〈探求者〉



 アスワン南部事件から一ヶ月が経過した。


 第七研は愚者部隊の神話由来MOをダウンフォールしてしまった事、その責任問題を問われ査問委員会からの追求を受けていた。


 ユエシィがエスに言っていた様に、その技術を取り入れる機会を逃した事が、査問委員会の耳に届き、現在第七研究室は室長であるユエシィと実働部隊を率いていたエスが査問会に召集されているのであった。


 査問委員会は組織上層部である極めて少数のメンバーによって構成されている。創設者達によって選抜され、その正体を秘する事が義務である。当然彼らがその姿を直接人前に現す事は無い。


 部屋全体が混じり気の無い純白に統一され、煌煌と照らす白熱電球が数個、その真下に十字架を模した墓石の様なオブジェが七基。並ぶ墓石は背後から照らされ、十字の影を七つ作り出している。

 影はそれぞれが混じらない様、等間隔に間を空け、一つ一つに白い文字で数字が表記されている。

 つまりは、この影こそが〈査問会〉の姿なのである。


 『ユエシィ博士。君は若いながらも極めて優秀な頭脳を持ち、特に神話由来MOに関してはいつも正しい選択をしてきただろう?

 今回の件は一体何故起こったのかね』


 〇一と表記される影が部屋に音を響かせる。もしくは頭に直接語りかけているのか。

ユエシィは奇妙な感覚に戸惑いながらも口を開いた。


 「──過信です。

 私達は私達の技術を過信しすぎてしまっていたのです」


 ユエシィの放った過信の一言に〇一はほう、と相槌を打つ。次に〇二と文字を浮かべる影が揺れ動く。


 『確かに第七研の技術力には我が組織も助けられている。かと言って、君だけが我々の全てを助けている訳ではない』


 「それはその通りです。ですが、MOのカラーリングは第七研の作り上げた技術です。

 それが今まで組織では使われてきました。

 今回はその判断に従った結果──

 実は正しい判断では無かった」


 冷静に原因を説明するユエシィは、口調こそ落ち着いて、事実らしい事実だけを語っているが、彼女の内心は兎に角焦っていた。


 まさか自分が査問に掛けられる様な未来はまるで想定していなかった。


 なんで!? どうしてこうなった!?

 査問に掛けられた後の顛末なんて考えたくはない。なのに今はそればかりが彼女の脳裏をよぎる。ぎりまくる。


 記憶プロセスで廃人にされるか、脳をアーカイブ化されて閲覧されるのか──最悪なのは被験者として得体の知れないMOと同じ部屋に放り込まれる事だ。

 特にクト神にまつわるMOとだけは絶対に嫌だ。あんなのはただの淫魔だろうに。

 と言うよりも横にいるこの男は何故何も言わない!?

 彼女の横には白霧で顔面を覆い、ただ突っ立っているだけのエスがいる。

 無駄だと分かっていても彼女はエスに向け念を飛ばす。

 ──自分が全部悪いんですって言え!、と

 

 無論そんな思いが届く訳も無く、エスは以前としてだんまりを決め込むばかりで役に立つ様な素振りは微塵も見られない。

 ユエシィは最悪な結果を想像して吐きそうになる。

 が──


 『成る程。ユエシィ、君には罪が無い』


 〇六と表記された影の音が響いた。

 唖然とするユエシィは、何を言われたのか分からず言葉を返せないでいる。


 『ユエシィ博士の言い分は理解した。

 後はエス局員、君の話を聞こう』


 たちまちユエシィの心に余裕が生まれた。これで実験動物堕ちは免れたのだと。後はエスが無難な答えを返してくれる事で今回の件は不問となるであろう。


 〇六に促され、エスは安堵しているユエシィの前に歩を進ませた。その時、ユエシィは彼がいつもと違う事に気付いた。彼が珍しく戦闘服ではなく、普通の服を着て施設内にいる事に。

 とは言っても室内なのにモッズコートにソフト帽を被っている、さながら旅人か探偵じみた格好である。


 なんでこんな大事な所にこんな格好で来てんのよ──意味が……。


 エスの格好についてユエシィが考え事をしていると、影の声が響いた。


 『つまり、エス君。君は今回の件はユエシィ博士のせいだと言いたいのだね』


 それを聞いてユエシィは冷や汗がどっと吹き出した。エスが何を言ったのか問い質さねば! 彼女は今の状況を亡失したまま口を開いた。


 「は、はぁ!? 

