第二幕 十四話 Curse and sorrow



 玉座の間は静謐な空気に満たされていた。


 かつて、Comに所属していた研究者でありながら元魔術師の男、エルゴスム・ヌミノース。

 彼の計画は既に達成を目前としていた。

 全容を知る者は彼一人だけ。

 ただの一人で、世界を救う手立てを確立させたのである。


 『恩寵による支配の崩壊』


 それは救いと同時に、世界の終わりへと直結している。


 エルゴスムは自らを『王』として、その隣には『妃』として虚ろな目をしたユエシィが座し、全てが終わるその前夜祭として宴が開かれていた。


 華やかな銀の卓の上にはご馳走。

 豪奢な銀のシャンデリアに照らされて無音の舞いを刻む者たち。

 それらを空虚な瞳で愛でる王と妃。


 銀色の舞踏会は絢爛に、されど静謐に。


 さながら儀式の如く異様な空気を放ち、この銀の空間を構成している。


 この日の為にこしらえられた人造人間達はみな、ユエシィと寸分違わぬおなじ顔で、宴を彩っていた。


 彼女らはユエシィのDNAから培養されたクローンであり、エルゴスムの計画のために製造され、永き時を王と過ごした。時に王を慰め、時に彼の怒りの捌け口となった。


 

 ──年月にしておよそ千年。

 彼は閉鎖された世界で、計画を進ませていたのである。

 そして、ついにそれを成すために閉鎖世界を壊し現れたのだ。

 神も、次元も、Comも、正統議会も、降誕者も、ロイヤルも、その全てを滅ぼす為に。


 「聞くがいい」


 王の声に人造人間たちは、宴を演じる事を止めて

 今日が彼女らにとって最後の日にもなる。

 そこに無駄な感情は無く、彼女らはただ命を消費するその時を。供物とされるその時を。

 みなが一様に宴の最中にありながら『王』の号令を待っていた。


 「──ついに成すべき時が来た」


 王から放たれた言葉に全員の動きがぴたりと止まる。そして、虚ろな瞳は輝きを得て王に羨望の眼差しを向ける。


 王の威光に。

 永き時の果てに。

 王の大願が成されようとしている。


 人造人間達は一様に感銘を受けていた。



 ◇



 ここには『空』があった。『太陽』があった。『雲』があった。それは『奇妙』だった。


 橙の煉瓦に囲われた城下町。店や住居が立ち並んでいるが、ここに住まうのは歯車を剥き出しにした作り物の住人、自動人形。

 人形達の為のギアシティは見せかけだけの文化を実行し、虚構の街──〈劇場〉を形成していた。

 ここは余興のために作り出された氷結城の第二層である。


 「城の中に街。この城、見かけ以上に……ああ、そうか、空間ねじ曲げてんのか」

 二層に着いて早々にエスは目の前に広がった街を見て氷結城の異常さに辟易していた。


 いま、エスのいる場所は恐らくは商業区と思しき大通りである。

 通りには装飾品を扱う屋台が三つ、それ以外はほとんどが食品を扱う屋台ばかりが並び、自動人形達はそれらの文化を実行している。男型の自動人形は女型のそれに装飾品をプレゼントしたり、食品を食べる動作を繰り返す自動人形もいた。同様に商人の役割を果たしているモノもあった。

 それらを見やりながら、エスは舌打ちをする。下らないモノを見る時には決まって彼は舌打ちをする。

 ──意味のないモノなんてない。

 『それは詭弁だ』

 それを常から頭の中に置いていることがエスという人間の捻くれた部分を成す一部となっている。

 実際彼がそう感じるモノは大抵に意味が無い・・・・・。彼は、否定する。何故ならば、世界に存在する全てに意味があれば、この世はそれこそ下らない作り物みたいになってしまう……そんなことを彼は認めたくは無かった。

 だから常から否定する。

 意味が無いモノがあるからこそ、世界は作り物じゃないと信じられる。

 

 「ここにいるだけで眩暈がしそうだ……とっとと上に上がる道を探さねぇと」


 橙の煉瓦が妙に発色よく、街の作り物感をより際立たせている。

 眩暈がする──彼は壁にもたれ掛かって、煉瓦の住居に取り付けられた窓で自分の顔を見た。

 白い霧で覆われた顔面、自分の本当の顔なんて覚えてはいない。今自分がどんな顔をしているのかすら分からない。

 思えば白霧を付けたのはいつからだったか、それすら忘れてしまった。

 

