第12話 偏見と欠席

 銀が金にぼこすこに殴られた後、教室はいつものにぎやかな空間となっていた。

 男子グループはアニメやゲームやラノベやらの話。

 女子はメイクやファッションや男やらの話。

 何の変哲へんてつもないいつもの空間のはずだった。

 だけど、俺にとっては明らかに不足している点が一つあった。


「桜ヶ丘の奴、まだか······」


 もうそろそろホームルームが始まるっていうのに桜ヶ丘の椅子には本来座るべき者がいないのだ。


 キーンコーンカーンコーン♪


 そしてチャイムがなってしまった。

 あいつは寝坊でもしたのか。それとも今日は欠席······なのか。


 がらがら、猪子石先生が教室に入って来た。

 そして、教卓に立つ。


権野ごんの朝の挨拶よろしくな」


 先生がそう言うと三日前に委員長になった権野は、それに対しての返事をせず、生徒に呼びかける。


「起立」


 俺は面倒なので立たない。ちなみに周りは全員立っている。まあ、当然のことだ。


「おはようございます」


 権野が朝の挨拶をしたらそれに付いてくようにクラスメートの半分ぐらいは「おはようございます」と、きちんと挨拶をした。

 残り半分はほぼ男子。挨拶をするのも億劫おっくうなのだろう。その気持ち俺、めちゃ分かる。

 特にぼっちとかだと急に声出したら「何あいつ」って言いたげな視線で見られるもんな。


「着席」


 俺以外の生徒は着席した。

 中には早く座りたかったのか着席の着という音が聞こえてから椅子を引っ張った生徒もいた。

 どれだけ座りたいんだよ。

 まあ、その生徒はこのクラスのくだんの問題児といわれている、たからおかたからなんだけど。

 もう、本を手に収めていやがる。

 どれだけ本好き何だよ。まあ、確かに読書愛好家はとてもいいことだけど、話してくる奴ら全員に冷たい態度を振る舞う必要は······ねえ。


「では、朝のホームルームを始める」


 あー、始まったよ。桜ヶ丘がここで来たら遅刻だな。


「今日の欠席者は――桜ヶ丘だけか」


 だが、先生から放たれた言葉は桜ヶ丘が休みという事実だった。

 まあ、予想の範囲内だけど。熱でも出したのか。


「誰か桜ヶ丘から欠席理由とか聞いてないか」


 猪子石先生は生徒にく。


「何も聞いてません」


 委員長――権野が答えた。


「そうか。じゃあ私は至急職員室に行って桜ヶ丘の家に電話を掛けてくる。静かに教室で待っといてくれ」


 そして、先生はきびすを返し職員室へと向かって行った。

 それにしても桜ヶ丘の奴、無断欠席かよ。

 まさかとは思うが俺があんな破廉恥はれんちなことしたからそのショックで休んだ······とかじゃねえよな。そんなんで学校無断欠席する程あいつの性根は腐ってねえよな。


「なあ、桜ヶ丘さあ最近変だし、何かの病気じゃね?」


 一人の横着いグループに所属している男子生徒が言った。ちなみにその男子生徒は金でも銀でもない、普通の黒髪をした生徒だ。

 名前は覚える程でもないと判断したから覚えていない。


「それな! 絶対何かの精神的病にかかってるって」


 俺は正直イラついた。

 学校を無断欠席しただけで病気って勝手に決めつけるのは間違っていると思うからだ。

 それにこいつらが嘲笑ちょうしょうしながらそんなことを言っていると本当に病気の人にも失礼極まりないと思う。


「まじで? 桜ヶ丘って病気なの?」「らしいよ」「まあ、確かに最近変だったしね」「あれじゃあ重度だよな」


 先生に黙っとけ、と言われたのをこいつらは忘れたのか?

 一人の男を発端に変なデマ情報は同心円状に広がっていく。

 そして、桜ヶ丘に対しての偏見を馬鹿な奴らは持った。

 こんなこと信じるとか本当に馬鹿だ。馬鹿すぎる。


「あのもう学校来ないんかな」「病気だから来ないんじゃない」「何それただの口実じゃん」「ずるいよねー」


 男子だけでなく、女子までもデマ情報を信じていた。本当に愚かな奴らだ!

 苛立ちが込み上げてくる。

 そして、俺は遂に席を立ってしまった。


「いいか! 馬鹿なお前ら! お前らの言ってることは被害妄想だ! そんなんで人の株を勝手に落とすんじゃねー!!」


 俺は怒鳴った。しかし、まだ怒鳴り足りない。


「何の根拠もなくて勝手に決めつけることは悪質だ!」


 そう言っても教室ではまだ桜ヶ丘に対する被害妄想をクラスメート達が話している。


「てめえらより桜ヶ丘の方が余っ程マシだ! てめえらは下劣だ! ストレス解消の自己満足か何かは知らねえがそれは相当な間違い行為だ!」


 しかし、未だに教室は桜ヶ丘に対する被害妄想で埋め尽くされている。

 そして、俺は最後のトドメの咆哮ほうこうを放つ。


「――てめえらのしてることは根本なとこから間違っている!!」


 教室は静まり返った。

 俺の声が聞こえたからとかいう理由ではない。猪子石先生が戻ってきたのである。

 しかし、その時の猪子石先生の表情は普通ではなかった。

 何か、信じられないような顔をしている。何となく俺はそう思った。

 そして先生はこう言ったのだ。


「――桜ヶ丘はしばらく学校を休むことになった」

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