お祭り騒ぎ

そうやって迎えた白夜の日。

僕は渋々時間が進むのを忘れたような明るい街へ躍り出た。

すこし前から太陽は地面に沈むことを忘れたかのように顔を出し続けている。明るいままになっている深夜に歩き回る人も少なくない。(若い集団やカップルもしばしば見かける)


かくいう俺は、育ちは白夜のある地域ではなかったため違和感がいつまでたっても拭えないというのが本音である。


では生まれはと聞かれたら、分からないというのが本音である。


俺は拾われ子らしい。家族と血は繋がっていない。

エレミネイトスクール(小学校)の真ん中2年間は日本に居たのだが、そこで親に言われる冗談のトップである[お前は橋の下で拾ったんだよ]が冗談ではなくなってしまっているのが俺の家庭だ。


まあ、一時期気まずい時期はあったが関係は良好だし、別に今関係ある話ではない。

行われるのは町の中央にあるちょっとした広場だ。

祭りといっても中心にたてられた塔を囲み踊るというもの。踊る気はないし、ゆえに踊り方を知らない。

見るだけのつもりだし、まあたまにはいいかと目的地との距離をゆっくりと縮めていく。



既に町中の人々が集まり、輪の中心で祭りの準備は進んでいた。

基本的に前後は休日になることが多いので観光客も多い。


「エアルきたか―!」


背中を強くたたかれ、思わずよろける

抑えきれず数歩歩いたところでどうにか止まることができた。


「…ヨアキム、強すぎだバカ」

「わるいわるい。調子乗ったわ…」


照れくさそうに後頭部を掻く彼は、北欧によくみられる民族的な衣装を身にまとっていた。

これも夏至祭の風習で、これらを着て柱の前で踊るのである。


「…来ていたのかエアルくん。」


振り向くとそこにいたのは顔見知りの中年の姿であった。今こそ服装は民謡服だが、普段はツナギを着ているため一瞬見分けがつかなかった。


「スティーグおじさん…友達に誘われまして。」

「あ、どうも。」


ヨキアムは咄嗟に会釈する。

AGの整備士お父さんの知り合いである彼は、引っ越しを何度も繰り返していた時期に家を訪れてくれた人の一人である。


「そうか…よかった…。その服だと見てるだけのようだね。気が向いたらレンタルでもしてみるといい。」


「…気が向いたら…」


「無理強いはしないさ…じゃ。」


背を向けて家族の元に向かっていく彼。

あそこには俺より一歳年下の娘さんがいるらしい。


「…踊ってみたらどうだ?別に参加自由だぜ?」

「得意じゃないんだ。」

「別に難しい踊りってわけじゃないって、モノによるけど。」

「そうか。まあ様子見てだな。」


曖昧な返事を返した後、俺は柱へと目を向けそのままそれを囲む人々へと視線を移していく。

周りはほとんど伝統的な服を着ていて、むしろ俺が浮いていことに気づく。

…やはりレンタルしたほうがいいか…?という思考が頭を掠めて過ぎていった。


「…エアル…?」


跳ねるようにその声がした方向を向いてから、ああ…と声を漏らす


「カレン、君も来てたんだね」


彼女が居るかもしれないという可能性を俺は完全に忘れてた



「なんだ?見ない子だな…お前も隅に置けないなぁ!」

「お前もその手の人間かヨアキム。観光客様だよ。」

「…そこは少しくらい乗ったらどうだ…」

「少し前に初めて会って案内しただけの関係でそんなボケできるか。」


エアルは小さくため息をつく。

カレンはゆったりとした足取りでエアルに近づくと手を握る。

思わずたじろぎ何も言えないエアルの瞳をまっすぐ見つめると


「…案内して。」


と呟くように一言発した。


「…ゴメン、俺この祭りに来るの初めてだから…それでもいいなら」

「大丈夫、祭りの必要もないし。」


返事を返すことで何とか気を取り直したエアルだが、たどたどしさが拭えない。

何しろガイドといってもあくまであの遺跡周辺の話であり、この町はまだ引っ越してきて2年。それ以前に訪れたのはそこからさらに5年以上前となり、あの遺跡以外の観光名所は疎かったのだ。