 「はっ、意味なんて、それこそ俺には無いじゃねぇか……俺はただアイツを助ける為だけの虚構でいい、なぁ、アンタも・・・・そう思うだろ?」


 窓に映った白霧、その後方に影が一つ。

 金髪の少女を模したナニカ。白いワンピースを纏った細身の少女は、頭、腹、脚、両腕に歯車が取り付けられていた。


 顔がある。けれど本来目のある部分には窪んだ裂け目が二つ、光の灯らない空洞があった。白に身を包みながらも、彼女からはどす黒い感情の昂りがある事をエスは感じ取る。   虚ろに佇む少女はゆっくりと言葉を刻む。

 「アタシヲアイシテ?」

 歪んだ声。機械音と肉声が混じり、ノイズじみてエスの耳に届く。


 ──心を傾けるな。


 咄嗟に判断してエスは彼女の姿から視線を逸らす。あれは直視してはならない類の怪物だと、彼は直感で判断する。

 霧越しとは言え、はじめの言葉には微かとはいえ強制力・・・があった。つまり、精神干渉系の能力を持つという事である。


 「身体一つで精神系の対処方なんざ、どう考え付けってんだ!」


 少女から身を隠すためエスは街の路地裏へと入り込む。見てはならない系、そうした類のMOはComの管理課で散々見た事があった。

 エスがかつてジプシーへ入隊して早々の訓練は『精神耐久』だった。それは、精神干渉MOと対面させられ、精神が壊れるギリギリの所まで何度もそのMOと対面し精神耐久を底上げするといった、半ば人体実験と言って差し支えないようなものだった。


 精神干渉系のMOというのは方法はどうあれ、精神に対してなんらかの物理的作用をもたらす。先程エスにはその感覚があった。 

 経験から、彼は少女の怪物をその類のもので、それもかなり強力な部類であることを判断する。

 直接対峙するのは危険。かといって中途半端な距離では少女のもたらす精神作用に抗えるかも分からない。


 ──ひた、ひた。


 素足と石畳が鳴らす足音。聞きながらエスはこの歩く呪詛が自分を探している様子では無いのだと安堵する。彼女から距離を離せれば、遠くから処理する手立てもある。

 路地の陰で少女が過ぎ去るのをエスは待つ。


 ──ひた、ひた。


 音がエスの側にまでくる。彼は今、彼女が自分の潜む路地の陰の手前まで来ている事を理解すると同時に鼓動が跳ねるのを感じた。

 

 ──ひた、ひた。


 ひた、


 止まった。まだ、通り過ぎてはいない。彼が潜む路地の手前で立ち止まっている。

 そこでエスは気付く。


 ──あいつには・・・・・が無かった・・・・・


 「──!」

 どっ、と汗が噴き上がる。エスは身を翻し、路地の奥へと走り出した。


 その背を凝視する空洞が二つ。


 彼女の首がずるりと伸びて、路地を覗き込んでいた。

 「アアアアアア」

 逃げるエスを捉えて喉を鳴らし、追跡を開始する。白いワンピースと共に怪物は歩速はそのままに瞬間移動じみた動きで路地裏の奥へと移動していく。首が先行し身体がその後ろを付いてきていた。


 路地裏は周囲の建物によって形成された、迷路になっており、似たような風景が続く。土地勘の無い者であれば簡単に迷えてしまう。エスは闇雲に路地裏へと逃げ込んだが、少女の怪物にとっては獲物が自ら罠にかかりにきたようなものだった。


 「ちくしょうッ!」

 どれだけ道を変え、速度を上げようと、ぴったり背後に迫る気配が付きまとう。互いに迷宮の中にいるというのに、一向に逃げ切れる気がしない。

 エスは対処方を考えながら走っていたが、やはり、精神干渉系のMOとの戦闘においては、とある武装で無い限りまともに立ち会う事は不可能だという結論に至った。

 「あんな見えないものをぶった斬るものなんざ俺だっていくつも持っちゃいねぇがな……でもな、似たようなものなら有る」


 本当に必要なのは〈CECナイフ〉と呼ばれる対精神系MO装備で最上級と言ってもいいものだった。正式な名前をCessation of causality(心因途絶因果切断)戦術短刀。所謂パワーストーンと言われ、信じられている・・・・・・・物質を凝縮し、微弱な信仰を確かな力へと変えている。CECナイフはアベンチュリンという『精神安定』の効果があると言われる石への信仰を形にしたものだった。

 

 しかし、エスが使おうとしているのは、それとは真逆の幻想兵装だった。

 久しく使っていなかった、あの感覚を呼びおこす。祈りによって神に呼びかけるような感覚。己のうちに神殿が築かれ、精神に一時的な安寧をもたらすが、それは、内に棲まう神とは程遠い獣にしか届かない。


