第7話 帰り道

「じゃあ部活行く奴は頑張ってこい。帰宅する奴は気をつけて帰れ」


 先生はそう言って、教室を後にした。それと共に、生徒が席を立ち始める。

 部活動に足を向かわせる生徒もいれば、帰宅部でそのまま家に帰る生徒もいる。


「ねえ、一緒に帰ろ」


 声を掛けられた。顔を上げたら可憐な黒髪にまん丸い可愛らしい瞳をした桜ヶ丘が立っており、目が合ってしまった。

 思わず赤面してしまう。


「俺と帰りたいの?」


「いやいや、幽真と帰りたい人なんて多分一人もいないから夢見ない方がいいよ」


 手を横に振り、目には哀れみが浮かんでいる。

 相変わらず俺の心に突き刺さる辛辣しんらつな言葉を桜ヶ丘は並べるのだ。


「心に刺さるー。じゃあなんで俺と一緒に帰りたいの?」


「言ったじゃない。幽真に協力するって」


 腰に手を添えながら桜ヶ丘はそう言った。

 確かに一緒に帰宅することによって会話する時間は増えるだろう。

 ――だが、


「俺と一緒に帰ったらお前が独り言を言いながら歩いている残念な人――いや、不審者と間違えられるぞ」


 事実、今でもクラスメートの視線は桜ヶ丘に向けられている。

 しかも、鞄を持ちながら歩き、引き気味の声音で会話をしているクラスメートもいる。


「別にいいよ。そんな気にしてないし」


 それに対し、相変わらずクラスメートからの視線を微塵にもなんとも思わない桜ヶ丘。


「とりあえず、もう帰るぞ」


 俺は鞄を持ち、歩き始める。それにのそのそと桜ヶ丘も付いてくる。


「ちょっと置いてくなんて酷――」


 俺は桜ヶ丘の口を塞いだ。あまり目立たせることはしたくないのだ。


「とりあえず、喋るなら学校出てからにするぞ」


「チェ、仕方ないな」


「そこは頷けー!」



 桜ヶ丘は結局、あの後もべらべらと喋っていたのでいろんな生徒からの視線が寄せられてしまった。

 まあ、ともあれ無事校外に出られ、今では二人揃って下校中である。

 この雰囲気、何かカップルみたいだな。


「もう、喋っていい?」


「さっきまでもずっとべらべらべらべら喋ってただろ」


「えー、あんなの喋ったに入らないよ」


 俺は桜ヶ丘が陽キャラか陰キャラかが分からなくなった。

 陽キャラであるならば、周りからの生徒の視線を気にするはずである。しかし、桜ヶ丘は全く気にしない。

 かと言って、陰キャラという訳でもない。一度喋り出したその口は語をどんどんと繋げていくのだ。


「桜ヶ丘ってさ友達何人いる?」


 こんな謎のキャラだ。友達の数を聞かずしてはいられない。


「聞いて驚かないでね」


 この発言からして、俺は「クラス全員友達!」と桜ヶ丘が言うと思っていた。しかし、


「三人いるよ!」


 予想外な数字が口に出されたのである。しかもと表現せず桜ヶ丘はと表現した。

 自分では友達が多い方だとでも思っているのだろうか。

 まあ、実際俺からすると多いのだが。


「すげえな。ある意味驚いたぞ」


「でしょー。幽真は何人なの?」


 自慢気な顔をしながらもニタニタとした視線を寄越し、俺にとっての禁句の質問を桜ヶ丘の奴は投げかけてきた。


「······ゼロ人」


「まあ、だよね。予想ついてた。一年の時もクラスで孤立してたもんね」


 ――? 俺は今の桜ヶ丘の発言に違和感を持った。


「その口振りだと俺と桜ヶ丘が一年の時も同クラだったみたいだな」


 苦笑しながらそう言った。


「え? 実際に一年の時も同じクラスだったけど」


 その後に、桜ヶ丘の口から驚愕の事実を述べられた。

 俺は焦りながら懐疑の目を桜ヶ丘へと向ける。

 しかし、なんの嘘もいてませんよ、と言わんばかりの自信たっぷりな堂々とした姿をしていた。

 そこからしてあまり嘘を吐いているとは思えなかった。


「······まじかよ。ちなみに桜ヶ丘ってそん時クラスに友達いた?」


 優しげな声音で俺はく。


「いや、一人もいなかったよ」


 特に悲しげな様子を浮かべることもなく、笑顔でそう言った。

 桜ヶ丘に喜怒哀楽の『哀』があるのかが疑問に思えてくる。

 まあ、一応『怒』はさっき俺をかばってくれた時に思い切り感情に出していたから『哀』もいつか――そんな感情になる時が桜ヶ丘にも来るだろう。

 ――昨日の俺みたいな悲しみが。


「悲しくなかったの?」


 俺が訊くと笑顔を保ったまま桜ヶ丘は答える。


「ぜんっぜん! 私、読書が趣味だからさ。休み時間中も暇することなかったんだよね」


「趣味読書なんだ。意外」


「自己紹介で話したでしょ? 人の話も聞いてないの?」


 軽く馬鹿にされた気がしたが特に気にかけることもなかった。

 事実、桜ヶ丘は窓側の一番後ろという席であったので、自己紹介の順番が一番最後でもあった。

