第二幕 十三話 Answer
玉座の間を後にして、エンヴィリオは父に言われたことを回想していた。
『お前が散らかした玩具だ。自分で片付けるがいい』
──当然の事か。父さんはいま、母さんとの時間を大切にしたいのだろう。もうじき計画は最終段階にはいる。そうなれば、母さんはもう人間ではなくなってしまう。だからこそ父さんはあれほどに怒りを露わにしたのだろう。
しまったな、とエス達を生かしてあまつさえゲームなどと宣った事を後悔する……そんな殊勝な心は無い。
本心はちがう。
心の底では、父と母のことなど、どうでも良かった。
正直、理解できなかった。父の言うことも、あんな小娘を母と慕うことも。自分には何ひとつとして面白味を感じない。
いつからか、どうすればおもしろくなるのか。それだけを追求していた。
父に隠れ、『おもしろくなる』ように仕掛けをした。幻想兵装を集めていたのもその一環だった。それが父の計画の邪魔になろうと構いはしない。そのほうが面白いのだから。
はじめは、スリルを求め、雇われや怪物を相手に殺しあいをし、幻想兵装を奪う行為が楽しかった。けれど次第に物足りなくなった。簡単に殺せる相手ではなにも感じず、すぐにもっと強い存在に手をだした。
──それでも、負けなかった。むしろはじめての時よりも刺激は少なかった。自分は強すぎた。きっと、誕生した時からそうだったのだろう。どんな相手だろうと、すこしでも本気をだせば殺せてしまえた。
そこからは退屈だった。作業としての殺し、何の面白味もなく死骸が残るだけ。父の計画が達成されれば、世界はきっと終わる。そうなれば、この退屈からも解放されるだろう。そんな考えに支配されはじめた時、妙案を思いついた。
自分が強すぎるのであれば、弱いモノに合わせれば良い。そこにルールや条件を設ければ更に良い。自分を脅かす存在を自分で用意すれば良いのだ。これはおもしろくなるかもしれない。
──そして、実行に移した。
記念すべき最初の相手は、這い狼部隊だった。彼らにはルールは与えず、自分に条件を与えた。それは『ほかの幻想兵装をつかわない』、ひとつだけだった。加減が分からなかったからそうした。
更に理由があるとすれば、彼らに対する期待値は高かったからだ。
また彼らは期待通りの強さを発揮してくれた。たかだか条件一つ自分に課すだけで、こうも変わるとは思いも寄らなかった。
だが……楽しいと感じたのも束の間、彼らは容易く死んでしまった。
楽しむためにはまだまだ条件づける必要がある。それが分かっただけでも僥倖と思うべきだろう。
自身に条件を付ける中で一つ、気付いた事がある。
人は時として限界を超えた力を発揮する……それは命の危機に瀕した時、或いは大切なナニカが脅かされる時に起き得る。
時に狂気と呼び。
時に勇気と呼ぶ。
それらの感情によってもたらされる結果は、僕に思いもよらないモノを見せつけてくれる事があった。
それは、久しく忘れていたおもしろいという感情を呼び起こした。
僕はそれを『かがやき』と呼ぶことにした。
這い狼との戦いののち、ルールと条件付けで僕を弱体化してから僕が『仕掛け』を施した標的と戦う事で、その人々からかがやきを引き出す事に専念した。
ごく短い期間ではあったが、やはりかがやきは現れた。
取り分け、なにかを守るために戦う時、人はそれを現す。
気付けば僕も『
そういうものが、僕も欲しかった。
届かない輝き、僕には眩しすぎるモノ、だからこそ僕もそれが欲しい。何故彼らにあって僕には無いのか。
ただの人間よりも優れた僕が持ってないのはおかしいだろう。
なぜだ。なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。
深い思考に陥って理由を探る。
僕とただの人間は違う。
彼らとは生まれた意味も、生きる意味も、感情も違う、そう信じてきた。
果たしてほんとうにそうだろうか。見た目は人間と変わりがないだろう。なら何が違う。何が違う。何が違う。
何が違う──
「──何が違うんだ!!!」
気が狂いそうだった。得たいのに絶対に得られないモノを目の前で見せ続けられ、触れる事も許されず、自分の信じてきたモノ全てが音を立てて崩れていく……そんな感じがした。
何が違う。
その疑問を反芻している内に僕の内で何かが蠢いている感覚に気付いた。
何かある。肉体的な話じゃない、心の底に何かある感じがした。
まさか、これが、僕の『かがやき』なのか?
