太宰よりも

君が死んだ時、私はコタツでレディーボーデンを食っていた。


まさか君が私より早く死ぬとは思わなかった。

葬式では誰も彼もが泣いていた。誰も彼も私の知らない人ばかりだったが。

そりゃそうだ。私達が共に生きていたのはもう15年も前の話だ。

付き合う人間も変わってしまった。泣けない私はどうにも居心地が悪くて香典も出さずに立ち去ってしまった。


頭の良い君は頭の良い人間に囲まれて、確か長寿の研究をしていただろう。ラットとかマウスとかそういう小さな動物を使って。日常的に動物を殺しているのに、いやむしろ殺しているせいか、君は菜食主義者だったね。

私は君のそういうところが好きで、また嫌いな時もあった。

日常的に薬を飲まないと死んでしまう身体に生まれた私は、いかにもそのラットとかマウスとかの犠牲に助けられて生きているわけだが、どうにも肉を食べるのをやめる事は出来なかったし、衣装がかっこいいという理由で闘牛士の漫画を描いた事もあった。

多分君はそういう私が好きで、また嫌いだったんだろうと想像する。


もう心が通わなくなって何年も経ち、連絡を交わさなくなって何年も経ち、そして君の訃報を私よりずっと君を知らないであろう人間から受け取ったのが、今日というわけだ。

まさか私よりも先に死ぬとは思わなかった。


私が何度も入院して何度も学校を休み、そしてやっと登校した春の日に君は言ったね。太宰よりも長く生きろと。

太宰よりも長く生きろ、と赤い唇で言った君を今でもよく覚えている。

身体が心地よく動く日なんて一度も無い私に向かって、なんて残酷な命令をするんだ、と私は嗤ったが、君は真剣だった。

太宰より長く生きたら一緒に心中してくれる?と返した私に、君がしたいならそりゃするさ、と当然のように断言しただろう。

私はそれなら何とか生きなきゃなあと、君の誓いを信じてそう思ったんだ。


まさか君が先に死ぬとは思わなかった。

私はもう45で、太宰よりも長く生きている。君と心中する気ももう更々ないし、君の事を愛していないし、君は既に死んでいる。

香典を出す気もなくなった喪服の私は、君と下校する時に歩いた寒い河原の道をぎしぎしと杖をつきながら今一人で歩いている。

まだ春になって間もないというのにあの日は何故か暖かく、私の身体は何故か少し軽く、太宰よりも長く生きろと言った君の唇はやけに美しかった。


優しい君が罪なきねずみ達を殺しながら長寿を研究しているのは、もしかして私の為なのか、と聞く勇気もないまま私は君と別れた。君の魂は美しく、私は泥まみれだと、君と会う度に思う私が嫌だった。


君と別れて何年かして、太宰よりも長く生きろという内容の短歌をとある新書の中で見つけた。君は学生時代にもうこの本を読んでいたのかもしれない。早熟の君に少し追いついた気がした。あの時に電話をかければ良かったのかもしれない。結局私は間に合わなかったんだ。


君が死ぬとは思わなかった。

永遠に生きる神の子のように君を間違えていたのかもしれない。

寒い河原で香典を破り、丸めて川に投げ捨てた。暗かったので、川に落ちたかどうかも分からない。

もう年齢以外は何も君を追い越す事は無いかもしれない。


杖の柄と、喪服のスカートを強く握りしめながら、やっと私は泣いたんだ。

長く生きたね、太宰よりも。

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