 迫る少女の怪物の手前、エスは背を向けたまま立ち止まった。

 不意に止まった獲物に対し、少女の怪物も釣られて止まる。しかし、すぐに本能が作用して彼女の攻撃性が活性化する。首が伸び、エスの精神に入り込むため、瞳の空洞を直視させようと回り込もうとした。

 その時、少女はエスが呟いているのを聞いた。

 「超自我固定──掌握プロセス実行──」

 瞬間、少女の怪物としての本能が危険を察知した。

 これは危ないだとか、そんな遠い感覚・・・・ではなかった。すぐ頭上に巨大な岩の塊があるかのような確実な死を感じさる死の間際、極々近い感覚が襲っていた。

 ──逃走すら、選択肢に浮かばない。

 「代行権限獲得──仮装精神具現化──魂殻化実行──」

 「アアアアアアアアア!!!」

 怪物は死の感覚に抱擁されながら絶叫した。

 「──アルカナへと接続

 ──隠者の劔ハーミット顕現」

 言葉と同時にエスの手元に銅色の拳銃が形成され、エスは怪物へと振り向き、銃を構えた──

 彼が振り向いた先、怪物のいるべき方向には、もう怪物はいなかった。


 そこには両眼に空いた穴から涙を流す少女の顔があった。


 「オ……ド、ザ…ン、ごめんね」

 最早、敵意は無かった。


 だというのに……、


 その言葉には、重さがあった。エスの心をざわつかせる呪詛にも似た、束縛性を持って心を蝕もうとした。

 身体のところどころを歯車に犯され、人では無くなってしまった少女。身体的にも、彼女が元は人間であったのだと、エスは彼女の生身の部分を見て判断する。

 すすり泣く少女からは怪物性が薄れていた。

 そして、

 「ハヤく、殺シテ、お願い」

 そう懇願して微笑んだ。


 「これが、てめぇらのやり方か……!」

 怒りが内に沸き起こり、銃把を握る手に力が込められカタカタと震えた。

 照準が定まらない。

 本来であれば、彼女の歩む人生はもっと穏やかであったはずだ。それがどうしてこんな土地で、怪物として、奴らに利用される事になってしまったんだ。

 やるせない怒りが、エスの身体を満たしていく。

 しかし、少女はそれを感じ取ったのだろう。まだ人間のままでいる彼女はエスと似たような人間の事を思い出す。


 「アナたハ、おトうさんニ似てる……ヤさシイんダ……」

 「俺が……お前の? それに優しいって言ったか?」

 「ウん」

 「お前は、死ぬのが怖くないのか」

 「コわい……ケど、こノマま、アナたを殺シてシマウノは、いヤ」

 「優しいのはお前だろう……どうしてそんなになってまで他人の事を考えられるッ!?」

 「ソレは……お父さんガそウダったから……ソレに、アナたなら、ワたしヲ、お父さんノトコろ、マで、連レて行っテ、クレる、ソう思ッたカら」

 「せめて、せめてお前が憎しみで動く怪物だったなら……俺は……ッ!!」

 「ヤサシイ、ケド、ソレジャ、ダメ」

 「俺は──」

 「ワタシヲ、コロシテ、ハヤく──」

 「ソシテ、ヤサシサモ、コロシテ……デナイト、アレニハ、カテナイ……」

 「お前は……そうか──分かった」

 漸く、エスは少女を殺す覚悟を決めた。

 彼女の魂も連れて行く。

 その為に今は、彼女を殺す。


 ──前にもこんな事があった。俺の記憶じゃない、どこか遠い記憶。前世的なヤツだろうか? だとしたらこんなのはもううんざりだ。ここで終わりにしてやる。


 そうして隠者の劔の引き金を引いた。

 銅の弾丸は、微笑む少女の胸を貫き、そして人間としての彼女を殺した。


 エスは彼女の亡骸に歩み寄り、屈む。彼女の内に宿るぼんやりとした光を視認すると、それに触れて形を与える。

 彼女の名前、記憶、感情が渦巻く光をエスは自分の胸に押し当てるようにしてそれを取り込む。


 「行こう、エイファ」

 彼女の名を呟き、作り物の空を見上げる。

 燦々と輝く、偽の太陽の向こう、その奥に黒い空間があるのが僅かに見えた。そしてそこへ伸びる長い階段が現れていた。


 「あそこが次の階層への道か」

 エイファを倒した事で、作り物の街が変容したのだろう。


 「……まさしくゲームって事か、ふざけんじゃねぇ」

 

 

 

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