 ふざけないで貰っていい!? 今がどういう状況か分かってんの??」


 怒鳴り声を上げる彼女に対しエスは、煩い煩い、と耳を塞ぎ彼女が言葉を止めるのを見ると、とんでもない事を言い始めた。


 「お前こそ分かってんのか? 

 今がとてつもない時間のムダだって事に。

 俺はいつまで、共産主義のやりそうなこの古めかしい儀式に付き合わなくちゃならないんだよ?」


 『それはどういう──』〇一が揺れ動くと同時にユエシィが言葉を放った。


 「あんた正気!? マジで言ってる!?」


 「そりゃそうだろ。言葉ってのは思考を共有する為にあるんだから。考えているだけでいいなら言葉はいらないだろ?」


 『興味ぶか──』〇二が揺れる。がユエシィが吠える。


 「んな事今話してるんじゃないわよ! 私が言ってんのは今が査問会って事! だったら場をわきまえなさいよって事!!」


 「それはお前が受け取るべき言葉だな。

 贈り物は好きじゃないが、今回は特別に譲ってやるよ」


 そう言ってエスは先程まで冗舌に屁理屈を並べていた口を閉ざす。


 「はぁ? 何言って……」

 ユエシィは蒼ざめる。


 『終わったかね?』


 全ての影が揺れる。


 一瞬の沈黙が流れ、彼女は今更状況を理解し、思考が緩慢になる。

 そうして思考の針がかちり、と停止すると彼女は絶望の沼に滑落した。


 「終わった──」

 

 ユエシィに訪れた二度目の絶望である。彼女は一度呟くと、強く目を閉じた。

 査問会でここまでの事をやらかしてしまった人間がどんな処罰を下されるのか……

 彼女ですら想像の及ばない領域にまで、罪は膨大に感じられる。

 最早結果を受け入れるしかない。

 でもクト神以外でお願いします、そう念じる事しか出来ない。


 そうして彼女が何度か祈った後、査問会はエスとユエシィの処分を決定した。


 『ユエシィ博士。

 君は第七研究室を追放処分とする。

 しかし、過去の貢献を省み、最悪な待遇を避ける事とする。

 よってユエシィ博士の第七研究室室長の権限の剥奪、および研究室の解体を持って処分とする』


 ユエシィが思っていたよりも思いの外処分は比較的軽度で済んだ。いや本来であれば、追放とまではならなかったかもしれないのではある。しかしそれでも彼女の心は僅かな余裕を得ていた。


 『そして、エス。

 君も同様に追放処分となる。

 君のシンは非常に重い。

 それは我々でさえも秤に掛けられぬ程だ。

 故に探求せよ、おのが罰を』


 なんだそれ、と横で聞いていたユエシィにはまるで意味が分からなかった。


 ──罪が重過ぎて測れないから自分で罰を探せって事? それって甘過ぎない?


 彼女の胸中に妙に不満が残るが、当の本人のエスは何も言わずに黙っている。こういう時であれば大体いつも何かしらアクションがあるのがエスである、と彼女は知っている。


 『追放後の君達二人の処遇を決定した。

 両名は二人一組で〈探求者ボイジャー〉として活動に当たってもらう事とする。まずは明日中に第七研究室を去り、ブラジルへと渡ってもらう。

 旅の用意を済ませておきたまえ。以上をもって査問会を終了とする』


 影が揺れると白熱電球が光を失い、共に影も消失した。白い部屋には白い墓石、それと茫然とするユエシィが並んで立ち尽くしている。そんな中エスだけは既に部屋を後にしようとしていた。


 「良かったじゃないか。

 処分が軽く済んで」


 

 遠くで響く声を聞いて、ユエシィの止まった思考が緩慢にだが動き出した。


 なるほど。そうか。

 全部あんたの仕業って事か。

 最初から何もかも分かってて──

 なんで最初から旅行用の格好してたのか、今理解出来たわ。


 「あんっっっのクソ男がああぁぁあ!!」


 

これがユエシィが第七研で叫ぶ最後の日となった。


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