第6話 会話と決断

 教室からは「あいつ独り言言ってるぞ?」「何あれ、こわ!」「あの子、幻覚でも見てるの?」

 という言葉が飛びっている。

 それもそのはず、誰も俺のことは見えていない。

 だから、さくらおかが独り言を言っている。そうにしか見えないのだろう。


「ここだとお前が変な奴扱いされるから人がいない所に移動するぞ」


 俺は桜ヶ丘に申し訳なさそうに提案した。


「いや、大丈夫だよ。移動するの面倒だし」


 その提案は呆気なく断られた。同時に教室には引き気味の言葉が生まれる。

 俺にとってはその光景が気に食わなかった。桜ヶ丘がクラスで変人扱いされるのはあまり好ましくないのだ。


「いや、大丈夫じゃねえよ。もう行くぞ!」


 そう言って俺は桜ヶ丘の腕を握る。久しぶりに味わう手の感覚。俺は素直に驚いたが今、人に触れることができている。どうやら姿が見える奴なら触れることができるそうだ。

 原理がよくわからん。


 そして、俺は一つ気になった。


「これって、周りから見たら桜ヶ丘のことどう見えるんだろうな」


「知らないわよ」


 平然とそう言葉を返された。しかし、俺はそれが気になって仕方がない。


「おい、あいつ。腕を誰かに引っ張られてるみたいに変な風に歩いてるぞ!」


 一人のクラスメートからの言葉だ。

 これを聞いて俺はさっきの疑問の答えを見つけることができた。どうやら、桜ヶ丘が一人であたかも腕を引っ張られながら歩いているかのように見えているらしい。

 まあ、大体は合っているのだが。


「もう、そんな気遣わなくていいのに」


「ここであのまま教室で話す程俺は薄情じゃねえよ」


「別に私は気にしてないわよ」


「いや、俺が気にすんだよ!」


 俺は腕を離さぬまま会話を続ける。

 そして、いつの間にか俺たちの目には階段が映っていた。

 結構早歩きになったかもしれない。

 俺たちはそれを上って、上って、上って、屋上まで辿り着く。


「本当に幽真はお人好しなの? ぼっちの癖に?」


「お人好しだよ。てかその後の言葉妙に心に来るんだけど!?」


 久しぶりの家族以外との会話。

 中々、面白みがあるな。


「あー、それはごめんね。じゃあ後の言葉なんて言えば良かったの?」


「『本当に君はお人好しなの?』だけで良かったよ!? それだけだったら『俺は優しいからな』って爽やかに決められたのに!」


 テンションが段々と上がっていく。

 何故か、まだ少しの会話しかしていないのに心はうきうきしている。

 今まで休み時間は本を読んで過ごしていた。俺は人と会話することはおもしろいものではない、と前々は思っていたのだ。

 ――だが、それはただの俺の偏見だったのかもしれない。


「はいはい。そうなんだ。それでさ一から説明してくれる? 今の幽真の現状を」


 話題をさらりと変えられて、倒置法でその部分を強調し、俺に説明を求めてきた。もちろん、説明なしでは桜ヶ丘は納得できないだろう。

 だが、俺も俺の現状があまり理解できていないのだ。


 どうして、俺が透明人間になったのか。


 ものに触れられる条件は何か。


 俺を見ることができる条件は何か。


 頭に過ぎる疑問はまだまだたくさんある。そんな無知な中でも俺はできるだけの説明をすることにした。


「分かったよ。それはな昨日の朝のことだ。いつも妹に起こしてもらうんだがな妹が起こしに来なかった。そして、俺は妹にメッセージだけ送って、学校に行ったんだ。だけど学校に来ても誰からも無視されるし、欠席者扱いされるし。その理由を突き止めるために俺は人に触れようとしたんだ。そしたらな――触れようとした手はそいつの身体を通り抜けていたんだよ」


 自分が透明人間になったことを知るまでの過程を説明した。そしたら桜ヶ丘は不満げな顔を浮かべて、


「私は幽真が透明人間になるまでの過程が知りたいんじゃなくて、どうして、そうなったのかが知りたいのよ」


 と言った。

 だが、俺もそれは知らない。


「ごめんな。それは俺も分からん。つーか俺が知りたいぐらいだ」


 そう、それは俺が抱えている疑問の内の大きな一つなのだ。これを知ることができたらひょっとして、今の状態から解放されるかもしれない。


「あー、突如透明人間になった系?」


「そうなんだよ。突如透明人間になっちゃった系」


 桜ヶ丘の発言に少し訂正を加え、頷いた。


「じゃあどうして私には幽真が見えてるの?」


「それは俺が知りたいことの一つだよ。というか自分のことは自分で考えろ」


「そっか、うーん。一つ思い付いたわよ!」


 指を立てながら桜ヶ丘はそう言った。中々な自信から俺もその答えに期待をしたのだが、


「私が幽真のことをどうでもよく思っているから!」


 と、意味不明な発言をしたのだ。

 期待を裏切るかのような答えに俺の顔は角張る。

 普通、どうでもいいと思っている奴のことをかばうのだろうか。

 俺は桜ヶ丘がイマイチ理解できない。


「それじゃあ道理が合わねえだろ」


「合うよ!」


 自信に溢れた声で桜ヶ丘はそう言った。


「じゃあ説明してみろよ」


 俺が命令すると桜ヶ丘は仕方ないな、と言わんばかりの顔で説明をする。


「私が推測するには幽真はぼっちの中のぼっち。だから透明人間にもなっちゃったのよ」


 急に辛辣しんらつな言葉を俺は受け取る。


「おいおい。言葉には気をつけろよ。今ので俺の心の穴が十箇所は空いたぞ」


「だって事実だもん」


 またまたさらりと辛辣な言葉を。

 剣を振られたゴブリンのような表情を俺は表に出す。


「まあ、続き行くよ。私はそんなぼっちのことはどうでもいいと、正直、眼中にもなかった。だからこそ、どうでもいいと思うから、私のその気持ちと幽真の存在感の薄さが打ち消し合って、幽真の姿は私には見えるものへとなっていく」


