第5話 特殊なクラスメート

 俺は耀ひかりの痛切な泣き声を聞いた後、妙な心残りがあったが普通に学校へと登校した。

 今は昼休みで、俺の耳に聞こえているのはクラスメートたちが誰かを罵倒している悪い会話である。


「休んでいる奴陰キャラ野郎らしいぜ? しばらく学校来ないとかわらえるよな」


 チャラそうな金髪男である三代みしろきんがそう言う。

 何故、三代がしばらく俺が学校に来ないことを知っているかというと――それはさかのぼること朝のホームルームでのことだ。


『急だが幽真は家の事情でしばらく学校に来られない』


 猪子石いのこいし先生はクラスメートに凛とした声でそう告げた。

 耀が警察や先生に連絡をしたのだろう。だから先生は生徒が騒ぐのを防ぐために内容を少し変更し、それを生徒に告げた。

 その時、俺は別に驚いてなんかいなかった。こうなることぐらい普通だと、そう考えていたからである。

 生徒の方は若干ざわめいていた。『残念だなー』とかいう声よりも『休みとかずれー』『なんだよ。家の事情って』などの休むことに批判した言葉の方が圧倒的に多かった。

 ――そして、それは昼休みとなった今も続いている。


「ほんとな。陰キャラだからってそんな学校も休むことねえのにな。ただ怠けたいだけなのかもしれねえぜ」


 チャラ男の三代に続き、銀髪ピヤス野郎の八代銀やしろぎんがそう言った。

 俺聞いてますよー? 聞いてはいけない会話を聞いしまい、俺の今の気分は最悪の他何も無かった。

 影の悪口と表の悪口では心に響く痛みが全く違っていたのだ。


「ちょっと、そうゆうのはあまり関心しないわ。彼には彼の事情があって仕方なく学校を休む羽目になった。私はそう思うんだけど」


 ここでなんと! 背丈が低めの華奢きゃしゃな救世主が舞い降りてきた!

 コンパスで描いたような丸い瞳、人形のような口元、そして可憐なロングヘアー。

 傷付いた俺の心の穴は段々と埋まっていく。まさかこんなにも心身ともに綺麗で人を罵倒するようなことはしない生徒がクラスメートの中にいるとは思ってもいなかった。


「なんだよ。弱い者の味方をしている気分でイキってるのか?」


 金髪――三代がそう言った。


「イキってるなんてものじゃないわよ。それにあの子は弱い者なんかじゃない。あの子が弱い者だったら君たちの方が余っ程弱くなっちゃうでしょ?」


 彼女は喧嘩を売るような声音で二人をあおった。この時、ここまで言って俺の味方をしてもらえたことに対しての絶大な嬉しみが俺の顔には浮かんでいた。


「ああ? お前、そんな弱そうな体格しといて何喧嘩売ってんだよ?」


 次は銀髪――八代が言った。


「哀れみという喧嘩を売ってるのよ。学校に来られない子のことを悪く言う君たちは本当にかわいそうで仕方がないわ」


「「――何っ!!」」


 瞬間、三代と八代がいきどおった。同時にクラスメートからの視線がそこへと集まった。これでは救世主の子が殴られてしまう。ここは俺がどうにかしないと!

 そう思い、俺は立ち上がる。だが、俺は透明である。身代わりになることもできなければ二人を追い払うこともできない。

 所詮、俺は――無力であるのだ。

 そのことに気付かされてしまった。

 透明人間となって二度目の自己嫌悪。誰からも見られないなんて陰キャラにとって聞くだけでは最高じゃん? となるかもしれない。

 だが、実際なってみると、自分の無力に気付かされるという、最悪な存在でしかなかった。


「てめえ! ふざけんなよ」


 彼女に前方と後方からパンチが迫ってきている。絶体絶命だ! こんな時、どうすればいいのか。見ることしかできない俺はひたすら一瞬の間に頭を巡らせる。

 もうすぐ顔面にパンチが当たってしまう。なんの考えも浮かばず結局俺は目を瞑る。


「――?」


 音が全く聞こえない。彼女の痛み叫ぶ声もなければパンチの卑劣な音もない。


「ちょっとお前ら、女子殴る男子は最低だぞ。廊下に出ろ」


 二人の拳を抑えながら堂々と猪子石先生が立っていたのである。

 そのまま二人は腕を掴まれ、廊下行き。こっ酷く叱られることだろう。

 ふと、俺は安堵あんどし、再度席に座る。

 彼女には見えていないと思うが、少しの期待を乗せつつ、俺は椅子に座りながらお辞儀をする。


「ありがとう」


 そして、お辞儀をやめ、普通の体勢へと戻した。

 ――ここで俺は驚愕した。ありえないと思った。

 彼女と目が合ったのだ。

 まん丸い可愛らしい目と。

 瞬間、その子は微笑んだ。そして俺の元へとやって来る。


「私はさくらおかさくら。君は?」


 急に名前を聞かれたのが俺なのか、分からなかったが、答えておく。


「······俺は烏森かすもり幽真ゆうま······」


「ん? 聞こえなかった」


「俺は烏森幽真!」


 気が付けば大きな声で自分の名前を言っていた。


「いい名前だね!」


 微笑を浮かべた桜ヶ丘の顔は透き通っており純真じゅんしん無垢むくであった。

 俺は驚きを隠せない表情を桜ヶ丘に向けていると思う。

 信じ難いが、ここまで会話が成立したならば信じるしかあるまい。

 ――桜ヶ丘は俺のことを見ることができるのだ。




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