第二幕 五話 Raid
作戦決行を控えた合同メンバーのキャンプ。耐寒シールドで覆われたセーフゾーン。そこに今、一つの異変が生じる。
じじじ。何かが焼かれる音。誘蛾灯が振動している様な、微かな音。音は次第に大きくなると次にぴし、と亀裂の入る音が鳴った。そして全員が異常を察知する。
「敵襲ッ!!」
見張りをしていたジェリコがいち早く声を上げ、異音のした場所へ駆け付けた。
発生源は全員のテントがある場所から離れた耐寒シールドの薄い場所、今なおびきびきと音を上げ続けるそこでジェリコは異常の正体と対峙する。
「なんだ、コイツは……!?」
オウム型のメットから驚愕する声が漏れる。異常の正体はただの現象では無かった。確かにそこに形と敵意を持って現出した『怪物』である。白い体毛、丸太の様な手足、丸い胴体、胴の中心に真っ黒な人間の顔が付いた異形。それが今耐寒シールドを圧迫し亀裂を入れていた。
「ッ──!? まさかシールドをッ!? させる訳にはいかんッッ!」
ジェリコは機関銃を構え怪物へ向け放つ。激しい音と共にジェリコの視界に無数の弾丸が映って怪物の顔へと命中する。
「いけるか……!」
苦し紛れに呟いた次の瞬間、ジェリコは自身の背を『死』が撫で付けるのを感じた。
──ニタリ。
無表情だった真っ黒な顔が滑らかに動き、怪物が歪んだ笑みを作ってジェリコを好奇の目で見つめる。
「クソったれェ……!!」
一瞬でその精神を削られ、ジェリコからまともな思考を奪い去った。ジェリコには最早闇雲に銃弾を撃ち尽くすしかない。機関の鳴るがらがらという音と薬莢同士がぶつかる音。怪物はそれでもびくともせずにそこに在り続けていた。
「クソ…ッ! なんなんだコイツはッ!?」
叫びながら弾丸を撃ち続ける。次第に砲身は熱を帯び、機関から煙を上げ始める。流れ続ける弾帯も底を突こうとし同時に機関にも限界が来る。
その時、ジェリコはこことは違う離れた所で戦闘音を聞き状況を理解する事が出来た。
「ふざけやがって」
助けは来ない。この怪物は一体だけでは無い。機関銃も限界を迎えた。そうした絶望的な状況がジェリコを包囲した時、ジェリコの思考は恐怖から一転、冷静な思考を取り戻す。
ニタリ、ニタリと歪んだ笑みがジェリコに迫る。この怪物を入れてしまえばシールドの崩壊は一層早まるだろう。ジェリコに出来る事はここで一匹でもこの怪物を道連れにする事くらいであった。
「先に行くぜ、カフス」
顔を怪物から背け別の場所にいるであろう仲間に対し述べると、再度怪物に向き直る。シールドの崩壊は始まり、怪物の腕がジェリコへと伸びていた。
迫る腕に捕まったジェリコは怪物の腕に対してはあまりに小さ過ぎるナイフを突き刺して笑った。
気が狂ったのではない、ジェリコはこの時点で恐怖を超克したのである。根源的な恐怖を超克し、魂に耀きを抱いたのだ。
耀う魂は笑い、怪物の死よりも仲間の安寧を願った。
ニタリと笑う怪物はジェリコを己が顔の近くまで持ってきてその恐怖を煽ろうとするが、その行為はジェリコに対しては無意味であった。むしろその行動こそが怪物を死に至らしめる致命的な行動となる。
「はははッ! ははははははッッ!! はは──」
直後、熱と光が怪物の腕の中で溢れ出す。極小の太陽がジェリコと怪物を灰へ変え、それは風雪に紛れて舞台から消え去っていった……。
◇
ジェリコとは別の場所でカフスとガンは敵と対峙していた。黒い顔を持つ白い身体の怪物。その数は三体。戦闘の最中、カフスは異変を感じ背後を振り返る。
「ジェリコ……」
カフスはここにジェリコがいない事からも今感じた喪失感が確かな物だと確信出来た。
ジェリコは先に逝った。
「そうか、お前の役目は終わったんだな」
納得してカフスは意識を戦闘に戻すと、その眼前には怪物の拳が迫ってきていた。
直撃する──と思った次の瞬間、その間に黒いナイフが差し込まれ拳の軌道はカフスから逸れて傍の地面を砕いた。
安心したのも束の間、怒声がカフスの耳をつんざいた。
「何を呆けている! 死にたいのかッ!?」
狼のメットが息を荒げ、カフスを見る。
「すまない、意識を戻す」
言ってカフスは両手に握った二丁の
「DD弾を使え、ここを切り抜けるにはそれしかない」
ガンは怪物三体を同時に牽制しながら背後のカフスへと伝える。だが、カフスはそれを了承する事は無かった。
「使用を拒否する」
「なっ……どういうつもりだッ!?」
振り下ろされる怪物の拳を回避してガンが困惑した声を上げる。カフスが恐怖に呑まれたか、とカフスの方へ視線だけを動かし確認して、それが違うモノだと感じ取った。同時にガンを背後から拳が強打し、身体を地面に打ち付ける。地を這う形になった彼女はカフスに視線を向けて叫ぶ。
