第11話 中途半端な朝の教室

 現在、七時五十分。

 教室にいるのは虚しく俺一人だ。

 いつホームルームが始まっても問題なしで用意は全て終わらせてある。

 まあ、俺は透明だからそんなことはどうでもいい。

 今日、何故早く学校に来たかというと、桜ヶ丘に謝罪するためである。朝早く来てまで謝罪しましたよアピールができるのだ。

 これによって俺の真剣さは桜ヶ丘に自然と伝わる。そして、素直に俺を許してくれる。

 我ながら完璧な計画だ。

 後は桜ヶ丘が教室へと入ってくるのを待つだけ。

 そう思ったことが功をそうしたのか扉が、がらがら、と開いた。

 これは桜ヶ丘か? と期待したが、教室へと入って来たのは、このクラスの横着いグループに振り分けられる男子生徒二人であった。

 名前は確か、三代みしろきん八代やしろぎんだった気がする。

 以前、桜ヶ丘に暴力を振るおうとした所、担任の猪子石いのこいし先生に目撃されそのまま現行犯逮捕されたのがこの二人だ。

 罪名を言うのだとしたら暴行未遂に値する。

 そんなことをしている二人なので外見も中々派手。

 金の方は金髪のチャラ男である。

 一方銀は銀髪のピアス男である。

 この二人の外見を大体の高校は受け入れないだろう。

 しかし、俺たちの通う、千草せんぐさ高校は悠々と受け入れるのだ。

 それも千草高校には校則というものの存在が皆無に等しいからである。

 髪染めOK、ピアスOK、ハロウィンの日には仮装してくる生徒もいる。

 このこともあってかこの高校を第一志望校へと志願する生徒も多々いるのだ。

 しかし、千草高校は進学校なので、入学することは容易ではない。

 そんな上位高である千草高校には真面目でガリ勉な生徒ばかりという訳でもない。

 金と銀みたいな横着い奴の方が割合的には多いのだ。

 まあ、金と銀はその中でも群を抜いて横着さ試験では千草高校学年一位、二位を争うぐらいだ。


「「俺たち一番!」」


 兄弟なのかとても息が合っている。

 まあ、厳密に言えば俺が一番なんだけどね? ついさっき俺もこの二人と同じように「俺一番!」と言いながら教室へと入ったことを思い出してしまった。なんとも屈辱的な行為をしたのだろうか。後悔だ。


