第二幕 十五話 Descent



 「ここは……」

 闇を抜けた先には、広大な砂漠が広がっていた。自分は確かに階段を昇ってきた筈だというのに、いつしか砂漠に辿り着いていた。荒唐無稽にもほどがある──アイネンはこれが幻覚でないことを確かめるため正面の宙空に本気の掌底を放つ。

 これが幻覚ならば、この一撃で霧散させられるはずであると淡い期待を抱いていたが、目の前には依然として砂の大地だけが広がっていた。

 「なんなのだこれは」

 幻覚では無いにしても理解が追いつかない。空間を捻じ曲げているにしても一つの階層に砂漠を丸々押し込めるなど、Comでも実現するのは困難な芸当である。

 そうしてみれば、氷結城の主はどれだけの技術を有しているのか、確実にComに不利益をもたらす存在であるというのがよく分かる。アイネンは砂漠の中、自身を照らす日光すら『本物』だと理解する。

 ここで立ち止まっているのは良い選択とは思えず、彼は砂漠を歩き出した。

 砂の感触、乾いた風、焼けるような陽射し……先程まで極寒の大地にいたのが裏返ったかのように今度は灼熱の大地である。

 世界というのはこんなにも曖昧で、脆弱なんだろうか。焼かれながらアイネンは自身の感覚を疑っていた。

 「砂漠、か」

 彼は以前にもこうして砂漠を歩いたことがあった。

 その時は、かつてヌビアに現れた『アヌビス』がどこからやって来たかの調査だった。やはりエジプトへと向かわされた彼と調査隊。結局、出現に関係ありそうな遺跡は彼らが危惧していたことはなく調査は拍子抜けする結果に終わった。

 アイネンの視界の先には建造物どころか、木の一本も無い荒涼とした砂の山ばかりが映るだけで、進めど進めど彼の体力を奪っていくだけだった。

 一時間ほど歩いたところでアイネンは悪態を漏らした。

 「ちっ、延々とここに閉じ込めて殺すという罠なら最悪だ」

 周囲の風景に変化は無かった。

 額から首筋にかけて汗が伝う。闇雲に進むべきではなかった事を悟ったのはこの時にしてようやくであった。


 彼は、その場に座ると、瞑想を開始した。

 その行為に意味は無い。その場に座したアイネンは、意味がない時を刻むだけなら少しでも思考を研ぎ澄ましておこう、それが今出来ることだと判断していた。


 汗が伝う。

 太陽はアイネンだけを焼き殺さんとばかりにぴったりと頭上に張り付いていた。

 日が傾く気配は無い。

 どれだけの時間が経過したのか、それすら曖昧になっていく。


 「……」


 ──そこに答えがある気がした。

 時間……そうだ、時間だ。

 作戦開始から何時間たっただろうか?

 あれは奇襲によって正確な時間も見ないままの強行突破して、気を失って、どれだけ時間が経過した……? 

 時計は──壊れていた。

 「くそ」

 時間の感覚はぐちゃぐちゃになっていた。だがそこにこそ、この空間を破る答えがあるとアイネンは確信している。

 

 ──そもそもこの空間には不可解な所がある。本物の『太陽』があるというのも謎の一つだが、それよりも行けども行けども同じ景色が続く。同じ場所を歩いているのはただの錯覚だと思っていたが、それはきっと、錯覚じゃない。

 真に同じ場所を繰り返していた・・・・・・・・・・んだ。

 そうだ……それに、これほどの巨大な建造物になぜ我々は今まで気付かなかったんだ。ここまでの技術力を持つ存在が一体今までどこに潜んでいたんだ……!


 アイネンの思考は答えに辿り着こうとしていた。

 「一年前のヌビア、『アヌビス』のMOはその予兆だったワケか……! なら、今私が感じている気配……それは、〈神〉なのか──!?」

 ばっ、と上に顔を向けたアイネンは太陽の眩しさを感じなかった。

 それは、大きなナニカが自分の上に影を作っていたからである。


 アイネンの遥か頭上、金色の極光の果てより黒き形がゆっくりと舞い降りる。

 翡翠色の翼。鳥類の頭部を持つ人型は、左手に月光、右手に陽光を携え、今、一人の前に降り立った。


 「テウト神──!」


 閉ざされた砂の大地で、神と人間による戦いが開かれようとしていた。

 

 


 

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