《第二章 男と女の価値観は得てして相容れないもの》後編
朝、街の
旅人、戦士、魔法使いなどのそれぞれ職業の異なる冒険者たちが一列になって受付に並ぶ。
ぞろぞろと並ぶ冒険者たちに仕事や依頼の斡旋をしたり、依頼の受付、仕事の報酬を支払うのも受付の役目だ。
「はい! これでお仕事完了です。で、こちらが報酬です。お疲れさまでした!」
受付嬢のエリカはひと仕事終えるとふぅと溜息をつきながらとんとんと肩を叩く。
平和になった今でも低級魔族やはぐれ魔物は出るし、遺跡探検や貴重なアイテム探しの依頼などなど枚挙に暇がない。
いずれにしてもそれらの仕事をこなすのが冒険者の役目だ。
むろん斡旋した仕事で冒険者が死亡するのも珍しいことではない。
大抵は仲間パーティーに回復呪文や薬草、薬によって生還することもあるが、失敗してそのまま野垂れ死にすることもざらだ。
仕事を斡旋しているギルドには罪はないだろうが、受付嬢としては罪悪感はどうにも拭えない。
お仕事だから仕方ないと言えば仕方ないんですけどねぇ……。
そう思案するエリカの前に冒険者が前に出たので慌てて仕事に戻る。
「いらっしゃいませ! ご用件は……って勇者様じゃないですか!」
わたわたと慌てるが、すぐに羽ペンや書類を手にする。
「お久しぶりですね。それでご用件が、ふむふむ、急なお金が入り用で仕事を受けたいと。
依頼はたくさんありますが……効率が良くて稼げるようなお仕事ですか? それなら何件かありますよ!」
エリカが依頼書をカウンターに数枚出す。
マンドラゴラの駆除、レアなスライムの捕獲、近くの村の魔物よけの柵作りの依頼などなど……
「いかがいたしますか? 特にこの依頼などは報酬額がとても良いですよ!
はい。このお仕事を引き受けるんですね。
ではこちらの書類に署名を……」
と、冒険者の列から舌打ちがするのをエリカは聞き逃さなかった。
無理もない。魔王なき今、平和になった世界では魔王を倒して武勲や功名を立てる機会がなくなったのだから。
勇者を尊敬の眼差しで見つめる冒険者もいれば嫉妬心で睨みつける冒険者もいるものだ。
あの、とエリカが勇者に声をかける。
「気にしないでくださいね? 勇者様のおかげで平和になったことは確かなんですから。
私、本当に感謝しているんですよ!」
そう慰められた勇者はぽりぽりと頭を掻く。
その照れる姿を見ながらエリカはふふふと笑う。
変わらないですね。その頭を掻く癖。初めて会ったとき、勇者様はまだ新人の駆け出しの冒険者で、私も新米でしたっけね……。
勇者が署名や必要事項を書き終えたのを確認するとこくりと首を振る。
「はい! これで引き受け完了です! お仕事頑張ってくださいね!」
勇者を励ましながら見送ると再び仕事に戻る。
「次の方、どうぞ!」
シンシアが家出してから二日目。
当のシンシアは村の食堂で子どもの頃からの親しい女友達とお茶会だ。
「今回の家出、長いわよね?」と三つ編みの子のアン。
「最長記録更新じゃない?」と短髪の子ニナが言う。
「ていうかさ、もうそろそろ許してあげたら?」と黒髪の子、ネルが髪をかき上げながら言う。
「別に。あんなバカどうでもいいわよ」
むすっとした顔で紅茶を口に運ぶ。三人の女友達は顔を見合わせる。
強がっちゃって、まぁ……。
「でも、さ。勇者様と結婚出来るなんて幸運だよ。いわゆる玉の輿だよ!」と言うニナにネルが使い方間違ってるわよとぺしっと頭を軽く叩くとニナが「あぅっ」と頭を抑える。
「以前の勇者様もカッコよかったけど今は丸っこくて逆にカワイイと思わない?」
アンが三つ編みを弄りながら言う。
「それは認める!」とシンシア以外の女子たちが口を揃える。
「私なら勇者様に、私の初めてあげてもいいんだけどなぁ……」と焼き菓子を頬張りながらニナが呟く。
「あんたにしては大胆な発言ね」とネル。
きゃいきゃいと盛り上がっている友人たちを見てシンシアははぁっと溜息をつきながらカップを置く。
そして誰ともなしに呟く。
「やっぱり私って魅力ないのかな……」
友人たちが一斉にくるりと顔をシンシアに向ける。
「そんなことないよぉ? シンシアちゃん十分可愛いんだから!」とニナが身を乗り出して言う。
「外見は別として内面は良い子だと思うわよ?」とネル。
「私達にはない魅力がシンシアにはあるわよ」アンがくるくると三つ編みを弄る。
「うー……それはそうかもしれないけど……」と食卓にもたれる。
ちらりと皆の胸を代わる代わる見る。
