第一章 空腹
「お兄さんには関係ないからあっち行ってよ!」
そのような可愛らしい罵倒が頭に響く。
「あのな、たしかにお兄さんは関係ないけど、このお供え物はここ等辺の人が感謝を込めてお供えしているんだ、その気持ちを少しは考えてやりな、」
「そんなの、わかんないよ!」
幼女は不貞腐れた態度をとる。
「あと、生の人参なんて美味しくないから。だから、お兄さんの家で美味しい物いっぱい食べていきな。」
幼女はむーと頬を膨らます。
「うるさい!うるさい!
そう言い、人参に手をかけそのまま口に入れた。
シャリシャリとした人参の咀嚼音が聞こえる。
「うっ、うぅ。」
「あーあーあ、」
幼女は喉に詰まらせながらも、生の人参に食らいつく。
横で自分は幼女の背中を摩り、彼女が人参を食べ終わるまで待つ。
「ん、んっぁ、んん、」
必死になって幼女は人参にかぶりつく。
「大丈夫?」
「んっ、んんん、」
幼女は必死になっていて、耳を貸さない。まるで獣のそれだ。
芯の手前まで食べ終え、幼女はクイッと手根で口の周りを拭いた。
「ねぇ!もっと食べさせてよ!さっき言ったよね!ね!」
何処か哀愁、されど笑顔。
君の顔はなんだか軋んでいる。
壊れてしまいそうに傷つけられたみたいに。
壊れるまで自分を追い詰めてきたみたいに。
「あぁ、いいよ、けれど仏さんに御礼をしてからだ。」
共に合掌をして、思いを乗せる。
「ほら、来な、」
手で招き幼女を連れて行く。
まだ、白昼。
ご近所さんに見られたらどう思われるのだろうか。
そうこう考えていると、幼女の方からギュッと手を握ってきた。
理由なんて聞かない、
子供の理由なんて大体が流動的なものだ。
自分は小さな手を握り返してやった。
そしたらまた幼女もギュッと握り返してくれた。
真夏の日差しが刺さる。
蝉の鳴き声、上がる体温、家はまだかと気持ち的にも疲弊してくる。
「大丈夫?」
幼女に尋ねる。
「大丈夫だよ、」
「あと、もうすこしだからね。」
「うん。」
五分ほどある道のりをもうすこし、と言うのであろうか。
かなりの道のりを歩いてやっと家についた。
がらがらと引き戸を開け、中にはいる。
自分は靴を脱いでぱっぱっと上がる、幼女は上がり框に腰を掛けて靴を脱ぐ。
「そうだね、ご飯はお風呂の後にしよっか。」
泥だらけで髪の毛がぼさぼさの幼女を見て、ここ数日間お風呂には入っていないんだと思った。
「君、最後にお風呂入ったのいつ頃?」
「わからない、」
「そっか、じゃあ早く入っちゃおう、」
「うん。」
そう言って脱衣所に向かった。
「あとはわかるかな、」
「うん、」
「脱いだ服はこの籠に入れておいてね。」
「うん、」
そう言ってそのばを後にした。
特別意識しているわけではないが、まぁ流石に一緒には入れないだろう。訴えられたら終わりだ。
風呂場の戸の音が聞こえ、中の様子を伺い脱衣所にはいない事を確認してから中に入った。
籠に入っている衣類を脱衣所に置いてある古い型の洗濯機に入れ洗う。
ーー流石にパンツは用意できないしな、
と思い、パンツは抜いておいた。
ーー何、着せようかな。
代わりの衣類を探しに、居間の棚に向かう。
探せど探せどどれもピンとこない、どれも、幼女にはサイズが大きすぎる洋服しかない。
ーーなんか、ないかな。
と、色々探していると。
ーーあっ。
探し当てたのは、高校生の頃着ていた体育着だった。
庭の手入れの時に着るかなと思い引っ越す時に持ってきたやつだったが、実際ジャージだけで十分だったのであんまり着ていない。
これなら、十分だろう。
脱衣所にタオルと着替えの体操着を持っていく。
脱衣所につく、
「ここに、着替えとタオル置いておくね。」
「うん。」
そう言い、自分はその場を後にした。
冷蔵庫から、頂いたお惣菜を取り出し食事の準備をする。
そうめんを取り出すと、麺が固まっていたので一度冷水でほぐしてから皿に移した。
すると、てくてくと体を洗い終え着替えてきた幼女が来た。
体操着姿で、タオルを首にかけており、まだ髪が濡れている。
「ごめんね、うちドライヤーなくて。」
「別にいい、」
「それ、サイズ大丈夫?すこし大きめのしかなくて、」
「大丈夫。」
「着てた洋服は、泥だらけだったから洗ったよ。」
「うん。」
どれも、さほど興味がない表情で返事をした。
「それはなに?」
「これはそうめん、すぐに用意するから待っててね。」
「うん!」
今までで1番いい返事で応答した。
ちゅるんとそうめんを幼女と一緒にすする。
自分は黙々と、幼女は急いでぱくぱくと食べる。
のどに詰まらせたり、噎せて慌てて水を流し込んだり、とにかくせわしない。
「君、名前は?」
「
「11歳?」
「うん。」
会話の間もぱくぱくと食べる。
「なんで、此処に来たの?お母さんとか心配してないの?」
「してないから、大丈夫。」
「そっか、」
大丈夫なんてものではない。
多分双葉は家出してきたんだ。
汚れた服、少し目を凝らすと血が滲んでいた、随分も前のものだと思う。
髪もぼさぼさで、何より双葉は空腹だった。
空腹になればこうして他人の家に上がって食事をする。というものは特例だ。
普通は親が待つ家に帰る。
「双葉の家は何処にあるの?」
「わからない。山を歩いてたらここに来た、裏の道から、ここの家の柵を越えてきた。」
「山って、あの裏の山?」
「うん、そこ。」
あそこの山から家までは、自分が1時間歩いても着くのか微妙な所だ。
実際に自分は、あそこの山を越えたことは無い、ここら近辺ではあの山は危険な山として立ち入る人はいない、一度少し入ってはみたものの整備されていない道と、生い茂る木々で方向性が掴めなくなり危険だと判断しすぐに戻って来た。
あの大きな山を越えて、ここまで長く歩いてきた事で、かなりの空腹だったんだろう。
「結構お腹も空いてただろ、いっぱい食べな。」
「うん!」
ここで、洗濯機のピーという音が聞こえた。
「あぁ、じゃあお兄さん洗濯物干すから、双葉はゆっくり食べてな。」
そう言って立ち上がった、
「お兄さんのお名前は?」
「お兄さんは田中
「わかった、イクトお兄さん。」
自分は微笑み、脱衣所に向かった。
洗い終わった服を庭に干す。
居間には、まだ双葉が食事をしている。
双葉が来ていたショーツを見ると、まだ血が染みた跡が残っていたが、とりあえず干した。
その後、自分の昼食に使った食器と、山北から貰ったお惣菜のタッパーを洗い始めた。
「ご馳走様でした。」
双葉が食事を終え台所にお皿を持ってきた。
「私が洗う。」
「大丈夫だよ洗わなくても、ゆっくりしてな。」
すると、にゃーんという鳴き声が聞こえた。
「ねこ、」
双葉が向いている縁側を見てみるとみこ太が縁側に座っていた。
「みこ太って名前なんだ、遊んできな。」
「うん!」
双葉はタタタとみこ太の方に駆けつき戯れ付き始めた。
みこ太が縁側に上がってくるのも珍しいが、人に懐くのも珍しく、双葉にはすっかり懐いていた。山北はたまに噛まれているのに。
洗い物を終わらせて、自分も居間でぼーとしていた。
居間に通る夏の風が気持ちよくて、よくついついうたた寝をしてしまう。
ふと、双葉のほうに目をやると。
双葉は横になって、すやすやと寝ていた。
みこ太も双葉の頬を舐めてから、傍で寝てしまった。
「寝ちゃったか、」
1人でぼやく。
隣の部屋に、布団を敷き双葉を其処に運んだ。
すやすやと可愛らしく寝ている。
生の人参を食べていたトキとは大違いだ。
ピンポーンと玄関の呼び鈴がなった。
双葉を起こさないように、サササと玄関に移動する。
「はーい、」
いつもとは少し小さい声で、静かに戸を開けた。
「こんにちは、警察です。」
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