第二幕 四話 決行前夜/2



 「確かに私は女だが、そういうのを気にする業界でもないだろう?」

 女である事を問われ困った様な表情を作るガンは先程までの厳格な雰囲気とは違いどこか柔らかな空気を纏っている。

 「そのメット、声を変える機能まで付いてたのか。中身はおっさんだと思ってたぜ」

 狼型のメットに目線を落とし、エスがそう言うと彼女は眉を寄せた。

 「……おっさんは無いだろう」

 「お前が一番気にしてんじゃねぇか……」

 困惑するエスの横からユエシィが顔を出し、ガンの手を取って歓喜した。


 「わぁ……! 女性の仕事仲間なんて私初めて……! これからもよろしく!!」

 言ってガンの手をぶんぶんと上下に振ってその喜びを表す彼女。ガンは呆気に取られたが次第にその裏表の無い喜ぶ姿に笑みを湛え応える。

 「こちらこそ。きっと貴女の力になってみせよう」

 そうしてガンとユエシィが和気藹々としている後方ではエスとアイネンが会話していた。


 「流石ユエシィ博士だ。あのスタジィ社の傭兵を容易く懐柔してしまうとは……」

 感嘆するアイネンに対しエスは「やれやれ」と溜息を吐く。

 「あいつの真面目っぷりもだが、お前のそのユエシィ崇拝は何なんだよ」

 「貴様には分かるまい博士の崇高さが。彼女こそ光なのだ、私の救いの光……!」

 両手を組み祈りを捧げているアイネンにエスは「結構気持ち悪いなお前……」と引き気味に言う。

 「戯けめ。可哀想な博士……こんなヤツとボイジャーの任を与えられていたなんて……」

 真性だな、とエスは思いこれ以上何かを言う気は失せていた。アイネンから視線を逸らそうとエスはユエシィ達の方を見るとガンが自身の方を見ている事に気付く。

 

 「なんだ?」

 彼女に近寄ってエスが聞くとガンはまじまじとエスの顔、正確にはそこを覆っている霧を観察した。

 「……なんなんだ?」

 戸惑うエスに気付くとガンはハッとしてエスから離れ口を開いた。

 「いやすまない。実はその霧の事が初めから気になっていたんだ、どうなっているかとな」

 「これか」

 エスは自身の顔を覆う霧に触れてみせる。

 「どうなってるんだ、それは」

 「どうってな……ただ顔にくっ付いてるだけだが」

 「取らないのか? 戦闘時は邪魔だろう」

 率直な疑問だったのだろうが、エスはそれに対し言葉を濁す。

 「……邪魔にはならないんだよ」

 何かを含む言い方にガンは察する。

 「……理由があるんだな。野暮な事を聞いた、すまない」

 言って彼女は狂う鳥達の方へと去っていった。


 ガンが去り、アイネンも気付けば姿が見えなくなっていた。完全な静寂に取り残されたエスは溜息を吐き、頭上を瞬く光に気付く。


 「明日には出発か……」

 空を見上げるエス、頭上には澄んだ暗い色と星空。ここに来て初めてエスは澄んだ夜空を見た。吹雪いてばかりで閉ざされていた空が澄み切った空に変わったそのさまが、わだかまっていた作戦メンバーの心が晴れたのを表している様でエスは些か複雑な面持ちで空を見ていた。


 「ここはまだ汚染されてないんだね。

 私、星空なんて見るの久しぶり」

 くすくすと笑う声がエスの側で生まれた。

 いつ間にかエスの側に来ていたユエシィはその横でエスと同じく空を見上げ、滅多に見る事の出来ない星空に目を輝かせている。

 「はぁ……」


 深い溜息を吐くエスにユエシィは「それ癖なの?」と笑って問う。エスはそれを気怠げな態度で流し自分も含めて今の心境を吐露した。

 「呑気なもんだ……どいつもこいつも。温い空気が流れてるから身体がゾワついて仕方ねぇ」

 「ふーん、私は良いと思うけど。さっきみたく殺伐としてるよりかは」

 悪戯な表情でユエシィは先程のエスとガンの事を持ち出しエスへの嫌味へと変える。

 「はッ、だがまぁ……ありがとな」

 そう言ったエスの事をユエシィは青天の霹靂を味わったかの様に見つめていた。

 「──珍しいね。エスがありがとうだなんて口にするのって」

 「うるせェな。明日は作戦の開始日だ。お前もとっとと寝ろ」

 「分かってるよ! まったく、子どもみたいに照れちゃって……装備の確認でもしてきたら?」

 ユエシィは粘ついた視線をエスへと向ける。

 「やりゃあいいんだろ、はいはい」

 両ポケットに手を突っ込み自身のテントへと戻るエスを見送るとユエシィも自身のテントへと戻ろうと反対へ向き直る。誰も居なくなったキャンプの中心で一人空を見上げ呟く。

 「アイン、どこにいるの……」


 消えてしまった彼の名を呼ぶユエシィ。彼女は今回の作戦にアインを探す為の手掛かりがあると感じていた。映像に映っていたジャケット男、あの男からは他人をどうしても他人とは思う事が出来なかった。ジャケット男の風貌はアインには似ても似つかなかったがそれでもユエシィにとっては一握の希望となり、彼女をこの極寒の大地まで連れてきた。


 「きっと見つけてみせる、だから待ってて……!」

 彼女の呟いた声は暗い空へと吸い込まれ消え、誰に届く事も無い。空に手を伸ばした彼女は宙でその手を強く握り締めた。

 


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