第12話 破棄形態
「殺すつもり……?
あー…人違いじゃないか?」
首を鳴らすとエスは目の前の相手、栗色の髪の少女に視線を定めた。
「そんな事言って逃げるのは許さないですよ!」
少女は構えを解くと何度かその場で跳ねながら次第にそのリズムを速めていく。とーん、と長く跳ねているが、エスがそのリズムの刻み方に違和感を感じ始めた時、少女の『構え』は完成していた。
少女はその場でボクサーが使う様な、拳を胸の前で構える型で浅いステップを繰り返しているが、その速度は既に人間業の域を出ている。
少女の残像が左右に揺れる度に周囲に荒れ狂う風が生まれ、その風は少女の周囲の地面を削り取っていく。音速の戦闘スタイルは少女の新しい『型』であった。
「行くよ」
エスが少女の声を聞き取った時、それは既に少女の拳がエスに到達する直前だった。
「がッ──」
少女の放った拳を胸の前に構えた刀で受け止めるも、その破壊力を前にエスは再び地面を転がる事となった。
戦闘機に激突されたかの様な威力にエスの肉体は少女と対峙して僅か数分で満身創痍にされていた。それでもその攻撃を受け止めることが出来るだけエスにも戦闘のセンスはあったが、今エスの前に立つ少女はそんな矮小な才能を叩き潰してしまう。
「あれ、思ってたより弱っちい?」
少女はエスを試しているのか、攻撃の手を止めてエスが次に何をしてくるのかを待っている。エスは吹き飛ばされたと同時に落としたソフト帽をを手元に引き寄せそれを被ると、刀を杖にして立ち上がった。
この僅かな間に、骨が軋む程のダメージを受けたエスだったが彼はまだ戦うつもりでいる。刀もあれだけの衝撃を二度も受けながら折れてはおらず、赤い布もまだ解けてはいない。
「格闘術の使い手──って訳じゃなさそうだな。お嬢ちゃんのソレ、一体なんだ?」
少女は音速の型を解き、エスの話に耳を傾けている。
「あれ。わかっちゃった感じです?
……ちゃんと見えてたんですね、ハナちゃんポイント一点上げまーす!」
少女は左手を高く掲げ、その手をエスに向けた。
「ありがてぇ。ならポイントついでに教えてくれねぇか、ソレが一体なんなのか」
エスは体勢を整えると刀の切っ先を少女に向けて少女に問う。問われて少女はうーん、と唸った後何かを思いついたのか口元に笑みを浮かべると、再び音速の型を使用する。
とても答えを述べる様には見えない雰囲気になると、エスも少女に向けた切っ先を顔の近くまで引き、腰を落として刀を構える。
「答えるつもりはねぇって事か」
「答えますよー!」
少女は戦闘体勢のまま元気よく返事をした。そして──
「あと二点。稼ぐ事が出来たらですけどね」
声と同時に刀に衝撃が伝わり、エスの身体は吹き飛ばされかけるが、赤い布の一片が少女の拳を受け止めていた。
「はは、厳しそうだ──なっ!」
笑ってエスは赤い布に自らの意思を乗せる。すると布は鋭利な槍へと変質し、少女へと襲い掛かる。一つの赤い槍が少女の腹を目掛け、放たれる。
少女はそれを緑色に薄く発光する右腕ではたき落とすと、左手に握られた拳が緑の光を放ちながらエスの頭部に向けて返される。
エスはそれを二つ目の赤い布で受け止め、はたき落とされた一つ目を少女の右手に絡ませる。少女は右腕の拳を振るえなくなると、直ぐに左腕を引き、左脚でエスの腹部を狙って回し蹴りを放つ。
その蹴りを三つ目の赤い布で腹部と蹴りの間に幕を作って防ぐ。少女とエスは超近接戦闘を演じる事となったが、少女が全身に緑色の光を纏うと、絡まった赤い布も剥がされ、少女はエスから距離を取った。
「うーん、こうも防がせれるとはね……
これは一ポイント上げても良いかな」
「はっ……あと一ポイント、だな……」
息を荒げているエスとは対象的に少女は余裕がまだまだある様子で、エスの持つ刀に視線を向ける。
刀は刀身に巻かれた布が三つ剥がれ、柄の先から三又の尾となり、それらは中空を生物の様に漂っている。
「面白い刀ですね、ソレ」
