夏の到来

「今日から夏休み。終われば2年か…」

「相変わらず気が早いな」

「新学年だぞ。ったりめーだろエアル。」


 友人のヨアキムとたわいない会話をしながら校門まで歩んでいく。

 今さっき今年度最後のHRを終えて、学校内のほとんどの生徒が帰路についていた。


 校門で友人と別れ、しばらくは来ることのないであろう校舎を背にいつも通りの道を歩く。

 彼の言った通り今日から夏休み、終われば2年に進級する。


 日の暖かみを感じながら、のんびりと人気の少ない通りを歩く。

 背丈の低い街並みはここのいいところだと思っている。

 観光に訪れる人が多いこの町はそれに合わせ、落ち着いた雰囲気にしようという配慮だそうだ。

 家に帰った後は片付けと身支度して、バイトに行こう。


 この町、テンポシルワの観光で一番有名なのは、少し山を登ったところにある遺跡。そしてそこは俺にとってお気に入りの場所だ。

 その場所でバイト出来るのは、割と幸運だと思う。

 大昔の神殿として、文化的価値があるそうだ。

 古代ローマなんかよりもさらに古く、神殿の概念が出始めたくらいの昔だ。

 白い石といった高貴そうなものもない時代だったのだろうか。質素で飾り気のない石に、その代わりと言わんばかりの彫刻が施されている。


 だが、ここにはそれだけではない何かがあるということが分かってきたらしい。


 山道を登り、その遺跡に向かう。


 とはいってもその入り口、観光客の確認をするための施設が今の目的地だ。

 バイトとは言ったが、正直実態は家族営業の手伝いみたいなところがある。

 遺跡の入場管理を叔母が行っているのだ。

「叔母さん、来たよ。」

「いらっしゃーい、エアル。…今日もあまり人が来なさそうだから暇だけどね…」

「平日じゃあそうだよね。しばらく出歩いていい?」

「何かあったら連絡するから、いってらっしゃい。」

「いってきます」

 窓口越しに会話して別れた。


 フェンス沿いに出来た道を歩いて、一番気に入っている場所へ向かう。

 少し強いが、心地よさを失っていない風が森を吹き抜けている

 遺跡ばっかり有名で、穴場になっている場所だ。


 森が開け、暗かった視界が明るくなる。

 その開けた視界に広がるのはあまり使われている様子のないベンチやテーブルだ、その背景に広がる山々だ。

 切り立った崖…というわけではなく、山にこぶができたような場所に出来たこの場所。

 すこし端に行けば町が一望できる。

 そこから見る風景が好きだった。

 だから今も端にある手すりに体重を預け、町を眺め黄昏ていた。



「本気か?」


『お前もそういうのに参加しろよ…いくら転校してきてここに疎いからって、何もしないのは損だと思うぞ』


家に帰り部屋でくつろいでいた俺は、突然電話を掛けられた。

奴が言うには、夏至祭に一緒に行こうとは言わないから来てみたらどうだとのことだ。

ふと、窓の外に目をやる。

既に白夜によって明るいままになった外に、時間間隔が狂う。

あまりその手のイベントには興味はないが、別段嫌いでもない。


「…ぁあ、分かった。長くはいないかも知れないけどな」


『その間に絶対合流してやるぜ…』

「俺に気でもあるのか?」

『そう言うのじゃねえからな!』

「…」

『…黙るなよ凹むだろ!!』



とはいえど、祭りは一週間後である。

夏休みに入ったとたん人が増えるわけではないが故に、今日も客足はない。

それは俺のが暇なの事と同義である。

故に俺は一番人が来ないであろう昼時に、先日同様に空を眺めていた。

昨日の電話を思い出す。

そう…俺は去年ここに越してきた。

家族が少し前まで国をまたいであっちこっち引っ越し続けて、今年になってようやく落ち着けることになったのだ。

引っ越し続けてきた理由を考えるたびに…


 そこまで思考したとき、草に覆われた地面を踏みしめる、そのかすかな音が聞こえた気がして、なんとなく振り返った。