まだ見えないがたしかに感じる。
あぁそうか、そうかそうか、これは確かに僕のモノだ。
直感でそれが自分のものである事と、これをかがやかせるにはどうしたらいいのかが分かった。
◇
──僕は自分の『かがやき』を得る『仕掛け』の最終段階としてある人物を襲った。
暗黒街で暮らす、雇われの男『ヨルド』を標的にした。
彼は熟達した幻想兵装使いとして、エイジス協会の中でも一目置かれており、その彼には娘がいた。
名前は『エイファ』、歳は十三歳。元々は孤児院から引き取った子どもらしく、引き取った当初は三歳だった。彼との血の繋がりは無かったが、彼に似たのか多少粗暴な言動は見られる娘に育つこととなるが、容姿だけは美しいとして通りでは有名な少女であった。
父は彼女を愛していた。無論、女としてではなく、娘として。
彼女の成長に喜び、彼女が安心して暮らせるようにと、普通の父親が願う、当たり前の願いと共に、彼女に生き甲斐を見出していた。
──しかし、ある日それは崩れ去る。
彼は娘に自分は本当の親ではないと、彼女が十二歳になった時告げたのである。
ヨルドは彼女なら受け止めてくれるであろう、そう思っていた。
だが、彼が真に父親では無いと知ったエイファとヨルドの関係は酷く悪化した。彼女は家を飛び出し、一週間もの間彼女は帰ってくることは無かった。
当然ヨルドも彼女を探していた。それでも結局は見つけられずに、彼女は自らヨルドの元へ戻ってきのだ。
彼は喜んだが、それも束の間、彼女は夜になると再びいなくなった。
家出した一週間、彼女は裏通りの人間達と関係を持っていた。そこで『自らが生き抜く術』を身につけ、ヨルドに頼らずとも生きていけるように歪んでいった。
だからこそ、裏通りの屑と親密にしていた彼女はこの地域の危険を物ともせずに闊歩する事が多かった。
それはとても後ろ暗い契約と、彼女自身を蔑ろにするようなものだった。
それでも、ヨルドは娘がまっとうに、安全に生きられるよう、教育も治安も整っている企業都市に行くための金を貯めていた。
娘が屑どもと何をしているのかも知らずに、ひたすら怪物を狩り、金を稼ぎ、眠る。
彼に出来たのは怪物を狩る事だけだが、それでも金は貯まる。娘ともう一度でも笑い合えるなら、その願いを糧に彼は戦った。
それだけが再び娘との関係を修復出来ると信じて──
───
────
─────
知って僕は感極まった。
良い! 最高に良い!
エイジス協会の人間全員の脳を開く程の価値があった!
彼女は日頃より裏通りにいる。
父親の愛も気付かずに、歪んでしまったが故に彼女は僕の手で父の愛に気付くことが出来る。
その時、彼は怒るだろうか。それとも喜ぶだろうか。
ああ、出来ればその両方であってほしい。それでこそ『かがやき』はより増して、僕を『かがやかせる』だろう。
日々を娘のために費やす彼が、ある日帰宅すると、置き手紙と共にその娘が拐われていたとしたらどうなるか。
場所は廃棄された『ジェリコ兵器工場』。裏通りの人間すら寄り付かないとされる、指定封鎖禁域にされた土地だ。
ここを選んだのは理由がある。
だがそれは最後の愉しみにしておこう。
◇
予測通り、彼はすぐに手紙で指定した廃工場に現れた。
背に大剣を背負った二メートルはある大男。伸ばしっぱなしの茶色の長髪をバンダナで抑えつけ、岩のような肉体を持つ男からは見るもの全てを憎むかの険しい視線が放たれている。
その視線は僕へと向けられている。
僕もまた彼の来場を心待ちにして、その視線を持ってして彼はやはり相応しいモノを持っている、そう歓喜する。
工場に入りすぐに鎖で逆さ吊りにされた娘を見るなり、彼は怒りで先走ろとするのをおさえながら僕に聞いてきた。
「なにが望みだ」と。
だから素直に答えた。
「たのしませて欲しい」と。
