《第四章 冬空の下で……》
くつくつと煮えたぎる鍋からシチューの良い匂いが立ちのぼってくると、シンシアがお玉を持って味見をする。
「ん! ちょうどいい塩梅ね」
勇者とその妻、シンシアが暮らす家の台所で夕餉の仕度をしているところだ。
一方、勇者はと言えばしんしんと雪が降るなかで庭の横倒しになった倒木に座ったまま空を見上げている。
そんな夫の様子をシンシアは台所の窓からうかがう。彼は毎年、この時期になるといつもこうなのだ。
ぼうっとして空から降る雪を長時間飽きもせずに眺めている。
いまさら雪が珍しいわけでもないのに……。
出来上がったシチュー入りの鍋を火から下ろすと、ストールを首に巻いて外に出る。
「ご飯出来たわよ! 今夜はあんたの好きな、ごろごろ芋ときのこのシチューよ!」
そう夫の背中に呼びかけるが、反応はない。無視されてむっとしたシンシアは勇者のそばまで歩く。
そして頭や肩にかかった雪を払い落としてやる。
「もぅ、こんなに雪乗っけて! 風邪引いても知らないわよ?」
「あー……うん……」
「どうしたのよ? この時期になると、あんたはいつもこうだし……」
すとんと勇者のそばに腰かける。
「今年はいつもより冷えるわね……」と吐く息が白い。
「ん……」
シンシアの話を聞いているのか、いないのか曖昧な返事だ。
その顔は依然として空を見上げているが、どこか寂しげだ。
「なぁ、子どもの時に俺が生まれた村が魔物に襲われたことは覚えてるよな?」とぽつりと話す。
「覚えてるわよ。で、この村に命からがら逃げてきたんでしょ」
傷だらけで泣きながら、この村に親を亡くした幼き勇者がやってきたのは記憶に新しい。
もっとも、この時はまだ勇者として目覚めてはいなかったのだが。そしてすくすくと成長していき、天啓を得て勇者となった彼は魔王を倒す旅に出たのだ。
「で、思ったんだ。旅でライラやアントン、セシル、それからタオに出会って、魔王を倒して世界は平和になったけど、救えなかった人もいたし、無関係の人たちも巻き込んだし……。
時々思うんだ。果たして俺は勇者に相応しかったのか? もっと相応しい人がいたんじゃないかって……」
ふたたび空を見上げる。はらはらと雪が舞いながら落ちてくる。
その時だ。勇者の肩にシンシアがもたれかかってきたのは。
「……一緒に冒険に出てないから、よくわからないけど、結果として世界は救われたんだからそれでいいじゃない? いくら勇者でも出来ることと出来ないことがあるわけだし。ひとりで出来る事なんて限界はあるわよ。それに、いまはあたしがいるじゃない」
シンシアが勇者の顔を見る。
「しっかり守ってよね? 勇者様」
肩にもたれたままシンシアが勇者のほうを見ながらにこっと笑う。
「ん……」
照れくさいのか、ぽりぽりと頬を掻く。
「さ、これ以上いると風邪引くから戻るわよ」
シンシアがすっくと立って肩にかかった雪をぱっぱっと払う。
「今夜はあんたの好きなシチューだからね。早くしないと冷めるわよ?」
「ん、そっか……」
勇者は腰をあげるとシンシアと我が家へと向かう。
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