第4話 悲しい朝食

 四月七日。

 俺が透明となって一日が経過した。今日は何も夢を見なかった。

 ベットから起き、目を擦りながらリビングへと向かう。そこには耀ひかりがいた。

 丸くて可愛らしい瞳は憂いに満ちており、口元が微かに震えている。

 そんな見れば寂しさを余裕で察知できるような顔で朝食を作っている。

 いつもであれば俺は眠たそうに椅子に腰を掛け、朝食を待っているところだ。しかし、椅子には誰も腰を掛けていない。そこに耀は寂しさを感じたのだろう。


「もう少し待っててね。お兄ちゃん」


 俺はこの発言に驚愕した。まさか耀は俺が見えているのか、そう期待を寄せられた。しかし、そうであれば耀は――あんな顔をしない。


「ああ、待つよ」


 優しく返事を返した。この言葉は恐らく耀には聞こえていないだろう。


 言った通り少し待った。


「できたよ! おにーちゃん」


 暗い顔からは一段階明るくなり耀はそう言った。自分の分の朝食より優先に俺の分だと思われる朝食を机に並べていた。どれ程、優しい妹なのやら。俺はこんな妹を持てて幸せだ。


「今日は私特製のオムライスだよ」


 誰もいない席に耀はニコリと微笑んだ。朝からオムライスは重いが、俺がいない時でもこうやって朝食を作ってくれることから耀の優しさが十分過ぎる程伝わってきて、俺の心はストーブに温められたかのように熱を浴びている。


「ああ、美味しそうだな! 頂くよ」


 俺がそう言うと、


「あ、ちょっと待って。ケチャップ忘れてた」


 と、耀が言った。耀は俺の姿が見えていない。そのはずなのに、何故か会話が成立した。俺が見えなくとも気配を感じ取っているのだろうか。


「はい。これで完成だよ」


「――っ」


 なんの言葉も出てこなかった。なぜならオムライスの卵にはケチャップで『私、お兄ちゃんのこといつでも待ってるよ』と、書かれていたからである。

 まるで俺がこのオムライスを食べることを知っていたかのような······。

 それに応えるかのように俺はオムライスを食べる。ひたすら必死に食べる。おかしなことに俺の頬を涙が伝っている。何故だろう。とても不思議。


「美味い。美味いよ」


 頬に伝わってくる涙を拭いながら俺は返事を返した。

 いつものオムライスではない、『何か』を感じたのだ。


「美味しい? なら良かった」


 再び純粋な笑顔を浮かべようとした耀だが、その笑顔は純粋なものではなかった。目がとても潤んでいるのだ。今にもその潤みの原因が爆発するぐらいまでに。

 そして、俺が再び、


「本当にめちゃめちゃ美味しいぞ!」


 と言うと、耐えられなくなったのか耀は声を出して泣き始めた。大量の涙が頬を伝っている。


「うわァァァァァァァァ! うわァァァァァァァァ!」


 本当に耀にも俺の声が届いていないのか、そう思わせられる程その涙と咆哮には確実的な要素が含まれていた。


「私は何をやってるんだろう。お兄ちゃんのいない寂しさに任せてこんなことまでもしちゃうなんて······。いい加減、現実を受け止めなければならないのは知っている。お兄ちゃんがまだここに帰ってきていないのも知っている······。なのに、なんで私は――こんな妄想ばっかりしてしまうんだろ······」


 涙ながら辛そうに言葉を発した。

 ここでとうとう俺と耀の会話の成立は失った。失ってしまった。

 今、耀は『妄想』と言ったのだ。すなわち、さっきまでの会話は全て偽りであったということ。実際に俺がいることを知らず、耀は『妄想した俺』と会話を楽しんでいたのだ。それも自分の辛さを誤魔化すための行動でもある。

 だが、そんな辛い思いを実の妹にさせたのは俺である。


 なので俺は一つ決心を決める。


「もう泣くなよ。お前の涙は俺のせいによって流れているんだよ。全ての責任は俺にある。だから、だから、俺は耀に『妄想』ではなく『本物』を見せてやるから······その涙、流すのやめろよ······」


 肩を掴もうとするが、やはり通り抜けてしまい触れることさえできない。

 俺はどうしてこうなってしまったのか。

 何をすれば元に戻るのか。

 俺が今、課せられているのはこの二つを探し続け見つけることである。

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