瞬間、瞳を静かな怒りの色に染めたヨルドが僕の前に立っていた。太く鍛えられた腕が僕の胸ぐらを掴んで持ち上げられるやいなや、空いてる方の腕で顔面を殴りつけてきた。
抵抗することも出来たが、今は彼の怒りを受ける方がおもしろい。殴打の一撃一撃が僕を歓喜させた。
なるほど、このままでも、もしかしたら僕をたのしませる事ができるかもしれない。だけど……
──それじゃあ足りない。
裾に仕込んだ機械で装置を起動する。
がごん。空間が響き、廃工場が揺れる。
「……何をした」
くち少なに、ヨルドは僕を睨みつける。腕は力を緩める事は無いようだったが、彼がそれに気付いた瞬間、僕は彼から解き放たれた。
「えっ、なに、どうなって……ッッ!?」
振動によってエイファが目を覚まし、自身の状況に気付いた彼女は絶叫した。
「ッ──! エイファ!!」
「……お父さんッッ!?」
ヨルドの声で我に返りエイファは恐慌状態から覚める。
「そう呼ばれるのも、久しぶりだな」
「お父さん……」
「少しの間だ、悪いがそこで我慢しててくれ。お前は俺の娘だ、そんくらい我慢出来るぐらいには強いはずだろ?」
口の端に笑みをヨルドは娘へと笑いかけた。
その瞬間、彼女の感情が決壊した。
彼女の父に対する罪悪感とそれでも自分を助けようとしてくれる父の愛を知った嬉しさ、なによりまだ自分のことを『娘』として扱ってくれている喜びから涙を流しひたすらに「お父さん」と呟き、自分の感情をひたすらに反芻していた。
「なんて顔してやがる──安心しろ、すぐに助けてやるからな」
かつてのように優しく語りかける彼によって、彼女が涙を止めて落ち着きを取り戻すと、ヨルドはすぐにまた僕へと向き直り、今度は大剣を引き抜いた。
隕鉄と怪物の残骸で鍛えられた幅広の大剣である〈ヨトゥン〉、それが彼の扱う幻想兵装、その一撃一撃に『意思』を乗せ、破壊力に変換するという代物である。今の彼が本気になれば、
「娘の為だ。本気でやるぞ」
ヨルドの目に怒りとは別の感情がチラついた。
「そうでないと困るなぁ」
僕もまた彼に対抗する為の条件付けとして、扱う武装はただ一つ、アタッシュケース状の
〈残余〉には特質的な破壊力は無いが、それは僕自身の肉体で補えば良いだけの話だ。ヨルドは身体能力もさることながら、最も脅威となるのは〈ヨトゥン〉による一撃。僕が彼と対峙する以上、要求されるのはやはり速度だ。故に、武装はこの短刀でいい。
僕が武装を取り出すと同時に、ヨルドは大剣を振り下ろしていた。まるで巨大な隕石が眼前に迫ってくるような圧迫感を感じながらも僕はそれを一重で躱す。
「いい一撃だ。でも不意打ちじゃ僕は殺せない。真っ向勝負をしようじゃないか」
「いいだろう、なら今度はお前から来い」
ヨルドの挑発に乗って、僕は駆け出す。身体能力では僕の方が多少は上を行く。スピードと手数でどこまでやれるか、試してみよう。
短刀と大剣がぶつかり火花が散る。当然の如く、ヨルドの肉体は一寸たりともブレることすらなく刃越しに僕を捉えていた。すぐに次の攻撃へと移る。
足を狙った刺突にも関わらず、ヨルドは大剣をバトンの様に回して弾いてきた。
「軽いな」
それは受けた短刀に加えて僕自身の実力に対しての事だろう。間違いない。〈想起する者の鞄〉が無ければ、僕の実力など一塊の雇われと同程度に過ぎない。
ヨルドが眼下で怯んだ僕を視線だけで追いかける。
「お前からは何も感じない。なんなんだ、てめぇは。道化気取った、ホンモノの阿保か?」
苛立ちが含まれた声を聞きながら僕は崩れた体勢を直そうとした。
ほんの僅かな隙だったが、弾いた衝撃で僕の体勢が崩れたと見るとヨルドは瞬時に大剣を突きを放つ形に持ちかえて、僕を目掛けて突進のような突きを放つ。
これも凄まじい圧を伴った攻撃であった。大剣自体は回避できたが、彼自身の突進に対しては躱すという選択肢が浮かぶ間も無く、気付けば衝撃と共に壁に打ち付けられていた。衝撃で脳が揺れ、骨が折れ、吐き気と痛みに襲われる。