 そこにいたのは10代中盤くらいに見える少女だった。

 振り返られるのが想定外だったのか、少し戸惑っているように見える。

 客足すら少ないであろうこの日に、さらにここに来るなんてなんてレアだろう、と俺も驚いた


「…邪魔…した?」

「いえ、気にしないで。」


 俺はそういって彼女の方に歩みだす。

 あまり見かけない銀の髪をショートにして、ワンピースに麦藁帽というシンプルな服装だった。

 このまま終わるのも悲しいので話を続ける。


「ちなみにどうしてここに…?」

「どう、して?」

「ああ…あまり人が来ない場所だから気になっちゃって。」


 正直話すのは得意じゃない。

 見ての通り何かうまく伝えられてない感じが否めないのがいい証拠だ。


「…この町の人かな?それとも観光に来たの?」

「…うん、観光。」

「じゃあ、遺跡は見たの?」

「ううん、まだ…これから見るところなの」


 お客さんだと分かったからには案内せねば。

 そういう仕事なのなら、するに限る。


「実は俺、案内役なんだ。よければ案内するよ」

「…お願い」


 一拍空く返事を、少し悩んだ後と解釈して連れていく。

 引き返すように入場口まで歩いていく。


「…あら早かったわね…そこにいるのは彼女?」


 叔母さんはにやにやと意地悪そうに問いかけてくる。

 相変わらずこういうからかいが好きだなぁ…


「女子とかかわるとすぐそういうんだから…お客さんだよお客さん。奥まで案内するから【あれ】貸して」

「はいはい、悪かったから。」


 充電スタンドから古めかしい端末を取り出し、手渡してくれた叔母さん。

 ありがと、と短く返し俺は再度少女と一緒にフェンスのところまで歩いて行った。


「この先入れる時間は限られてるから、行きたい場所とか順番とかあらかじめ決めておいて。パンフレット持ってる?」


 少女は黙って首を振る。そんな彼女に俺は地図が載ってる小さめのパンフレットを手渡した。

 要点や見どころがまとめられているので、これを見ればどこに何があるか分かり、必然的にどこに行きたいかも定まるはずだ。


「…どれくらいなの?そこにいれる時間。」


「1日30分。時間がきたら入口まで戻ってもらわなくちゃならない決まりなんだ…そもそもあんまり人が入るべきじゃないらしいし。なんで観光地として立ち入り可なのか…」


「ふぅん…」


 そうすると、決めた、といわんばかりにパンフレットをたたんで入口の前に立った。

 どうやら行く準備は出来たようだ。


「その持ってる端末で位置と時間がこっちにも送られてきてるから、時間が来ても出てこないとそっちに行くことになってる。行ってらっしゃい。」


 案内といってもこの入り口から先は僕もあまり行く場所じゃない。

 たまに時間を忘れてこの中に居続けるお客さんを引き戻しに行くぐらいだ。


「…一緒に来ないの?」





「…えっ」



 ◇


 大して人のいないこの森に響き音は決して多くはない。鳥のさえずり、葉のさざめく音、動物が草をかき分ける音。

 その中に二人分の地面を踏みしめる音が加わっても、その静寂さを大きく変えることはない。


「…まいったな。俺、別に遺跡に詳しいわけじゃないけど…」

「知ってる。さっき聞いた。」

「…なんか…ゴメン。」


 最初に案内するといったのが原因だと彼は分かってはいた。

 ついていくくらいしかできることはない。その事実が彼の中に僅かばかりの罪悪感を生んでいた。

 だが、いくら同伴のような形とはいえ久々に見るためにこの中に入ったせいか、少し新鮮だった。


「ああ、そういえば言い忘れてたね。なんでここにいていい時間が決まってるか。」

「ここだけ…少し時間がゆっくり流れているのね…」

「え、なんでわかったの?」


 先に答えを言われ驚くしかない。

