何者だ

僕は漫画の世界に住んでいるらしく、どうやらいじめられっ子役らしい。

少年漫画だったらいずれ清々しい精神を持った主人公に「やめるんだ!」と止めて貰えるかもしれないし、少女漫画でもやはり「何でそんなひどいことするの?」と善良な精神を持った主人公に助けられるかもしれない。


しかし小中高とずっといじめられてきたが、一向に誰も止めようとしない。

これはもしやホラー漫画で僕が復讐を始めていじめっ子達を黒魔術か何かで身体中蛾まみれとかして殺さないといけない系の漫画なのか?


そのような不穏な見当を付けつつ、今日も上履きの中の画鋲を自分の画鋲ボックスにざらざらと移す。無料で画鋲をくれるなんて親切だね。おっと靴底にはガムが付いている!僕はそれをひょいパクくちゃくちゃと噛みながら廊下を歩く。何だまだ味が割りと残ってるな、今日は当たりだ。僕はいじめられっ子役に慣れ過ぎて多少の事では動じなくなってしまった。今日は机の中に猫の死体とか入ってないといいな。猫はかわいいから死んじゃ駄目だ。


いつものようにホームルーム直前に教室に入り、椅子のチョークの粉を自前の黒板消しで拭き取り、机の落書きも自分で調合した落書き落としスプレーを噴射し、窓を開けて下敷きでせっせと換気する。

いつもの一連の行動を終えて席に着く。そして、いつもと教室の雰囲気が違う事に気が付いた。近くの女子の会話を盗み聞きした感じでは、どうやら転校生が来るらしい。


ほほう?漫画にはお決まりの展開だな!

それがとてつもない美少女か美少年で、そいつが主人公って事か。

今更いつ現れるかも分からない救世主をもう信じるつもりはないが、ここからの展開はちょっと楽しめるかな、いや、今までに無い凶悪ないじめっ子が来る可能性もある。何故ならホラー漫画の可能性が高いからな。ホラー漫画の悪党だったら僕の四肢をもいで庭で飼うぐらいはするかもしれない。取り敢えず目を合わせないようにしよう、と僕は机の下でスマホをいじってバンドリの今日のログインボーナスをゲットした。

「朝会でもご紹介しましたが、転校生がこのクラスに来ます。入ってください」

今日朝会あったのか?どうりで皆転校生が来る事を知ってるわけだ。

さて、僕は転校生と目を合わせないように粛々とフルコンボでも叩き出そう。僕は音量を最大にしてイヤホンを付けた為、転校生の名前も自己紹介も聞かなかった。

でもシャルルの音に紛れて担任の声で僕の名前が聞こえたので、つい顔を上げてしまった。

転校生と目が合う。

これは……

美少女でも美少年でもない……

美形でも不細工でもない……


なんというか…………星野源に似ている


突然の星野源に度肝を抜かれてしまった僕は、星野源が僕の隣の席に座って「宜しく」と言うまで、口を開けたままぽかんとしてしまった。

ホラー漫画だとしたら、こいつが殺人マシーン……

確かに星野源は殺人鬼の役が似合いそうだと前々から思っていたが、まさか本当に……星野源が……?

いやいや、まだスプラッタホラーと決まったわけではない。

「宜しく」と無難に無表情で返す。

「君は美しい人だね」

「は?」世界が止まった。気がした。

「いや、美しい人だと思って。失礼。あとでLINE教えて」

まさか……


まさか、この世界はBL漫画の世界なのでは……!?


自分みたいな不細工を「美しい」だって?

BL漫画でなければありえない。不細工受けは割りとメジャーなジャンルだと聞く。まさか、星野源攻め不細工(僕)受けを描く実に隙間産業な漫画描きがいたとは……

いや待てよ、星野源って攻めにして大丈夫なのか???3次元の扱いは何かと繊細で、度々Twitter等で論争が起こると聞く……

いやいや、まだBLと決まったわけではない。


星野源が実は僕の頭蓋骨を透視した上で美しいと言っていて、事切れた僕からずるりと抜き出した頭蓋骨を片手に恋ダンスを踊り出す、というギャグホラーもありえる。

いや、この可能性の方が高いんじゃないか?星野源だぞ?

とにかく、僕は早退でも何でもして、一旦この星野源から離れ、後日担任に視力の急激の悪化を訴え無理にでも席替えして貰うしかない。物理的距離を置こう。初対面で僕を美しいと呟く星野源は僕の手に負えない。

「先生!お腹が痛いので保健室に行ってきまーす!」

僕は腹が痛い真似をする余裕もなく、星野源の後ろを通り過ぎ、教室を出て真っ直ぐ保健室に向かった。体温計をこっそり手でこすりまくって熱を40度まで上げよう。酷い胃腸炎という事にしよう。

「待って。僕も連れていって」

星野源がすぐ後ろに迫っていた。

思わずグォァと声を上げてしまったが、半月状の目をした星野源は

「先生が保健室の場所を教えて貰えって言うんだ。ごめんね、体調悪いのに」と、のほほんと笑って宣う。


あのクソ担任、余計な事しやがって。

待て待て、この星野源は確かに不穏だが、まだ僕の脳みそをすすりながらドドドドドドラエモン♪と笑い出す殺人狂と決まったわけではないし、案外R18Gでも何でもない、ほのぼの系BLの可能性もある。

ほのぼの系BLなら何とか僕の命も助かりそうだ。星野源と寝れるかまだ分からないが、3次元をモチーフにしたBLならそんなに濡れ場も多くな……いや、分からないな……日本の漫画とは限らない、海外ならそのへんの謎ルールも緩いはず……だし……

僕の深いBL知識がフル回転で頭の中を脱水している最中、星野源は僕が本当に体調が悪いと思ったのか、

「大丈夫かい?吐きそうかい?」と僕の背中をさすった。

こいつ、本当は良い奴なのか?それともクレイジークレイジーなのか?

僕を美しいと言ったのは明らかにクレイジーだと思うが……

まあ、早めにここは確かめておくか。


「君は何で僕を美しいと言ったの?」

「え?何でって、君は美しいだろ?」

「不細工が好きなのかい?」

「不細工?誰がそんな酷い事を言ったんだい?」

「皆言うさ。親にも散々言われて育ったよ」

「そうか。じゃぁ僕しか知らないんだな」


と言って笑う星野源。


怖い。


こんなに意図の見えない人間は初めてだ。

大体の人間は頭の中からふわふわした吹き出しが出てて考えてる事が見えるのに、この星野源の頭からは何も出ていない。

もしかして星野源は……

この世界が漫画だと知っていて……僕のように思考を他人に読ませない訓練を積んでいて……

いや、もしくは、ここは、実は漫画じゃない……のか?

星野源が僕の背中をさすりながら言う。

「君は小説だと誰の作品が好き?」

「え?」

「ああ、そっか。僕は転校してきたんだったな」


「しょうせつ」とは何だろう。


数分後、僕の顔が彼にはよく見えていない事を知り、また数日後、「小説」の世界では作者が描写しない限り人物の風貌が分からないという事を知り、そして数か月後、僕はどうやら彼と関わる事で「小説」の世界にやってきてしまったようだ、という事を知った。

彼が僕を美しいと言う理由はまだよく分からないけれど、取り敢えず僕達はただの友達で、彼は星野源でも殺人鬼でも攻め様でもないらしい。

今のところは。


僕は、僕をいじめない友達が初めて出来たので、この世界が誰のどんなものであろうと別にどうでもよくなった。

今日は何故か蛾に包まれて殺された両親の葬式なので、直葬を済ませたら彼とカラオケで打ち上げる予定。

楽しみだ!

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