第二幕 七話 I will blow you away!!
青白い軟体生物の触手は尽きる事なく三人に襲い掛かる。無尽蔵にも思える絶え間無い触手の波に対して、助けに入ったはずのエスとガンを足したというのに防戦を強いられている状況は変わらなかった。
「勢いが増してやがる……押し切られるのも時間の問題だな、保ちそうか?」
刀を振り回しながらエスが言う。その側ではアイネンが鬼神の如き拳打の嵐で波を砕いており、エスの声に気付いている様子は無かった。
「エス……! なんとかならないかッ!?」
波の対処に苦難を喫しているガンが声を上げる。彼女の武装ではその対処に難航している為か、既に幾らかのダメージを負って至る所から出血している。
「なんとかって言われてもなぁ……!」
むしろ悪化したとも言える状態に追い込まれ、エスは自らの判断の甘さを呪う。
青白い軟体生物はどくん、どくんと脈打ちながらその身に刻まれている謎の言語を妖しく光らせ、触手を生み出し続けエス達を呑み込まんとする。芋虫に似た生物はその体長は二メートルだがその体躯からは想像が出来ない尽きる事の無い触手の波を作り出す程にその身に宿す質量が絶大である事を示していた。
その波の勢いは更に増していく。
「保ちそうに……無いッ……!」
「うおおッ……おおッ……!」
エスは触手によって分断された向こう側でガンとアイネンの呻き声を聞き、舌打ちをする。
「クソ……!」
エスの脳裏にイメージが
イメージはより強烈にエスに語りかけた。
『委ねろ』と。
───。
───。
──どくん。
身体の奥底から狂気が溢れ出すのをエスは感じ取る。視界が狭まり、端から黒が滲み始めた。この感覚をエスは知っていた。
──この感じ……俺は以前にも……!?
それは、ハナと戦った時の事であった。朧げな記憶となっているが、あの時エスの肉体の主導権は確かに『別の何か』が握っていた。その時、エスは狂気の中を漂い古い記憶に触れていたのである。
血と臓物に塗れた街で異形と対峙する男の記憶だった。歪んだ笑みを湛え、殺し合いを楽しんでいるかの様な男は『牙』で異形を一薙ぎに削ぎ殺す。
あの記憶がなんだったのかをエスには理解出来なかった。だが記憶に触れただけで狂気から目覚めた時、自身が何かに渇いている事に気付いた。
この一年、エスはただそれを抑えられる様に力を付け呑まれてはならないと囁く本能に従った。
ユエシィを守る為に。狂気に呑まれない為に。衝動を目覚めさせない為に──。
暗くなっていく視界、身体は一人でに触手を破壊している。黒がエスの意識を完全に閉ざしてしまう。
──これでいいのか。
──お前は何の為に。
──見失うな、お前の光を。
意識が消え掛けるその際に、エスは自らに語りかける声を聞く。それは衝動とは違う聞いた事のない声であった。その声によってエスの意識に微かな火を灯す。
──俺は……。
脳裏に焼き付くのは、いつの日かのユエシィの姿だった。
そしてエスの意識は再起する。黒に染まる視界に一つの光を見出す。
「まだだ──まだ俺はやれるッ! こんな所でテメェになんぞ奪われしねェんだよおォォ!!!」
咆哮と共に視界は一度に光を取り戻す。そして迫る触手を一薙ぎで弾き飛ばして意識を本体に向ける。
触手の波は先程よりも数を増し、アイネンとガンの姿も近くには無かったが、二人がまだ生きているのだと感じ取る事は出来た。
状況は更なる悪化の一途を辿っている。
だが──。
今なら。今ならば。とエスは心の火を燃え上がらせる。
そして、それを現出させた。
「俺は常に俺を超克し続けてやる──見せてやるよ、本物の魂ってヤツをよォッ!!」
赤布の一部が真紅の焔へ変質して舞う。そして刀が再度横薙ぎに振るわれると、触手の波は一瞬にして灰燼に帰した。
波が払われるとそこにガンとアイネンの姿が現れ、二人は姿の変わったエスを目にした。
「時間が無い、そこで寝てろ」
「──エス……なのか?」
呻くガンを一瞥し、エスは触手の本体へと駆け出す。芋虫型のMOは迫るエスに対し再び波をぶつけようと視界を埋め尽くすほどの触手を放つ。
しかしエスはただ一振りでそれらを灼き尽くしてその走りを止める事無くMOへと向かっていく。
「終わりだ──」
声と共に刀に紅焔が集う。刀に輝きが収束して刀身に赫が宿る。振り上げた赫き刀が今にもそれを放たんと明滅していた。
MOはすかさず触手を放ちエスを止めようとする。向かってくる触手と同時にエスは刀の切っ先をMOへ向けて叫ぶ。
「
赫が極光と化して迫る触手を光に還し、周囲を削り取りながらMOへと向かう。エスの視界の先で極大の赫がMOを呑み込むと、次第に光は収束しその後に残ったのは削り取られた地面の痕だけだった。
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