シンシアの胸の大きさを小とするならば皆は中、大の大きさだ。
はぁぁあ……。
ない物ねだりしても仕方ない。別に胸の大きさで魅力が決まるものではないのだし。
というかあのバカのことでぐじぐじ悩んでいるのがだんだんバカらしくなってきた。
よし! と気合いを入れるようにがばっと半身を起こす。
「なんだかスッキリしたわ。いつまでもあのバカのことで悩んでるのもバカらしいし」
「お、やっといつものシンシアに戻ったね」
アンがうんうんと頷く。
「そういえば、勇者様といえば今朝見かけたわよね」
ニナが隣のネルに聞く。
「うんうん。なんかスライム追っかけてたわね。でもすばしっこくて捕まえられないっていうか勇者様の足が遅いのよね。あれ」
「ホントなにやってんのよ、あのバカは」
シンシアが額に手を当てる。
「でもね! 最後は落とし穴掘ってそこに追い込むように追っかけたの。
そしたらいっぺんにスライム捕獲したのよ」
ニナが興奮気味にまくしたてる。腐っても元勇者、もとい冒険者だったのだから知識が生きているのだろう。
なにはともあれ、仕事はしてるみたいね……。
「ん……ちょっと所用を思い出したから先に失礼するわね」
友人たちに別れを告げて食堂を出る。
残った三人は相変わらず素直じゃないわねと笑う。
勇者がギルドで受けた三件のクエストを終えて家に向かう頃には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
疲労困憊の体で家路につくが、すでに瞬間移動呪文を唱える気力もない。
やっと村の入り口の門をくぐった時には夜空で満月が煌々と輝いていた。
あいつ、まだ実家にいるかな?
腰に下がった革袋を大事そうに撫でる。
ギルドで得た報酬もあるがそれ以上に大切なものも入っている。
程なくしてシンシアの実家が見えてきた。窓から明かりが漏れているところを見るとまだ起きている者がいるようだ。
意を決してシンシアの実家の扉を叩く。
はい、どなたですか?の声と同時に扉が開く。
「おやまぁ! 勇者さまでないの!」とシンシアの母が訪問客を見て驚く。
「お久しぶりです。お義母さん」
ぺこりと頭を下げる。
「そんなにかしこまらなくても。あなたは私の息子同然なんだから。
あの子ならまだ帰ってきてないんですよ。
なんでも街のほうに用事があるとかで」
「あ、そうなんですか……」
しゅんとなる勇者の手を義母は優しく握る。
「心配せずともあの子はあなたのところに帰ってきますよ。
今夜は家に帰ってゆっくり休んでください」
その優しい言葉に勇者はこくりと首を振る。
どうも義母には全て見透かされているようだ。
「それはそうと、いつになったら孫の顔が見れますか?」
適当にはぐらかして帰宅するとどっと疲れが出たのか猛烈な眠気に襲われる。そしてそのままベッドへと眠りに落ちた。
翌朝、勇者を眠りから引き戻したのはぱたぱたという足音と朝餉の匂いだ。
シンシアが戻ってきたのかと思い、ベッドから起き上がる。
寝室の扉を開けると果たしてシンシアが台所にいた。彼女は勇者に背中を向けるかたちで朝食の準備に取り掛かっているところだ。
「シンシア……」
「あら起きたのね。もうすぐ朝ご飯出来るから……」
くるりと顔を勇者のほうに向けたシンシアの顔は疲れているのか、少しやつれているようにも見えた。
「その……こないだはごめんなさい。昨日、街を回って売った道具を買い戻してきたの。
でも売れてしまったのもあるから全部揃ってるわけじゃないけど……」
寝室のそばの宝物庫の扉を開けると確かに以前と配置は違うがだいたいの道具や武器が戻ってきていた。
これだけのものを買い戻すのは並大抵の苦労ではないだろう。
確認して扉を閉める。
「シンシア、俺もごめん。お詫びというかもらって欲しいのがあるんだけど……」
腰に下がった革袋から取り出したのは革紐の青い石が嵌まったペンダントだ。それをシンシアの首にかけてやる。
シンシアの細くて白い肌に似合っている。
「うれしい……ありがとう」
ギルドで得た報酬で購入したものだからそこまで高価なものではないだろうが、今のシンシアにとってはどうでも良かった。
「スライム追いかけ回して仕事してたんでしょ?」
「な、なんでそれを……」
シンシアがふふと笑うと細い人差し指を内緒というように唇に当てる。
「さ、ご飯出来てるわよ。早くしないと冷めちゃうわよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます