第二幕 六話 Continuity Raid



 「……他の連中はどうした?」

 エスがガンに肩を貸して立ち上がらせながら聞く。すると悲しみとも怒りともつかない表情で彼女は唇を噛み締めた。

 割れたメットの内で血を流しながら彼女はその身を震わせ、ただ一言だけ告げる。

 「……先に逝った」

 「お前だけ生き残った訳か」

 エスは抑揚の無い声で彼女を責める様な事を口に出す。それを聞いたユエシィが咄嗟にエスを止めようと口を挟んだ。

 「そんな言い方って──「いいんだ」

 そのユエシィの声を遮ってガンは困った様に眉を下げてユエシィを見る。

 「……彼らは役目を果たした、ただそれだけの事。そしてその時を速めたのは私自身の至らなさが原因なんだ。カフスは私を逃がす為に、囮になって死んだんだ……ジェリコに至ってはどうやって死んだのか見届けてやる事も出来なかった……」

 「それが役目……!? 

 それってどういう事……?」

 ガンの口から出た『役目』という言葉にユエシィは不穏な空気を感じていた。

 「さっきも言ったが、私はさスタジィ社の特別の内の一つ。私の損失は直接会社の損失に繋がる……」

 「それじゃあの二人は……」

 ガンが何を言わんとしているのかを理解したのかユエシィは途中まで言って口を噤む。

 「そう言う事なんだよ、博士。我々はみな、何かしらの役割を与えられている。当然私にもそれは有る。いや、あったと言うべきか」

 「まるで今は無いみたいだな」

 エスが言う。

 「ああ、会社から与えられた役割などとっくの昔に終えている……だが私自身の役割はまだ終わりなんて見えやしない、もしかしたらもう既に終わっているのかもしれない……それすら分からない程、途方も無い事なんだよ」

 「……それって運命とかって事?」

 訪ねるユエシィに対しガンは笑みを浮かべ答える。

 「そういう風に言うのも良いかもしれない……けどこういうのは偶然じゃ無いんだよ、何もかもが緻密に積み上げられた因果の積み木なんだ、どこかの誰かが作り上げた積み木の上で誰もが生きている」

 「……哲学的ね、貴女っぽくは無いけどもしかしたら本当にそうなのかも」

 「ふふ、そう言って貰えると助かる。こんな話をするといつも変な顔をされるからね、博士にもいつか私と同じ様に思う時が来るかもしれないな」


 三人はガンの話に耳を傾けながらも、雪原を進む。四人が風雪が強まって来るのを感じた頃、ガンは「そろそろ大丈夫そうだ」と言ってエスに礼を言って自分の足で歩き始めた。


 「調子が戻ってきた所で聞きたい、目的地まではあとどれくらいの距離がある?」

 アイネンが問うとガンは腰に携えた小型の筒から地図を取り出した。

 「雪原に入って一時間は経ったか……ここからあと四キロ程先に例の氷の城が見える筈だが……」

 一同は視界の先を確かめるも、そんな氷の城など形も見えはしない。だがそれも風雪のせいでは無い。雪原に降る雪も今はまだ弱く、吹雪いているわけでも無かった。


 「……考えたくは無いが、既に私達に気付いて形を消した線が濃厚だな」

 ガンは言って地図を仕舞う。

 「どうするんだ?」

 アイネンが更に問いかけたその時、周囲の異変にエスとアイネン、そしてガンが気付く。


 風雪が強まり視界を白く染め始めていく、人では無いモノの気配が強まる風と雪に混じっていた。

 「ユエシィ、下がってろ」

 「……うん」

 素直に頷いた彼女はエスの後ろに回り込む。

 そしてエスの合図で三人はユエシィを囲む様に陣形を組んで各々の武器を構える。

 「さっきの奴らか?」

 「ちげぇな。小さいのから大きいのまで居る、滅茶苦茶だぞコレ……」

 エスとアイネンは吹雪の中に潜む気配を感じ取りながら警戒を強めた。

 「今度私にもそれを教えて貰えないか?」

 言いながらガンも黒いナイフを携え腰を下げて戦闘態勢に移る。


 「──来るぞ!!」


 エスの声と同時に複数の怪物が吹雪の中から姿を現わす。先程と同じ白い身体に黒い顔のついたモノ、巨大な槍を携えたボロ切れを纏った人型の機械、得体の知れない呪文をその身に刻んだ軟体生物、六つの頭と三つの身体で構成される人間、そのどれもがMOであった。


 「ふざけたシナリオだな、クソったれ!」

 ボヤきながらエスは人型の機械に斬りかかるが巨大な槍で受け止められ、その横から黒い顔の怪物が拳をエスへと向けて放つ。

 拳がエスを捉え半身に巨石をぶつけられた様な衝撃を味わってエスの身体は地面に叩きつけられた。

 それを庇う様にガンが怪物の追撃を抑えに入った所へ、ガンに向けて機械の槍が一瞬にして彼女の懐にまで伸びる様に放たれ貫かんとする。その高速で放たれた一撃を彼女はナナイフの腹で受け流し、態勢を崩した人型機械へと走り込む。


 「フォローを頼む、エスッ!」

 振り返らず叫ぶガンとそれに呼応して復帰したエスが赤い布で槍を形成し、彼女の周囲に同伴させた。槍の三本が先行し黒い顔の怪物を貫き命を絶つ。それに合わせてガンが人型機械との距離を詰める。


 「這い狼の狩りを見せてやろう──」

 トンッ、と二メートルはある人型機械の図体よりも軽々と跳び上がったガンは左手に携えたナイフを逆手に持ち替える。

 「死這うぞ──」

 呟く声と姿はすぐに搔き消え、人型機械は標的を見失う。

 次の瞬間、人型機械の視界の僅か下で彼女が稲妻の様に急降下していた。その一瞬で彼女のナイフは人型機械の軸となる部位を破壊し尽くしたのである。彼女の足音が鳴ったそれと同時に人型機械はがたがたと音を立てて崩れ落ちた。


 「案外脆いじゃないか」

 ガンが残骸を見て呟く。しかしそうしている間にも次のMOが彼女に襲い掛かる。

 「ワザとか?」

 彼女に迫っていたMOを串刺しにしたエスが文句を垂れる。彼女に迫っていた六つ頭の人型の頭蓋の全てに赤い槍が突き刺さされていた。

 「些細な事じゃないか、今はそれよりもアイネンの方に手を貸した方がいいだろう」

 言って軟体生物と対峙するアイネンを視界に捉える。ぶよぶよとした細い線がいくつも蠢き、アイネンは迫りくるそれらをガントレットで叩き落としてはいるが、致命的な一撃を入れる事が出来ずにいた。


 「どうやら相性が悪そうだ」

 「……だな」

 

 二人が悠長に会話してる事に気付いたのか、飛んでくる触手を払い除けアイネンが怒号を飛ばす。

 「さっさと手を貸せッ!!」

 


 

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