 段々と俺は聞くのに疲れてきていたので、その時は本を読んでいたのだ。


「桜ヶ丘の自己紹介つまらなかったから」


「あっそー」


 若干怒り気味である。

 今日二度目の『怒』は発動されるのだろうか。しかし、


「まあ、確かに人の自己紹介なんてつまらないわよね。ある意味、幽真の選択は良かったかもしれないね」


 と、俺の意見を肯定するかのようなことを桜ヶ丘は言った。

 そして、『怒』の感情は一切出すことなく、そのまま笑顔へとなっていく。


「それでさ、突然何だけど······」


 桜ヶ丘が次の語を吐き出すのに逡巡している。


「――なんだ?」


 俺が訊くと、


「今から私の家に来て!」


 と、急に桜ヶ丘は薄い朱色を頬に漂わせながら変なことを命令してきた。

 俺は素直に驚くが、喜びというものが含まれていない、と言ったら嘘になる。


「待て待て。なんでそうなる!?」


 だが、俺はどうゆう経緯で桜ヶ丘がその考えに達したのかが全く分からなかった。

 というか、俺自体女子の家なんか入るの初めてだからまだ心の準備ができていない······。


「なんでそうなるって? これから幽真存在感アピール大作戦を実行するから。その計画を立てるためによ」


 頬の朱色はいつの間にか消えていた。桜ヶ丘は意味不明な作戦を単独で決めていたのだ。俺は思わず顔が疑問符に溢れかえる。


「? なんだよ、その計画! 俺聞いてない!」


「別に聞いてなくてもいいじゃん。女子の部屋に入れる口実作りにもなるんだよ? 幽真にとっては一石二鳥だよ!」


「口実作りって何だよ!? そんなんなくたって俺は堂々と女子の家に入れますー」


 強がり、俺は胸を張りながら言った。

 本心で言うと、心臓がばくばくで、今にも爆発しそうなぐらい、緊張している。だって、俺女子の家入ったことないもん。


「ちょっと訂正ね。女子の『家』じゃなくて女子の『部屋』ね。緊張し過ぎて聞き間違えちゃった系?」


 ――何ー!?

 俺の心臓の鼓動はさらに早くなり、同時に顔はでられたように赤くなっていく。

 聞くだけでこんな状態なのに、実際に桜ヶ丘の部屋に入るとなると······理性がもたないかもしれない······。


 それでも俺は、俺は、恋愛経験ありかと思わせるように強がることにする。


「き、聞き間違えてなんかねえよ。べ、別に家だろうが、部屋だろうが、た、大差ね······ねえだろ!」


 明らかに焦っている。平常じゃない。

 平常心を保て俺! なんだよ。女子の部屋だろうが男子の部屋だろうが······そんな大差ねえだろ。とりあえず、俺落ち着け。


「相当焦ってるけど。そんな緊張してるのー? あー、念の為言っとくけど私、幽真みたいなへっぽこどっこいとは付き合えないからね」


「誰がへっぽこどっこいだよー!」


 平常心に戻りつつあった俺の心は怒りによって少し揺れ動いてしまった。


「誰が? 幽真だけど?」


「質問投げかけたんじゃねー!」


 煽るように疑問符を浮かべてくる桜ヶ丘に俺は思わずツッコミを入れてしまう。


「あははははは! 幽真って案外おもしろいね」


 そしたら、桜ヶ丘は急に爆笑してきた。笑うタイミングがちょっと分からない。


「今のツッコミ百点満点中、五十点は超していたわよ」


 声に出して笑うのをやめ、いつもの笑顔で桜ヶ丘は言った。


「五十点って低いな!」


「まあ、私の採点でこの点数は中々よ」


 桜ヶ丘の採点の基準がイマイチ分からないが、とりあえず頷いておく。


 俺と桜ヶ丘の間に沈黙が走ったためか俺はあることに気が付く。


「俺たちなんの話してるんだよ!? 一緒に帰った理由俺の今の現状について話し合うためじゃなかったんかよ!?」


 しまったー、という顔を俺が浮かべていると、


「別にいいじゃない。私と幽真の距離が深まった気がするし。まあ、どうこう言ってももううちには着いたわよ」


 そこには今時の一軒家オーラを出している家が聳え立っていた。

 ちなみにここからなら桜ヶ丘の部屋だろう所は丸見えである。


「何、ボサーっと私の部屋を覗いてるのよ。この変態。とりあえず、入りなさい。部屋なら後でじっくり見せてあげても構わないから」


 いつの間にか、桜ヶ丘は俺と少し距離を置いた扉の目の前に立っていた。


「別に桜ヶ丘の部屋なんて見てねーよ。だからじっくり見せられなくてもいいしー」


 そう否定してから俺は足を動かし、桜ヶ丘の家へと入って行った。

 瞬間、オリーブのような良い香りは俺の鼻をくすぶった。

 ここから放たれる女子の家ですよ、オーラ。

 初心うぶな俺にとってはこれは絶好の機会なのかもしれない。

 女子の部屋に入る。正直、俺はそれが楽しみで楽しみで仕方がなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る