「なあ、今日一限目なんだっけ?」


 金が銀に問いかけた。


「確か、現国だった気がする」


 それに対し、銀は答えたが間違っている。

 銀は時間割も読めないのか。


「まじ!? 現国の教科書持ってきてねー。まだ早いし俺ちょっと再登校するわ!」


 そして、そのまま今日は現国がないという事実を知らぬまま金はきびすを返し、教室を後にした。


 この二人本当に千草高校の在校生なのか。そう疑問に思う程、この二人は馬鹿である。

 成績ではワースト一位、二位であり、テスト結果が返される度に毎回争っている。

 その争いの内容はどちらの方が点数が高いか、という単純なものではない。この二人は単純に考えてはいけない。

 争いの内容は――どちらがワースト一位になれるか。

 本当に馬鹿げてる。

 要はテストの点数が低い方が勝ち。ならば、解答用紙を空欄で埋めればいいだけの話なのである。

 だが、二人は全力を出し合ってテストにのぞむ。

 そして、その全力が少しでも欠けている方が勝ち。

 負けが勝ちとはこのことだそうだ。


「――あ! やべ今日現国ねえわ」


 やっと気付いた八代銀。

 その表情には焦燥しょうそう感と恐怖感が表れている。

 ここでどう行動をるのだろうか。


 一、踵を返した三代金を追いかけ、謝る。


 二、三代金が帰ってきた後に謝る。


 三、謝りもせず、今日一日を過ごす。


 四、先生に無理矢理、現国を時間割枠内に入れろ、と命令する。


 五、何か指摘されても取り繕ってそんなこと言ってませんよアピール。


 一番妥当なのは俺的には二だと思う。

 わざわざ一のように追いかける必要はない。自分が疲れるだけだ。

 しかも仮に現国の教科書を金が持っていたとして、そこで謝っても金が再び家に戻る訳でもない。

 要は一のわざわざ追いかけて謝る、と二の帰ってきた後で謝る、この二つはほぼ同じ行動となってしまうのだ。

 そしてこの二つのどちらかの行動を起こしたとしても金が怒るという事実に変わりはない。

 かといって、三と五は余計、金を怒らせてしまう。

 ここは正直にいかなければならないのだ。

 と、なると残った選択肢は四。

 これに成功することができたら、事は丸く収まるだろう。

 だがしかし、現国担当は――猪子石先生なのだ。

 クールで男っぽくてかっこいい、と好評な一面。

 怒らせるとめちゃめちゃ怖いまじ恐ろしい、と悪評あくひょうな一面。

 そんな猪子石先生が無理矢理にも程がある願い聞いてくれるのだろうか。

 否、それは不可能である。

 月から金の時間割は当然ながら決められている。

 その時間割を生徒の独断で変える、というのは非常に傲慢ごうまんな行為なのだ。

 よってどの選択肢を選んでもハッピーエンドは迎えられない。銀の末路はバッドエンドしか存在していないのだ。


「これは滑稽こっけいだな」


 その金と銀、前は桜ヶ丘を殴ろうとしたクソ男だと思っていたが、中々面白い。

 さて、一を選択するのならばもう席を立たなければいけない。

 どうする。八代銀。


「体力には自信ねえから追いかけてでもする必要はねえな······」


 どうやら一の選択肢は捨てたらしい。

 と、なると残るは四つ。その内の三と五は論外なので、厳密に言えば残る選択肢は二つ。

 金が帰ってきたら素直に謝る。

 それとも担任であって現国教師の猪子石先生に時間割変更を至急求む。


 並べてみるとどちらが最善な行動かは一目いちもく瞭然りょうぜんだ。

 さて、銀よ。覚悟を決めて帰ってくる金に謝るのだ!


「んー。謝るのもなんかしゃくだな。俺が金よりも弱いようになっちまう」


 はい。ここに馬鹿が一名。

 金の怒りを少しでも抑えたいのならば素直に謝るのが最善。

 にも関わらず、この八代銀という馬鹿な男は三と五のどちらかの選択肢を選ぼうとしている。

 こいつ金に喧嘩でも売りたいのか?


「はあ、家近くて助かったぜ」


 そんな時、くだんの三代金が教室に姿を現した。どうやら猛スピードで自転車を漕いだのか、額には数滴の汗が見られた。


「よ、よう金。現国の教科書は無事手に入れられたか?」


 落ち着いてきた焦燥感と恐怖感はさっきより増して、酷くなっている。

 顔に表れているのだ。


「ああ、めちゃ疲れたけど教科書無事救出したぜ」


 金が現国の教科書を銀に見せつけながら言った。


「······お、おう。それは······良かったな」


「ん? 何か今の銀、辿々たどたどしくね?」


「い、いやそんなことないよ」


 この光景。傍観者の俺にとっては非常に滑稽である。

 焦りながら態度と表情を取り繕う三代銀。

 それに気が付いたのか疑問符を浮かせた八代金。

 そして、二人はこの教室にいる俺という名の傍観者を観測できていない。


「あはははははははは!」


 嗤った。この滑稽さに大爆笑した。

 この二人、やっぱり面白い。

 昨日テレビでやっていた横着さは面白さに比例するとはこのことだったのか。


「そうか。まあ、それならいいけど」


 金は銀の明らかに変わっている態度と表情を追及しようとしない。

 銀の額には自転車を全力で漕いできた金をも超える無数の汗が浮かんでいる。


「金の奴気付いてないのか。マジおもしれえ」


 腹が割れる程ひたすら大爆笑。

 面白すぎて堪らない。

 この光景を他の奴らにも見せたいぐらいだ。

 がらがら。

 そう思った時、扉の音を立てながら教室にクラスメート一名が足を踏み入れてきた。

 桜ヶ丘か!? 俺は期待するかのようにそのクラスメートに焦点を合わせた。

 しかし、そこに姿を現したのは桜ヶ丘ではなかった。

 名前はたからおかたから

 どしょっぱつの自己紹介で『醜い顔』とか『カッターナイフで一刀両断』とか、とにかく苛烈かれつな自己紹介をした奴だ。

 こいつ、来るのこんなに早かったのか。

 宝ヶ丘は椅子に座る。

 その姿を金と銀が忌々いまいましい目で見ている。


「何? 私に用あるの?」


 宝ヶ丘がいつもの無表情、つドスの効いたトーンで金と銀の馬鹿二人に言った。


「いやいや、用はねえけどいっつも退屈そうだなーって思って。俺で良かったら友達になってやろうか?」


 金は憫笑びんしょうした。

 絶対こいつ宝ヶ丘と友達になる気皆無だろ。


「私、あなたみたいな腑抜けな男と友達になる気は一切ないからその提案は断らせてもらうわ」


 凛とした声で宝ヶ丘は言った。

 この発言といい、前の自己紹介といい······まさか! 宝ヶ丘ってぼっちの覇者!?

 だとしたら俺がつい最近気付かされた『友達と話す時の面白み』を宝ヶ丘にも気付かせなければならない。

 俺の任務一つ追加だ。


「ああ? 俺様を腑抜け? お前の方が腑抜けだろ。このぼっち女!」


「ああ、金の言う通りだ。お前はぼっちであり、哀れだ!」


 ぼっちの覇者は二人の罵倒を可憐に受け流し、無視した。

 話すだけ無駄な存在ということを理解したのだろう。まあ、実際にこの二人と付き合うのは本当に怠そう。


「おい! 無視すんなよ。心が痛んだあまりか返答できないのか?」


「それとも俺らの放つ邪のオーラを認識して関わるのも怖いのか?」


 二人は嘲笑ちょうしょうした。

 金の発言はまだ分かるが、銀の発言って······中二病なのか? だとしたら嘲笑すべき点はそっちにゆくと俺は思うのだが。


「残念。両方とも不正解。答えとしては私があなた達みたいなくそクズと付き合う時間を無駄と感じたから無視したのよ」


 もう用意は終わったのか宝ヶ丘は本を手に収めていた。

 読書に集中したい者にとっては金と銀は邪魔な存在の他ないだろう。だから宝ヶ丘は金と銀に『くそクズ』という呼称を一時的に付けたのだろう。


「――な! お前は俺らの恐ろしさを分かってないな!」


 今度は銀が金よりも先に口を開いた。いや、誰もお前らの恐ろしさなんて理解してくれないと思うぞ······。


「やめとけ銀。そんな奴に構うだけ無駄だ」


「まあ、確かにそうだけど。こいつ何かうぜえからさ」


 君達二人の方が宝ヶ丘にとってはうざい存在だと思うぞ。


「まあ、うざいのは事実だ。だがな俺はもっとうざいことにった」


 殺意がこもったかのような視線を金は銀にぶつける。


「な、ちなみにそれって何? なんで俺にそんな殺意の視線向けてくるの?」


 焦燥感と恐怖感は今までにないぐらい銀の身体の中から膨れ上がった。表情が殺人鬼に出くわした時みたいに凍りついていたのだ。


「お・ま・え」


 冷たい声音が放たれたのと同時に銀の身体はさらに震える。


「今日現国ねえじゃねえか!」


 始業式の際に貰った時間割表を金が銀に差し出す。


「ご、ご、ご、ごめん! 決して嘘をいた訳じゃないんだ。ただ適当に俺の好きな現国を口に出しただけで······」


 焦っているのが丸出しである。

 ごめんの『ご』をどれだけ言うんだよ。


「もういい! ちょっとお前こっち来い!」


 手の指を自分の方に倒し金が指図する。

 それに従うように銀が金との距離を縮めていくと、


「はい、捕まえた。覚悟しとけよ! クソ野郎!」


 そして、選択肢を誤った銀は金にこてんぱんに殴られたのであった。

 めでたし、めでたし······。

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