 普通に考えてここだけ【時間が遅くなっている】なんてまず思いつかない。


「これに書いてあった。」


 そういって彼女はパンフレットを手に取る。

 そういえば注意書きの欄に書いてあったな…


「そうだった…」

「それに外よりも風の流れが強いから…」


 速度とは計算だけで言えば、距離を時間で割ったもの。つまり外から見て同じ速度でここを通過しようとすると、この内部から観測した場合速くなるのだ。

 風が強くなるのは外の風がそのままの外と同様に流れようとするのに対し、自分たちの時間が遅くなっているためらしい(と言っても、外側からの影響によるものなので木や空気自身などの抵抗の分遅くはなっているが)


「時間がない、早く行こう」

「あ、ああ…」


 ずんずんと迷いなく進んでいく彼女にエアルは駆け足でついていく。

 行きたいところなど既に決まっていると言わんばかりのその堂々とした、だがその見た目故に幼い足取り。

 エアルはその姿に何とも言えない違和感を覚える。


 そしてたどり着くいたのはこの遺跡の一番奥にある神殿と言われている場所。

 人工物と分かる大理石の柱は、苔が所々についているものの、むしろそれが神聖さを増しているようにも思える。


 その柱に手を当て、静かにたたずむ少女。

 その姿にエアルは話すはおろか近づくことすら無粋に思えて、じっとその場でその様子を眺めつづけていた。

 木々のさざめきと鳥の鳴き声だけで満ちていたその空間に、突如電子音が響き渡る。


 エアルの腰に下げていた端末が、残り時間が半分を示していたのだ。


「ほかに回るところはないかな?」

「…はい…」

「早く出る分には問題はないけど…帰る?」


 少女は小さくうなずく。

 彼らは来た道を引き返していく。


「そういえばお父さんとかお母さんとかはどこにいるのかな?」

「…あまり言いたくない…」

「…そ、そうか…」


 話を切り出そうとするものの、あまり家庭の事情に首を突っ込むのはよくないと思い引っ込んだ。

 もう出入り口はすぐそこである。

 まっすぐ行って帰るせいか、かなり時間が余ってしまった。


「…ここまでくれば大丈夫そうだね…帰り道分かる?」

「わかる」

「そうか…俺はこれを返してくるから」


 ゲートをくぐりながらエアルはそういって端末を取り出す。

 それを見た彼女は分かったと言わんばかりに帰路につき始めた。


 その姿を見た時、エアルがハッとしたように声をかける。


「ちょっと待って!」

「…?」


 振り返った少女にルアルは駆け寄り、一枚の紙を出す。


「あの空間から出ると、時間のズレで体内時計が狂って体調が悪くなる時があるんだ。もし旅行中に体調が悪くなったらここに書いてある病院に行くと対応してくれる。気を付けてね。」

「うん…あなたは…?」

「なに?」

「あなたは調子悪くしたことないの?」


 小首をかしげて問いかけてくる少女にアモンも同様に首を傾けた。


「いやぁ…昔から結構ここに来るんだけど、不思議と具合悪くなったりしないんだ…親がそろって寝込んでも俺だけ無事とか」


 エアルにとってもこれはいつまでたっても疑問でしかなかった。昔ここに遊びに来た家族と一緒に回って時間ぎりぎりまで中に居た時に、周りは体調不良になるにも関わらず自分はピンピンしているのだ。


「そう…そういえばあなたの名前は…」

「そういえば名前すらお互いに知らなかったんだ…エアルだ…君はなんていうの?」


「カレン…」


そうはっきりとした口調で言った後に彼女はまっすぐ彼を見つめる


「もしかしたらあなたは…」


少しの沈黙の間に風が僕たちを撫でて、消えた。


「…なんでもないわ。また会えたら…よろしく。」


そうやってカレンは背を向けると、そのまま立ち去って行った。

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