「!! 貴様──ッ」
やめろ、とガンが叫ぶよりも速くカフスは行動を起こす。
「さらばだ、ガン──」
カフスの声と共に銃声が響いた。
◇
エス、ユエシィ、アイネンの三人も同様の怪物と対峙していた。
しかし、六体はいた怪物も最早二体だけとなりエス達が生き残る結果が見えている。怪物達もエスとアイネンを怖れてか距離を取って動向を伺っていた。
怪物の死体の一つに刀を突き刺して立つ男、エスはその死体の横で呆れた表情で溜息を吐く男に語りかけた。
「アイネン、あんた結構戦えるんだな。執行課ってのは名前だけ大層な部署だと思ってたわ」
それを聞いてアイネンは両腕に纏われた武骨な装備をごつごつと合わせながら返答する。
「ジプシー如きと一緒にしないでもらおう、とだけ返しておこうか」
「言うじゃねぇか」
へっ、とエスが笑い、二人は残った怪物へと目を向けた。それに怪物達も反応し、その警戒を強める。怪物達とエス達の間に空いた距離は十メートル程、二人はそれぞれ一体の怪物へと駆け出す。
エスと対峙した怪物は迫り来る者を迎え撃とうと拳を振り上げる。そして懐に入り込んだ者を叩き潰そうと拳を振り下ろそうと力を込めたが、怪物はそこで違和感に気付く。
「遅いんだよ、てめぇらはッ!」
エスが叫び怪物の中心、黒い顔に赤布の刀を突き刺すと悲鳴が響いた。
悲鳴と共に手足を振るって踠く。
「黙れ」
無情に放たれた言葉と共に怪物の内から無数の赤い槍が突き出してその命を完全に絶った。
アイネンの方も決着が着いたのか、彼の前にあるのはひしゃげて原型を留めぬ肉塊だけが佇んでいた。
それを見たエスがアイネンに労いの言葉をかけようと近寄ると彼はエスの事を気にも留めず、一目散にユエシィの元へと走っていった。
「博士、私の能力を見て頂けましたでしょうか!? もし認めて頂けたなら是非私を博士直属の兵隊……いえ騎士に召し上げていただけないでしょうか!?」
「え、えぇ〜……?」
瞳を輝かせ跪くアイネンにユエシィはただ当惑する事しか出来なかった。
そこへエスが追いつきアイネンの滑稽さに言及した。
「厚かましい野郎だな……」
半ば引き気味だが、放っておけばユエシィがうん、と返事をするまで続くと考えたエスがアイネンの暴走を止めに入る。
「エス、また邪魔に入るのかッ!!」
言ってアイネンはガントレットと怒りをエスへと向けた。
「お前こそ状況を考えろってんだ、ほら見てみろ」
そうしてエスが指を指したのは宙空であった。アイネンがその方向に目を向けると、漆黒の空のすぐそばに奇妙な境目があるのを見つけた。
「まさか、シールドが崩壊しているのか……!?」
「その通り。だから早く対処しなきゃならねぇんだよ」
上を見上げて驚嘆したままのアイネンを無視してエスはユエシィに顔を向けると、ユエシィが頷いて小型の装置をエスとアイネンに手渡す。
「博士、コレは?」
「小型の耐寒シールド。と言っても、効果はキャンプを覆ってたモノには劣るけどね……でも外での活動が出来るくらいには気温を軽減してくれる。大体、マイナス二十度くらいには」
「無いよりはマシだ」
エスがそれを腰に装着すると、アイネンも同様に装着した。ユエシィは既に装着しており、装備はまだ三つ残っていた。
「スタジィ社の連中の分か」
それを見てエスが呟く。
「うん、彼女達も無事だと良いんだけど……」
そうしてユエシィが辺りを見渡して何かに気付く。
「あれ……もしかして……」
ユエシィが駆け出して少し離れた所で立ち止まる。後から追いかけていた二人は彼女が地面に膝を付いて何か喋っているのを見て、その足を速めた。
「ガンッ! 大丈夫!?」
そこには傷を負ったガンが横たわっていた。ユエシィが必死の形相で彼女の傷に応急処置を施している。
「……博士、そんなに心配しなくていい」
言いながら彼女は酷く損傷した背中を晒しても上半身を起こす。
「酷い傷……」
ユエシィはガンの傷を見て息を呑む。それとは裏腹にガンはどこか余裕のある様子で笑っていた。
「私はスタジィ社の中でも特別な内の一体だ……こんな傷でさえも、治ってしまうんだよ」
治りつつある傷を見てユエシィは驚愕する。
「……博士、こんな私を怪物だと思うかい」
寂しげに言って彼女がユエシィを見る。すると、ユエシィは真顔で自身の背後に立つエスを指差していた。
「こっちの方がよっぽど怪物!!」
そう言い放ちガンの発言を否定する。
「そうだな」とエスまでもそれを肯定して頷く。それにはガンも戸惑いを隠せなかった。
「……はは」
ただ笑う事しかガンには出来なかった。
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