条件付けをしているとは言え、こうまで呆気なくあしらわれるとは思わなかったな。
「死ぬ覚悟は出来たか……いんや、道化に聞くだけ無駄か。
ヨルドの声を聞きながら、揺れる視界の中で条件付けの加減を間違えた事を後悔した。
そうか、はじめから突進を当てることが狙いだったか。手数頼りが見え見えだったかな。なら、短刀を見せたのは間違いだったか……。やれやれ、
じゃっじゃっ、と砂を踏みながらヨルドの気配が近付いてきている。近付くにつれてごりごりと大剣がコンクリートを削る音も聞こえてきた。
僕自身様々な
砂を踏む音が止み、ヨルドの声が頭上から響いた。
「てめぇはがどこから仕向けられたのかは知らねぇが、知るのも面倒だ。死ね」
〈ヨトゥン〉を振りあげたヨルド。
殺意が降ってくる。怒りに憎悪、嫌悪、僕を悪と定める感情をひしひしと感じるよ。
「ああ、素晴らしいねぇ」
──僕にはその『
貴方が僕に『僕を悪と定めて憎む感情』を向けることが僕の目的とも知らずに与え過ぎてしまった。
「ッッ!? てめぇッ!!」
察したか。僕は吹き飛ばされた時、周囲に罠を仕掛けておいた。それに気付くだけこの男はやはり化け物と言えよう。
ヨルドは僕から距離を取ると同時に大剣を地に叩き付けて自身の周囲に瓦礫を舞い上げる。そこへ無数の短刀が彼目掛けて飛来した。だが舞い上がった瓦礫によってそれは弾かれる。
その間に僕は体勢を整え、再びヨルドと向き合う。先程とは違う。それは僕自身が切り替えたというのもあるが、彼もそれを感じ取ったか先程までの余裕を見せるような立ち振る舞いでは無くなっていた。
「ありがとう、ヨルド。あなたの悪意は僕の糧となった。あなたのおかげで、僕は『悪』として完成した。僕は自分だけの『
中々に苦労したよ。なにせこの世界じゃあなたのような『心』の持ち主は希少種だからね、あなたほど純粋に僕を憎んでくれる人はいなかった。そういう事さ」
「何をほざいてやがるッ……!」
やはり迸る僕の『悪』が分かるのだろうか? 彼には最早余裕の一片も感じられはしない。
「ただの道化じゃねぇな、てめぇ……」
「ははは。道化が只者である訳がないじゃないか」
「はっ、ふざけやがって。
……ふざけろ。
ふざけんな……ふざけてんじゃねえぇぇえ!!!」
必死の形相で彼は叫んだ。それは自身を奮い立たせる為だろう。引きつった笑みを浮かべ、目には恐怖の色が見えた。もう、彼から得られるものはない。
いや、大事なものが一つある。
悪には最高の甘味、人の『絶望』だ。
「ヨルド、君の娘を見てごらんよ」
そう言われて彼は察したのだろう。自分ですらこれほどの恐怖に心を苛まされるのだ。
「──て、めええぇぇえぇー!!!」
彼は背後で吊るされたままのエイファが見るに耐えない姿で
「ああ……いい、感情だ」
今度こそ彼から得られるものは本当に何もなくなった。
僕はそうして、彼の前で、心を曝け出すことにした。
ゆっくりと、僕の手の平に僕の心が形を持って顕現していく。
真っ黒に渦巻く、真っ黒な心。それが形ある姿でここに生まれるのだ。
「なんだ……くそっ……やめろッ!? それは、それは
彼は自身の大剣も投げ出して、僕が手にする
ああ、そうだろう。
怖がるのも無理はない。
これは人の心じゃないから。
これは『悪』そのものだから。
常人には理解出来ない、理解しようとしちゃならない毒のような思考の塊。
おめでとう。あなたが初めての発狂者だ。
僕は耐えたからね。
「〈究極悪〉」
◇
随分と回想に浸ってしまったようだ。
そろそろ、彼らの様子も見ないとな。
「面白くなるのはこれからだからなぁ。そう思うだろ?」
「なぁ、
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