第3話 壊滅


 平原のど真ん中。大氾濫原と定義付けられる世界遺産のほぼ中心で、エスは連れ去られたユエシィの後を追っていた。


 「あんなのが住み着いてるんじゃ、ラムサール条約とか言ってる場合じゃねぇよ。

 国連のお偉方は分かってんのかな」


 愚痴を零しながらイゾラドの痕跡を探し、辺りを見回す。それでも見えるのは遠くにある滝と、切り立った台地、 飛んで行く水鳥の群ればかり。状況は彼が思っていたよりも数段悪い。

 どうにもエスにとって予定外の事ばかりが起きている、ユエシィを探し始めてから既に三十分は経過した。

 今頃泣きベソかいてはひん剥かれて、貧相な身体を奇人どもの前に曝け出してるだろう。最悪のパターンは聞いた事もない邪神の生贄にされてる事だ、とエスは考えた。


 こうなってくると何としても〈第七種混血種〉の発生は回避したい。

 事はエス一人で対処出来る事態ではなくなって来ている。それをエス本人も自覚していた。

 

 「第八種侵略者とはなぁ、追い出されて早々にツイてないわこりゃ」


 ソフト帽をぐしゃぐしゃとねると、彼はComで使用されている衛星通信機器を取り出す。そこに登録されている連絡先の一つを指で触ると、ノイズが流れた後に通信が開始される。


 『所属とコードを要求する』


 男の声が端末から流れ出した。

 エスはそれに対し即座に応答する。


 「探求者ボイジャー、コード:S 

 至急確認してもらいたい事がある」


 『承認した。要求を開示せよ』


 「相棒が連れ去られた。所属は探求者、先日まで第七研の室長だったユエシィ博士だ。現在位置の特定を頼む」


 『要求を許諾。特定を開始。完了』


 三秒となく、通信相手はその完了を告げた。


 「どこだ?」


 『──不明。

 恐らくは違う次元層にいるものと思われる。

 博士の位置は不明だが、次元層は特定した。

 コード:Sの近辺に洞穴の様な物がある。

 そこから次元層反応が出ている。

 早急に調査・探索を開始せよ』


 端的にそれだけを述べると通信は切れた。

 次元断層とは、言ってしまえば別空間の事を指している。



 地球上に創られたエクストラルームであり、過去にも何度か観測されている。

 過去最大規模となると、最も有名なのは地球内天体〈アルザル〉と呼ばれる次元断層だ。

 地球そのものが生み出す場合もあるが、力を持った存在や、時空間に関連する技術を獲得した文明の介入によって作り出されている場合もある。

 その他にも大小様々な規模でそれらは存在しており、目に見えぬところで地球は無計画に増築され、今や肥大化の一途を辿っているのが真の地球の姿だ。

 Comという組織はそういった次元断層とそれに類する異空間を十八世紀頃から観測し続けている、内に潜む脅威は既に地上にあるものを凌駕してしまっているからだ。

 故に組織では特定方法が確立されている。


 しかし、現在では新しい断層というものは少なく。あるとしても異星人の前哨基地であったり、そうでなくとも地球へ移り住んだ異星人の集落である場合が殆どだ。


 前者である場合、少なくともComから対異星生命体に長けた者が一個小隊は派遣される。そうでなければならない。


 「少ない人員で最大効率ってよく言うけどなぁ……今それ言ったら俺一人で宇宙戦争終結させる様なもんだろうが」

 

 増援は無し、支給も無し。

 結局はエス一人で対処しろという事を意味している。

 それについてはエス自身、ユエシィに同じような事を言い放っているので、自分が折れる様な真似は許されない。

 ──例え、相手が未知の生物、それら敵対種たちの文明そのものだとしても。


 エスは端末をしまい、真円の洞穴へと向かった。


 

 ◇



 ──ここは、どこ。


 ひんやりと、土とは違った冷たさが虚ろだった意識を覚醒させる。

 頰に伝わる冷たさを感じ、自身が床に伏せているのだと理解する。


 視界は暗く、辺りの様子はまるで分からない。彼女、ユエシィは立ち上がろうと身体に力を込めようとするが、産まれたばかりの生き物の様に、その身には力が籠らなかった。


 「──?」


 どういう事、と異常に対し焦りよりも不思議が勝ってしまう。

 そうして、まだ曖昧な意識を定めようと彼女は自らの記憶を遡る。


 冷たい床の上、どうしてこんな所にいるのだろう。何をしていたのか。私はどうなっているのか……


 「そうだ、私は──」


 イゾラドに捕まったんだ──


 途端、恐怖が背筋の上をローラーの様に、ユエシィを押し潰そうと迫る。


 「っは……! は、は……っ!」


 私は、私は、ここはどこ、今どこにいるの、なんで何も見えない、やめて、見えない、怖い──

 古い記憶が脳裏を迸る。化け物が街を闊歩し、人を喰らう。理由もなく人を弄び、ただ死を運んでくる。その世界の終わりにただ空を見上げ茫然としている。これは、一体いつの記憶だろう──


 ゆっくりと足元から迫る様な恐怖に比例して、ユエシィの鼓動は速くなり呼吸は浅くなる。動かない身体、暗闇、そうして彼女はある事に気付く。


 音。音がする──


 聞いたことのない音。

 悲鳴に似た、金属の音だ。

 けたたましく音を奏でて、こちらへと向かってくる。


 「いやああぁぁ!」


 再び、彼女の意識は暗闇に落ちた。その虚弱な精神では恐怖を直視する事に耐えなかった。何も視なければ、恐ろしいものなどないのだから。それが正しいのだ、人は恐怖を直視する様には作られていない。必ず、何かしら屈折させた形で見ている。


 正しく恐怖を直視出来る者は超然とした人間性と共にあるのだ。

 

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