時の神


「なんだ!?何が起こってる!?」


 エアルは前触れもなく訪れた轟音と振動に思わずあたりを見回す。

 木々の間から見えた大きな影が目に映り、彼は気づく。


「AG…なんでこんなところまで兵器が入ってきてるんだ?」


 その時カレンは何も言わずエアルの手を引っ張り走りだした。

 その力は彼女の見た目に似合わないほど強い。


「な、なにを…!!!うわっ!!」


 その直後エアルがいた場所をAGが莫大な熱を吐き出しながら高速で通り過ぎていった。

 カレンが手を引かなければ彼はAGそのものに押しつぶされた後、ローラーでミンチにされていた。

 彼女はその手を離すことなくどんどん彼を森の外へと引っ張っていく。彼もそれに従い走る。


「ど、どこへ行くの!?」

「いいから!!」


 そしてたどり着いたのは、エアルのお気に入りの場所だった。

 だがその手すりの向こう側にAGが回り込み、そのカメラアイが二人を射抜いた。


「っ!!」

「おい嘘だろ!!」


 彼らの目の前にいるAGは、アジアで大量生産されたが、既に一世代前のものでPMC(やテロリスト)に払い下げが行われているCAG-003、通称レパール。



 頭部に対歩兵兼ミサイル迎撃用機銃が装備されている


 テロリストが自分の好みに塗りたかったのか、緑の下地に赤いラインが入った頭部、そこにある目線と同軸に配置されたその機銃が今まさに放たれようとしていた。


 しかし、轟音と共に弾丸がレパールの背中に突き刺さり、内部構造を破壊して丘に機体を叩きつけた。

 フレームをゆがめ上半身のそのさらに上半分を悉く破壊した結果、頭部が勢いよく千切れ飛ぶ。

 しかし着弾の衝撃でトリガーが引かれたのか、その操作を受け付けたままの頭部から狙いもなく機関砲を彼らの周囲に降り注いだ。

 エアルもカレンも身構えることしかできず、降り注ぐ弾丸にから視線を逸らして目をつぶることしかできない。


「うわぁあああああ!!!」

「っ…ぅうう!!っ!」




 地面を耕す轟音が収まり、エアルは目を開く。



 以前気に入っていた風景は見る影もなくなっていた。

 ベンチやテーブルは瓦礫と化し、あたり一面の地面には弾丸が突き刺さっている。

 彼は自らの幸運に安堵しながらカレンを振り返る。


「くうぅう…」

「カレン!!大丈夫!?」


 右肩と右足の脛から血を流し、座り込んでいた。

 出血量も決して少なくない。


「直撃じゃない…弾に弾かれた石とか…」

「そんなこと言ってないで逃げなきゃ!」


 そういってカレンを背負うエアル。

 ただ急いで逃げる、その思考に必死になっていたエアルにカレンは耳打ちするように語りかけた。


「この丘の真下に…逃げ場があるから…そこに…」

「ここの下…!?なんでそんなことを…」

「いいから早く!!」


 言われた通り慎重に丘を下る。

 丘の斜面と山肌が交わるところにまで達したとき、カレンが「丘に沿って進んで」と囁く。そこの境目は爆弾で吹き飛ばされていた。そしてその中心部からは…


「な…なんで…」


 金属質の通路が、階段が露出していたのだ。



 ◇

『敵はAGしかいない!一気に叩き出せ!!!』


 アモルは熱のこもった声をはこぶ無線を聞き流しつつ敵AG隊に吶喊する。

 背の高い建物がある町中心部にいる敵は目の前にいる5機が最後だとアモルは思い返す。


 彼の愛機であるミラム・サーペントは定点射撃を行う敵機関砲兵装備のレパードを攪乱すべく右に大きく飛びあがる。

 巨体が右の建物の側面に【着地】し、ブースターで自機を壁に押さえつけながらローラーで重力を無視したかの如く駆け抜ける。


[ウォールラン]