少女は何度か攻撃を防いだ、エスの刀に関心を向ける。
「は──こっちは何も面白くねぇよ」
エスは構えを解かず、再び腰を落として少女を見据える。対して少女は構えもせずにただ刀を凝視していた。
「それも〈欠片〉の一つだったら良いな!」
構えを解いた状態から一瞬にしてエスの正面に飛び上がった状態で現れる。
既に放たれた拳がエスに迫る中で、エスは僅かに頭を左に逸らすと、放たれた少女の拳がエスの顔の真横を空気を裂いて通り抜ける。少女の作り出した真空がエスの身体を何度か斬りつけるが、エスは構わず三又の赤い布を全て槍の形へと変質させ、少女に向けて放つ。
首、腹、肩。その三箇所を同時に狙う赤い布を少女は瞬時に発光する手刀で三つ全てを叩き落とす。
「マジかよ……!?」
エスは驚きつつ次の手に全てを賭ける事にした。
構えを解かないまま迫る少女の動き一つ一つを見定め、一瞬の隙、僅かな隙間に全てを捧げる。常人では不可能な業である。だがエスにはそれを可能とするモノが一つだけあった。
DER。差異事象認識レンズ。次元を越えようとも、時を止めようとも、これでなら観測が出来る。エスは霧の向こうで目を見開き、少女の動きを観察する。
少女とエスの間に阻むモノが無くなり、少女はエスに接近する為、更に一歩踏み込みながら左手を後方に引いて渾身の力を込める。
少女の左拳が輝きを増すと、周囲の空気まで呼応するかの様にチカチカと翡翠色に光りだす。圧縮された輝きの全てが少女の左拳に宿った瞬間、少女の顔のから感情の全てが取り払われた。
「竜王──絶滅……掌ォ!」
少女が叫ぶ。
空気が振動し少女の放つ圧倒的なまでの圧を受け、エスには時間が止まったかの様な感覚になる。
この感覚をエスは知っていた、自らの内に眠る、おぞましい記憶の一片が呼び起こされ、彼がこれまで抑えてきた内なる衝動が目覚めようとしていた。
「糞がッ──こんな時に限って……!」
少女から目を離せないまま、内の衝動がエスの肉体の支配権を奪おうと精神に干渉している。少女の拳は溜めた輝きを今にも放たんとし、エスにはもう数秒の猶予も無い。
その様子に気付いた少女は僅かに笑みを浮かべエスに語りかけた。
「試される時だよ──君が、〈
エスは少女の言葉をまともに受け取れる様な状況では無く、少女もまた拳を止めるつもりは無い様だった。エスは苦悶の表情を浮かべ、最後の判断を下す。
「……超自我固定──!
全権限を破棄、魂殻化、最小実行ォォ!!」
エスの叫びと共に彼の瞳の色が赤色に侵食され始める。刀の赤い布が更に五つ剥がれ落ちると、五つの尾はエス自身に巻きつき、彼の風貌を禍々しく変貌させる。さながら魔人の様な姿となった。
赤い布を纏った姿はエスの持つ技の一つ、〈
思考を維持したまま、内なる破壊衝動をコントロールする為の手段であり、諸刃の剣でもある。
赤い布は破壊衝動に汚染され、赤黒く変色し、エスの周囲をはためき目の前の敵を滅ぼす一撃を放つ準備をしている。
そしてエスは、自我の持つ数秒をこの瞬間に捧げる。
少女の技が放たれる瞬間、輝きは頂点に達し翡翠色の光が周囲に溢れ出したその時、エスは構えた刃をそのままに少女との間合を詰め、切っ先を首めがけて走らせた。
先程までのエスを遥かに凌駕する、身体能力で、音速に並ぶ速度で突きを放つ。伴って周囲にはためいていた赤い布も牙へと変形して少女へと向かい、刃と繋がっている赤い布はエスの手首と柄に絡まった。
「いいですね、二点あげます」
少女の言葉はエスには届いていない。
声の後、少女の右手は刃を直接掴み、エスの突きを完全に封殺していた。次いで赤黒の槍は左手の輝きをその場で爆発させ、エスを吹き飛ばし無力化した。
そうして、少女とエスの対決は決着を迎えたのである。
「そんでマイナス一点です」
破棄形態の解け、倒れ込むエスを上から覗き込んで少女は告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます