第4話 死にたい僕と死神リタ

 僕、鹿島裕也は今日、学校をサボり、家の最寄り駅にあるホームに立っていた。

 西条霞にフラれてから二週間ほど。クラスのみんなからは慰められるけど、好きな子に断られるというのはけっこうきつい。初めての告白だったからかもしれない。

 だけど、僕の気持ちを苦しませているのは、西条に対するクラスメイトらの対応だ。

 SNSで西条にだけ教えなかったり、机にいたずら書きしたり、物を隠したりなど。明らかにいじめにしか見えない。

 僕が止めようとしても、「フラれた子に同情なんかしなくていいよ」という反応。それ以前の問題だと言っても、クラスメイトらは取り合ってくれない。つまりは、僕のことはどうでもよく、単に西条を仲間外れにしたいだけのようだ。

 何もできない僕は心苦しく、段々と学校生活を送ることも嫌になってきた。

 というわけで、僕は私服姿で、次にやってくる電車をホームで待っている。乗るのではなく、飛び降りるために。

「早く来ないかなあ……」

「死んでも楽になるわけじゃないと思うけど」

 耳に届いてきた声に、僕は思わず振り返った。

背中まで伸ばした黒髪。端正な顔つきには細い瞳にアイシャドウを施していた。シャツにジャケットを着て、下はミニスカ、足にはニーソ、ヒールを履いた格好。全体は黒でまとめられており、かっこいい女性といった感じだ。ネックレスやブレスレットといったものは首や腕に巻かれていた。

「リタ、さん?」

「今日は学校サボったんだ」

「まあ、はい」

 僕が返事をすると、リタはため息をこぼした。

「前に言ったと思うけど。安易に死ぬことはやめてほしいって」

「僕はもう、精神的にきついんです」

「死ぬのは人生の敗北」

「死神って、そんなこと言うんですね」

「それぐらい、君には死んでほしくないから」

 リタは言うと、近くのベンチに座り込んだ。

 僕が出会ったのは三日前。今いる同じ場所で、気持ちが沈んでいた時だ。そう、西条に何もすることができなくて、罪悪感に苛まれ続けていた。

「君は、わたしと初めて会った時より、悪化してる気がする」

「僕は最低だ」

「それはあまりにも自分を責め過ぎだと思う」

「でも、西条さんが」

「君はフラれたっていうのに、その子を心配するんだね」

「おかしい?」

「うん、おかしい」

 リタは口元を手で押さえ、押し殺すように笑う。

「それにしても」

「まだ、僕をからかう気?」

「ううん。ここって、ホームドアないんだね」

「ホームドア?」

 僕はリタに言われて、学校の最寄り駅にそれがあることを思い出した。

「あれがあると、飛び降り自殺は本当に減るかわからないけど」

「減るんじゃないんですか?」

「そう思う?」

「違うんですか?」

「人間、どうしても、死のうとする時は、ホームドアみたいな障壁があっても、すぐに乗り越えていくと思うから」

「それはどういう意味ですか?」

「つまりは、ホームドアができたくらいで死ぬのを諦めるっていうのは、それぐらいの死ぬ気しかなかったってこと」

 リタは言うなり、ホームの周りに視線を動かす。

 朝の通勤通学の混雑は落ち着き、電車が着く度に乗り降りする客は疎らだ。

「死んでも、何にも得しないよ」

「生きてても、何も得しないです」

「かなり、ネガティブな状態だね」

「ポジティブにでもしてくれるんですか?」

「それは、難しいと思う」

 リタの返事に、僕はおもむろにため息をついてしまう。

「西条霞だっけ?」

「西条さんがどうしたんですか?」

「今朝、会った」

「えっ?」

 僕は驚き、気づけば、リタの正面まで迫っていた。

「どういうことですか?」

「どういうことって、そういうこと」

「リタさんは死神ですよね?」

「うん」

「死神が見えるのって、もうすぐ死のうとする人間とかですよね?」

「まあ、結果的にはそうなるね」

「ということは、西条さんも……」

「霞は徐々に死のうとする気持ちが弱まってきていると思う」

「リタさんって、西条さんと下の名前で呼ぶほど、仲がいいんですか?」

「別にそうでもないけど」

「西条さんは前向きなんですね」

「そういう君も前向きになった方がいいと思う」

「僕には無理です」

「何で、君はそんなに後ろ向きなの?」

 リタが不思議そうな表情で僕の方へ視線を移してくる。

「君は西条さんにフラれて、すごい落ち込んでるってこと?」

「落ち込んではいますけど、それ以上に、西条さんがクラスで除け者扱いにされてることが」

「だったら、助ければいいと思う」

「助けるって、フラれた子をどうやって」

「どうやっても何も、ただ、手を差し伸べればいいと思う」

「それができるなら、もう、やってます」

「気まずいってこと?」

 リタの問いかけに対して、僕はゆっくりとうなずく。

「学校でたまたま目が合っても、お互いに逸らす感じですし……」

「霞と同じことを言うんだね」

「えっ?」

 僕が間の抜けた声をこぼすと、リタはベンチから立ち上がり、僕と向かい合う。

「人間って、お互い思っていることに対して、ズレが生じ始めると、それが段々と大きくなってきて、最後には取り返しのつかないところまで行くことがよくあるから」

「僕に何を伝えたいんですか?」

「今ならまだ間に合うってこと」

 リタは口にすると、足音も響かせずに場から姿を消してしまった。

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