 壁を蹴ることいった立体的な動作を行う違法改造SRの上を行くため、軍用であるAGに与えられた能力。


 確かに敵もAG、使うことは可能だが、寄せ集めで初心者のランナーにこれを効率的に使うのは難しい。

 どの壁をどの順番で進んでいくと効率がいいか、被弾率が下がるかなどの判断力が問われるからだ。


『こ、これがAGの動き方だってのか!!』


「素人が思い上がるな。」


 一度左の壁に飛び移り右側のビルの切れ目を躱すとまた右側に飛び移る。

 その変幻自在な動きに対AG戦闘の経験が薄い敵機関砲は全く捉えられない。

 距離が敵先頭AGの約20mを切ったところでウォールランをやめ、宙を飛びあがるミラム・サーペントのアサルトライフルが火を噴く。

 最後尾でこちらを撃とうとしていたレパードの左脚部が数発の被弾を受け関節部が崩壊、仰向けに崩れ落ちた。

 そこにサーペントが着地、自らの慣性を利用することでスケートボードのように扱われ下敷きにされたレパードの背面はグズグズに破壊された。

 サーペントは減速しきる前にアサルトライフルを左手に持ち替えて、振り向きながら機関砲装備機を背面から射撃する。

 装甲が厚いとは言えない背面からの射撃であっけなく機能停止した仲間を見て、周りに居た残り3機がサーペントに向けて集中砲火


 する前に吹き飛ばされた。

 サーペントから見て左側の機体はジャッカル1の指揮官仕様ミラムの体当たりで体勢を崩された後、コックピットブロックに銃を突き付けホールドアップ。

 右側2機はショットガンを至近距離で一発づつ丁寧に撃ち込まれて破壊された。


「ジャッカル2、二機連続撃破おめでとう。」

『いや、隊長の方が手際いいよ…撃ってないから弾節約してるし』

『ジャッカル2が敵の視線を引き付けてくれたおかげだよ。君も二機墜としてるしな』


 中心まで入り込んだ敵を排除し終わり、さらに全体の状況を確認するために無線のチャンネルを変える。


『ルーク《戦車隊》1からルーク各隊へ!市街地から追い出せ!あと一歩だ!』

『森に押し込めろ!!もう少しで空の支援が来る!』


 市街地のそこらかしこから砲撃が行われ、森林のAGに降り注ぐ

 ちなみに先程エアル達の前に立ちはだかったレパールを撃ったのも、ここにいる戦車の一台だった。


『このままなら何とかなりそうだな、アモル。』

「さあな。あとコールサインで呼べジャッカル3。」


 彼らは戦車隊による前線の押し込みが終了し次第森に突撃、包囲殲滅。

 その先鋒としてジャッカル小隊はいつでも飛び出せるよう構えている。


「…いくら何でも攻める気がないんじゃないか…」

『こちらジャッカル1、今スコープで確認したが、確かに森から出てこないな…ジャッカル2、どう思う』

「目的は町じゃなく森…町の外縁ギリギリまで出て攻めあぐねているふりをしている…っていうのは」

『ジャッカル2、あの山に目立ったものなんてないぜ!目的があの森の中ってのは考えづらいが…』

『遺跡はある。逆に言えば現状それくらいしかない』


 しかし小隊会議は衝撃的な通信で終わらされることになる


『マザーからジャッカル小隊!聞こえるか、緊急事態だ!』

『ジャッカル1からマザー。何事だ?』


 あわただしい様子の基地司令部マザー、しかしそれは数秒後俺達にも伝染することになる。


『ルーク5が遺跡付近に子供を見つけた!敵陣のど真ん中だ!』

『避難が間に合わなかったのか⁉』

「いや、ジャッカル2。避難警報すら聞こえる間もなく囲まれたんだ。あいつらに気づいたのは恐らく遺跡の最深部を過ぎたころのはずだからな。」

『しかも見失ったそうだ…まずい事になった…』


 作戦の変更は確定的だった。

 戦車の援護を受けながら突撃、敵をかき乱しつつ子供を救出…


 その思考を断ち切ったのは、山からの轟音であった。


『おいおい今度はなんだ!!』

「…遺跡か!!」


 その言葉に呼応するかのように、山の中から爆発したかのような土砂の煙幕が生まれた。

 その中から一つの物体が空を突き抜けるかの如く上昇し、天高いところで静止した。

 アモルは太陽を背負うその影を拡大する。


「AG…?」


 逆光により黒く塗りつぶされているその姿は、確かに人型であった。



 彼の目の前で急変した事態はさらに転がった。

 まるで、手を滑らしたボールをまた取り損ねてしまうかのように、彼らは状況という名のボールに弄ばれていくのだ



 ◇


「いったい…どこまで…はぁ…はぁ…」


