寝ぼけ眼をくしくしと擦る。


 「ふにゃあ……勇者さまぁ……」


 浴衣ははだけ、そこから可愛らしい胸が露わになっていることにも気付かずに間の抜けた声で言う。


 「こ、ここは俺とシンシアの部屋だぞ……」


 勇者の声が耳に届いていないのか、セシルは整った顔を勇者の顔に近づけたかと思うと、そのまま唇を重ねる。


 「んっ……」


 セシルの舌が口内に入り込むと同時に酒精の香りが入り込む。

 その瞬間に全てを悟った。

 セシルは限度を超えて酔うと淫乱になるのだ。おおかた間違えて強い酒を呑んでしまったのだろうが。

 実際、目の前のセシルは神官ではなくただの女、メス となっていた。


 「勇者さまぁ……わぁ、なぁのこどが好ぎだぁ……」


 訛りの強い方言でセシルが言う。


 「わ、わかったから……とりあえずそこをど」


 言い終わらないうちにセシルが再び唇を重ねる。神官とは思えない絶妙な舌遣いで勇者は理性が吹っ飛びそうになる。

 だが、シンシアにこんなところを見られでもしたら、おそらく、いやきっとただでは済まされないだろう。

 セシルを体から離そうとするより、ぷあっとセシルが口を解放するほうが早かった。

 セシルの口と勇者の口を唾液が細い糸のようにつぅっと繋がっている。


 「わっきゃ……勇者さまぁに、感謝すてら……」


 さっきとは打って変わって真剣な眼差しで勇者を見つめる。


 「修道院で……まだ見習いで、落ぢごぼれの、わぁを、なぁが拾ってぐれだ……。わぁ、たぁげ感謝すてら……」


 セシルの瞳から涙が零れる。


 「う、うん。言ってることは分からないけど、言いたいことはなんとなくわかる……」

 「だはんで、これはお礼……」


 そう言うとはだけた浴衣をするりと脱ぐと、きめ細かな白い肌が露わになる。

 そのあられも無い裸体を目の当たりにして、勇者は生唾をごくりと飲む。


 「勇者さまぁ……」


 セシルが勇者の体に覆いかぶさる。

 柔らかな感触が胸に当たるのを感じて股間がうずき始める。

 その時だ。隣のシンシアがうぅーんと寝言とともに顔をこちらへと向けたのは。

 勇者はぎくりとするが、目を覚ましていないことがわかると安堵する。

 だが、目を覚ますのも時間の問題かもしれない。

 そう思った勇者はセシルの華奢な体を抱えるように体位を変え、勇者が上になる。そして肩を掴む。


 「セシル……気持ちは嬉しい、これ以上ないくらいと言って良いほどだ。でも、今の俺にはシンシアが……」


 セシルが表情を曇らせる。


 「わっきゃ……魅力がねぇのだが?」と涙目になる。


 「そうじゃない、そういうことじゃないんだ。セシルはじゅうぶん可愛いぞ」


 「可愛い」そう言われたセシルは安堵したようにほっと顔を緩ませる。


 「……嬉すぃ」


 ぽつりと呟くと気が緩んだのか、そのまま眠りに堕ちた。静かな吐息を立てるのを確認すると勇者はほっと一息つく。


 よかった……もったいない気もするが、こんなところをシンシアに見られでもしたら……。


 ふと殺気に似たようなものを感じた。おそるおそると隣を見ると、シンシアが横になったまま、目を見開いた状態でこちらを見ている。


 「ねぇ、なにをしてるの……?」

 「い、いや、これには訳が……」


 どう弁解しても、この体勢ではまさに彼女に夜這いをかけようとしているとしか見えないだろう。

 だが、冷静に考えればセシルがこの場にいることが不自然なことに気付くわけだが……。

 ゆらりとシンシアが起ち上がる。そしてにっこりと微笑む。


 「大丈夫、なにも言わなくても分かってるから……」


 ごきっと音を立てて拳を握りしめるその様はまさにオーガ そのものであった。


 「ちょっ、まっ、これは事故なん」


 弁解も空しく、セシルが寝息を立てているなか、勇者の断末魔の悲鳴とシンシアの殴る音が部屋の中で響く。



 一方、廊下ではレヴィが水差しを両手で持ちながらきょろきょろと見回しながら歩いていた。


 困りました……お酒と間違って運ばれてきたお水を返さないといけないのに、迷ってしまいました……。


 レヴィが襖の閉じた部屋を通り抜けようとした時に、エルフ特有の長耳が音を捉える。

 襖の奥から微かにだが、勇者の声が聞こえてくる。もっとよく聞こうと耳を近づける。


 あっあっそんな……そこはらめぇえええ! お願い、もう許して……壊れちゃう、壊れちゃう……。


 襖の奥から聞こえてくる声とばたばたと騒ぐ音を聞いてレヴィは顔を真っ赤にする。

 だが、襖の奥では勇者が馬乗りになったシンシアに鉄拳制裁を喰らっていることはレヴィには知る由もない。


 翌朝、宴会を行った場所で勇者一行は朝餉を摂っていた。

 一行の視線は皆、勇者に注がれていた。顔が腫れ、二目と見られない有様で勇者はひりひりする痛みを堪えながら朝餉を口に運ぶ。

 勇者の隣で朝餉を摂っているシンシアはむすっとして機嫌が悪そうだ。


 「あの、なにかあったのですか……?」


 おそるおそるとセシルが問いかける。

 セシルは鉄拳制裁を受けた勇者によって部屋へと運ばれ、昨夜の記憶をほとんど失っていた。


 「別に、なんでもない……」


 ぼそっと勇者が呟く。


 「にしたって、その顔で何もない訳ないだろ」とタオ。

 隣でライラが「せやで」と合いの手。

 「何も聞くな」と勇者が味噌汁をすすりながら言う。


 「わたくし 、知っています」


 レヴィがぱんっと手を合わせて言う。皆の視線がレヴィに注がれる。

 勇者はぎくっと身を強ばらせる。


 「おお、レヴィはなにかあったのか知っとるのかね?」


 アントンが隣のレヴィに聞く。


 「はいっ! 勇者様とシンシアさんのおふたりは昨夜、激しく愛し合っていたのです!」


 自信満々なレヴィの予想外の答えに一同がぶっと朝餉を吹きだす。

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