 今の言葉で俺の心の穴は百箇所にまで広がった。

 見た目は可愛らしいが口から出る言葉は辛辣。

 要は外見だけで人は判断してはいけない。そうゆうことだ。


「なんだよそれ!? 無理矢理合わせましたよ感ぱねえぞ!」


「だって、無理矢理思い付いたこと何となく言っただけだもん。幽真は見た目からして賢そうには見えなかったからこのぐらいで『確かに』とか言う人だと思ってたのに」


 残念そうな顔を桜ヶ丘は浮かべた。正直、意味が分からない。

 なんだよ、見た目からしてって。

 この外見は俺が生まれてきてからの長い思い出や苦しい日々などを刻み込んだ大切な身なんだぞ。


「人を見た目で判断するな」


 俺は大切なことをきちんと教えてあげた。桜ヶ丘のことだから他人に『ブサイク! 何あれ』とか言いかねないのだ。だから桜ヶ丘には絶対に知ってもらわなければならない。


「え、だって人って容姿で第一印象とか決めるじゃん」


「まあ······確かにそうだけど! 中身を大切にする人だっているだろ」


 肯定しているのか否定しているのか、どっちか分からない中途半端な返答を返した。

 事実、容姿が良ければ中身なんてどうでもいい、と思う人もいれば、容姿悪くても中身がいいならそれでいい、と思う人もいるだろう。

 価値観は人それぞれなのだ。


「私は容姿八割の中身二割かな」


 そして、桜ヶ丘はすらっと、面食い宣言をしやがった。

 顔面偏差値平均程の俺の前でそんなことを言うのはやめて欲しい。


「俺は五分五分だよ」


「幽真って優柔不断?」


「いやいや一番妥当な答えだろ」


「いや、半分ずつという答えはあまり良くないわよ」


「何ー!? んなこと言ったら桜ヶ丘も二割だけ中途半端に残してるじゃねえか」


「この二割は口実の二割よ」


 桜ヶ丘の発言に首をかしげながら俺は話題がいつの間にか変わっていることに今更ながら気が付く。


「はいはい。要は桜ヶ丘は面食いなんですね。はい、わかりました。もうその話題俺の心が痛むだけだから本題に移ろうね」


「仕方ないわね。哀れな幽真君これからどうするの?」


 何故か、俺は哀れまれているが、んなことどうでもいい。

 話題が急に変わり、俺の現状の話へと戻っていく。

 正直、『どうするの?』と言われても俺にはどうしていいのかが分からない。

 だが、一つどうしてもやっておかなければならないことならある。


「俺にはさっき言った通り、妹がいるんだ。名前は耀ひかり。耀は昨日、俺が失踪したことに対して号泣してたんだ。見るのも辛かった。だから――耀に俺を見せたい」


 俺は自分の心情を洗いざらい口に出した。

 耀にもうあんな顔をさせたくない。

 前みたいにまた会話をしたい。

 遊園地にだってまた一緒に行きたい。

 耀の苦手な数学を教えてやりたい。

 夜な夜なアニメを見てまた笑いたい。

 一緒にご飯を食べたい。

 料理を手伝ってやりたい······。


 まだ耀との思い出が残っているなら。

 まだ俺が存在しているなら。


 ――また兄妹揃って、思い出を積み上げていきたい。


「······」


 俺は今、さっきの雰囲気とは打って変わって涙を流しているのかもしれない。それは、もう、耀と思い出を積み上げられないかもしれないという恐怖心から出たものである。


「分かったわよ。私、幽真に協力してあげる」


「本当!?」


 俺は感動した。今までクラスメートと協力したことなんか記憶上なかったのだ。


「ああ、協力できるのも私ぐらいでしょ?」


「うん! まじ助かるぞ」


 光輝かしい目で桜ヶ丘を見る。すると、引かれたのか桜ヶ丘は一歩後ろへと下がった。


「キーンコーンカーンコーン♪」


 そんな時、昼休みの終わりを伝えるチャイムが鳴った。


「やばっ!」


 俺は特に焦ることはないのだが、桜ヶ丘が「早く行こ!」と言ってくるので仕方なく俺も踵を返す。

 俺的にはもう少し屋上で涼しい風を浴びたかった。


 俺たちは階段を下って、下って、下って、廊下を走って教室に辿り着いた。

 桜ヶ丘だけが「授業遅刻!」と物理担当の富永とみなが先生に注意されていたので、俺は思わず吹き出す。

 その時、桜ヶ丘から殺気溢れる視線を感じたのか、俺の身体は妙に震えていた。

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