 いくら細身の少女だとしても、背負って長々と階段を下り続ければ疲れる。

 それに加えエアルはお世辞でも運動が得意とは言えない。


「もうそろそろ…だから…ぅ…」


 だからと言って立ち止まることも許されない。

 彼の背中には怪我をし、それでもなお背負って連れていけというカレンがいるのだ。


 埃にまみれ古い雰囲気を漂わせるが外観は近未来のソレである階段。

 殺風景で単調な、それでいて苦痛な時間も終わりを告げた。

 降りきったすぐそばにあからさまに金属質な扉が立ちはだかる。


「開くのか…?」

「私が開けるから近づいて…」


 一瞬目を見開くも、言われるままに彼女を背負ったまま扉の前に立ち、彼女に扉のすぐ横にあったパネルを操作してもらう。

 何の迷いもない指使いでパネルにキーワードが入力され、扉を開かせた。


『怪我の具合は大丈夫ですか!?』


 扉の先にある部屋からスピーカーで発せられたような声が響く。

 その音の方向に目を向けるエアル。


「AG…?にしてはやけに大きい…」


 一般的なAG、および重機のSRは5m前後に対し、目の前の巨像は座っていて同じくらいの頭頂高がある。

 9mはあるのではないだろうか。


『あなたかカレンを運んでくれたのですね。』

「…あ、僕のことですか?」

『当然です。彼女に変わって感謝を述べさせていただきます…ってそれどころではないですね!早く私に搭乗してください!!』


【私に搭乗】という言葉に思わず首をかしげるが、乗れと言わんばかりに差し出された手に反射的にエアルは乗った。

 巨人の胸元が前にスライドし、首のすぐ下あたりにコックピットらしきものが露出する。

 胸のスライドしたハッチの上に飛び移り、導かれるままに入ろうとしてカレンが後ろにいることを思い出す。


「…いったん私は置いて先に乗って。下で私を受け止めればいいから…」

「わ、分かった…」


 一旦カレンを巨人の掌に乗せ、自分はコックピットに入っていく。

 すると、巨人の手でカレンがエアルの座っている上から座るように下ろされた。


「後は私が…ぁぐ!!」

『無理はしないでください!!申し訳ございません、少年、あなたの名前は?』

「…エアルです」

『エアルさん。少しだけ手を貸して頂けないでしょうか。操縦を一部で構いませんので行っていただきたいのです。』


 その言葉で一瞬固まってしまった。


「お、俺がですか?…っていうかあなたはどなたですか?」


 流れに乗せられるままでいたせいで、コックピットにいると思われた声の主がいないことにこの瞬間まで忘れていた。


『あ、申し遅れました。当機…あー…アンゲルスフレーム、カイロスのアシストAIです。機体同様カイロスと呼んでくださって構いません』

「この機体そのもの…?って俺は初めてあなたに乗るんですよ!?操縦なんて…!」

『できる限りオート化します。ですが、すべてを私によるオート操作となると全力が発揮できません…なので、出来る限りオート部分をなくしたいのです』

「…できる限りサポートするし教える…だから、お願い…」


 …彼は悩んだ。

 エアルは兵器をあまり快く思ってはいない。

 戦わねばならないときはあると理解しているが、兵器に振り回された半生が兵器に純粋な嫌悪感を齎していた。


「このままでいても死なないことには死なないんじゃないんですか…?」

「…エアル!?」


 だからこんな情けない言葉も吐いてしまう。

 情けない事を言ってる自覚は彼にもあるのだが、これから出るのは確実に戦場だ。

 ただの一少年が出るおとぎ話を現実にやる覚悟はない。


『…申し訳ありませんが否定させていただきます。』

「え…?」

『敵の狙いは当機、カイロスです。しかも傍受した情報では、PMCと思われる兵にこちらを鹵獲するまでの間破壊したものに報酬を支払う歩合制で給与を支払うというような内容もありました。』

「それって…」

『私達が出なければ多くの人が死にます。』


 あり得ない。

 そんな非現実的な話などあってたまるか。


 だが、嘘だとしても。

 例えこいつらの都合で働かされる口実だとしても。


「…やってやる…!やりゃいいんだろ!!!」


(この際復讐してやろう。)

 彼の目は怒りに満ちていた。

(俺の人生を振り回したテロリストやらの鉄の巨人達に八つ当たりしてやる!)

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