「行って来いよエアル。」

「いいのか?せっかく誘ってくれたのに。」

「誘った結果いいものが見れたからな。まあ満足だよ」

「お前なぁ…」


エアルがなにか言い返す事でもないかと思案していると、くいくい、と手を引かれる。カレンを見ると掴み所がない顔でこちらを見つめる。

まだなのか、と催促してるように思えたルアルは仕方なく話を切り上げる。


「はぁ…じゃあ、いこうか…」

「うん」


「気をつけろよー」


広場を後にするルアルの背をヨアキムが見送る。

夏至の日、広場を目前とした交差点での出来事であった。



祭りに出払ってるが故か、人通りの少ない通りを二人で歩く。


「…でも…この町の人なのにこの町をよく知らないの…?そんな広くないと思ってるんだけど…」

「…痛いところを突くなぁ…」


話がなくて話題の一つとして持ち出されたそれは、彼にとって耳の痛い話でもあった。

ぽりぽりと頭を搔きながら、ぼそぼそと漏らすように話を続ける。


「俺の義父とうさん、もともとはSRシュタールリーゼの技術者だったんだ…」

「…あの人型の重機?」

「そう、だけど俺の物心ついてちょうどに事件が起きた。」


そういうと空を仰いでぽつりと言い放つ。


「ワシントンの悲劇…」

「…?」

「それに使われたSR、パルクール競技用としてうちの義父が納品したもんだったんだ」


その目はどこか遠くを見続けたまま、淡々と話し続ける。

物心ついたばかりと言ったにもかかわらず、彼はよどみなく続けた。


「義父が泣いたところを見たのは後にも先にもこの時だけだった。義父は責任を取って辞めるつもりだったが、軍から声をかけられてしまってね。」

「…それで?」

「義父はいつだって人のためにSRを作ってた。それを汚された義父は復讐のつもりで軍用SRの開発に参加した。もちろん、正しいとは思ってなかったらしいけどね。」


その時、通りかかった通りの奥に基地が見えた。

一瞬何か衝突するような音_軍用SRであるAGの足音_がうっすらと彼らの会話を区切るように響きわたる。

通りを横切ることで、その音は聞き取れる大きさではなくなっていった。


「その開発のため、そしてそれで俺がいじめられることのないために家族そろって世界を股にかけて引っ越し続けたんだ。一回ここにも来てる。」


「そう…なんだ…」


そこまで聞くとカレンは俯きながら、静かに彼の後ろをついて行く。

気づけば前に来た遺跡の近くにまで、知らずのうちに足を進めてしまっていた。

特に考えることなく歩いていたせいだろうが、一度の旅行中にわざわざ同じ場所に二度行く人など、そこが気に入ってる人間でもなければ損した気分だろう。

気まずくなった空気をほぐそうと、あわててエアルが切り出す。


「…何も考えずにこの前の遺跡まで来ちゃったけど、引き返そうか…」

「いいよ、もう一回行こう」

「…お言葉に甘えて…」


彼女がそういってくれるのなら、と彼らは坂道を上り続ける…



「またこの遺跡に二人で入るなんてね…」


木々のさざめきの中、二人は端末を片手に遺跡の中に入っていく。

風向きも日差しもあの日と大きく変わらぬ道を行く。


「今日は周りを見ながら行くから…」

「了解、こことかどうかな?」


エアルはパンフレットの一角を指さす。

エアルの顔と自分の顔の距離も気にせず覗き込むように見るカレン。

一瞬たじろぐも、カレンが気にしてないようなのでそういう人なんだな、と独り言ちながら続ける


「…昔、ここに食物を置いておくと腐敗が遅くなるってことに気づいた人が食料倉庫を作ったんだ。時間の異常と気づくことはなかったみたいだけど」


「わかった、そこにいこう」


ゆっくりと遺跡を巡ろうとしたその時、包んでいた静寂は突如轟音に押しつぶされて消えていった。


~数十分前、町西部の監視塔~


「曹長、またその本読んでるんですか?休憩とは言え読み過ぎですよ?」

「いいだろ。何度読んだって面白いんだからさ」


当直でない兵士たちが休憩室に集まる。

監視とはいえ戦時ではない今、監視に動いてない者たちにそこまでの緊張はなければする義務もない。


「知ってる物語を何度も読んで飽きない曹長が羨ましいですよ」

「分かった分かった。コーヒー持ってきてくれ。」

「ハイハイ」



その認識はついぞ変わることなく


「持ってきましたよ曹長…曹長?…おい誰か!狙撃…っ」


この世界は彼らに牙を剝く



スクランブルの警報が鳴り響く基地

予兆こそあれど唐突に破られた平穏は、兵士を戸惑わせるには充分だった。


「この町に何の恨みがあるんだ賊は!」


「さあな!?文句言ってる暇あったらとっとと乗れ!アモル!」


そんななか、その予兆を感じていたアモルもまた戸惑いはしていた。

この基地に標準配備されているACH-05 ミラムが並ぶ中、アモルもまた愛機のセットアップを済ませながら彼は思考する


(監視を本部への連絡をさせないまま仕留め、そのまま機甲戦力を電撃的に市街地に進軍させる…ただの賊じゃない。練度の高い兵、特にスナイパーなんてPMCか軍隊から引っ張ってくるしかない…。)


〔セットアップ完了、メインフレームオンライン。スクランブル認識、出撃用意を。〕


システムのメインフレームのセットアップが終了し、AIが合成音声で報告を開始する。


「アモル。ジャッカル2出るぞ」


『ジャッカル2出撃!ゲート開けろ!!』


午後の日が愛機、ミラム・サーペントを照らす。

これから飛び込むのは惨事の真っただ中、町に住む人々が避難をする中で彼らを庇いつつ戦闘することになる。


(町を襲ってまで賊のバックは何がしたい。ただの略奪だったら拍子抜けだぞ)


ミラム・サーペントはローラーとスラスターを全開にして戦場へと身を投げうっていく。

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