第3話 わたしの告白

 着いたところは、駅前の繁華街にあるビルの狭間だった。

「こういうところは落ち着くね」

「死神はこういうところが好きなんですね」

「うん。この薄暗くて、人気のないところがね」

 リタは口にすると、壁に寄りかかった。

 朝の日差しが入ってこない空間は、何か事件に巻き込まれてもおかしくない不気味さがある。

「怖い?」

「正直に言えば、怖いです」

「そうだよね。女子高生がひとりでこんなところにいたら、悪い人が見たら、何かしたくなるもんだよね」

「リタはもしかして、わたしを死なせようとして、ここに連れてきたんですか?」

 わたしの問いかけに対して、リタは首を横に振る。

「そういう卑怯なことはしたくない」

「卑怯なことを嫌う死神って、何だか変ですね」

「そう? わたしのポリシーは、『容易く死なせはしない』だからね」

 リタは言葉をこぼしてから、顔を上げる。

「今日は雲ひとつない青空なのに、こういうところはまるで曇っているかのようにどんよりしてるよね」

「そう、ですね」

「君の今の心境と同じだね」

「あのう」

「何?」

「わたしのことも、『君』じゃなくて、霞でいいです」

「そっか。なら、霞で」

 リタはあっさりと呼び名を変えると、壁から離れ、わたしと正面を合わせてくる。

「両親には話した?」

「話しました」

「そしたら?」

「今度、学校の人と話に行こうと言われました」

「へえー。よかったじゃない」

「そう、ですね」

「嬉しくないの?」

「嬉しいというか、何というか、何で今までこうしなかったんだろうって。今までの自分を悔やみたくなりました」

「まあ、そういうものだから。これだから、人間って、色々とあって興味深いんだよね」

 リタは何回もうなずく。

「でも、さっきベンチにずっといたのは」

「学校に行くのが怖くなってきました」

「何で?」

「何でって、その、また、ハブられるような一日を過ごすんだろうなあって思うと、憂鬱になって」

「そもそもだけど、霞は何でハブられるようになったの?」

「それは……」

 わたしはリタから目を逸らすと、打ち明けようかどうか悩み始めた。

「まあ、言いたくないのなら、別にいいけど」

「断ったんです」

「断った?」

 リタの問いかけに、わたしはゆっくりと首を縦に振った。

「女子の間で人気のある男子に告白されて……。でも、わたしはタイプじゃなかったので、断ったんです」

「そしたら、クラスのみんなから、ハブられたってこと?」

「その男子が好きだった女子らから色々と言われて……。そしたら、いつの間にか、クラスのみんなからハブられるようになって」

「そういうのって、何がおもしろいんだろうって、いつも思うんだよね」

「それだから、今日学校行ったら、何かしらまたハブられるんだろうって思うと、怖くて」

「両親にはそれも話したの?」

「そこはまだ……。何とか頑張る的なことを言ってます。ママやパパにやっぱり、そこまで迷惑はかけられないから……」

「そこは両親に甘えてもいいと思うよ」

「でも……」

「そしたら、霞は色々と嫌になって、死んでしまうと思う」

「そうかもしれないですよね……」

 わたしは俯き、今日はどうしようかと頭を巡らせる。けど、答えは浮かばず、身動きできないという結果になりそうだ。

「そのフラれた男子は、霞のこと、どう思ってるんだろうね」

「わかりません。学校でたまたま目が合っても、お互いに逸らす感じですし……」

「気まずいね」

「何で断ったんだろうって思ったりしますけど、自分の気持ちにウソはつきたくなかったから」

「霞の行動は間違っていないと思う。問題はそれを嫌に思って、嫌がらせとかしてくる周りの人間だね」

「それは何とも言えないです」

「死神から言わせれば、そういう人間こそ、死んでほしいけど」

 リタは口にすると、足を動かし、辺りを行ったり来たりし始める。

「その男子と、一回話をしてみたら?」

「そんな、無理です」

「どうして?」

「だって、フった女子から話しかけるだなんて、男子からしたら、屈辱的だと思います」

「まあ、うん。男はプライドが高かったりするからね」

「そう思ってるなら、何で」

「多分だけど、その男子、霞をハブらせることに対して、積極的に参加してないと思う」

 リタの指摘に、わたしは実際どうだったか、思い出してみる。

「それは、そうだと思います」

「鹿島裕也だっけ?」

「えっ? 知ってたんですか?」

「それはまあ、死神だから」

 リタは当然のごとく言うと、立ち止まり、わたしと目を合わせてきた。

「彼は霞のことを嫌いになんか思っていない。むしろ、申し訳ないと思ってる」

「それもわかるんですか?」

「うん」

「どうして、そういうこと、早く言ってくれなかったんですか?」

「早く言ったとして、霞はどうしてたわけ?」

「鹿島くんに、クラスのみんなに、嫌がらせを止めてもらうように頼みます」

「それは、かえってまずいことになると思う」

「どうしてですか?」

「そういうことを頼み込む霞の姿を、他のクラスメイトが見たら、どう思う?」

「それは、その、生意気だとか、思うかもしれません……」

「なら、そういうことはやらない方がいいと思う。昨日、彼のことを言わなかったのはそのため」

「でも……」

「彼のことも考えてあげた方がいいと思う」

「どういうことですか?」

「どういうことって、そういうこと」

 リタは声をこぼすと、急に背中から黒い翼を広げた。ビルの狭間とあって、壁に沿うように体を向ける姿勢で。

「じゃあ、わたしはそろそろ」

「わたしは、これからどうすればいいんですか?」

「自分のことは自分で答えを見つけないと」

 リタは翼を羽ばたかせ、宙に浮いた状態で答える。もはや、正体が死神ということを信じるか否かの問題じゃない。

「とりあえず、安易に死ぬことは考えないで」

「もしかして、リタは」

「何?」

「鹿島くんに会ってるんですか?」

「それは肯定も否定もしない」

 リタは言うと、真上へ飛び立っていき、場からいなくなってしまった。先ほどまでそばで話をしていたことがウソであるかのように。

「あの反応は、鹿島くんもリタに会ってるはず」

 わたしは口にすると、居ても立ってもいられず、駅へ駆け足で向かっていった。

 時間は遅刻をギリギリ免れそうだ。

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