8章・2節

 気が付くと透は原っぱにいた。

 空には星が瞬いている。それに、何か蛍の様な淡い優しげな光が空中を舞っていた。

 とても幻想的な風景だ、と透はそれを見て思った。

「滋丘!」

 声がした。その方向を振り向くと、そこには土門が驚いた様な顔で立っている。

「土門君?」

「ああ、そうだ」

「ここは?」

「坂道上がったとこだ。覚えてないのか?」

 透は周りを見回す。確かに、そこは神殿が姿を見せる前、最初に坂道を登った先に見た風景と同じであった。

「気が付いたか」

 女の人の声がした。透が振り向くと、そこには真羽が立っていた。

「よお」

 真羽は友人にでも会うかの様に挨拶すると、戸惑いながらも透は軽く会釈を返した。

「もっと自信を持っていいんだぞ。お前はそれだけの事をしたんだ」

「は、はい。え、という事は」

「ああ。門は完全に閉じたよ。さっきの巨人ももういない。お前がやったんだ」

「そう、なんですね」

 透にはあまり実感がなく、今でも周囲の光景と相まって少し夢心地の様な気分であった。

「何だ、まるで他人事みたいだな」

 真羽は可笑しそうに笑う。

「あっ」

 思い出した様に透は声を上げて周りを見回す。

「イツキは」

「いますよ。ここに」

 背後から声がした。透は振り向いて、顔を綻ばせる。

 そこには、いつもの様な笑みを浮かべたイツキがそこに立っていた。

「よかった。イツキ」

 透はほっと安堵したのも束の間、、透は目を見開いた。

 イツキの体はぼんやりとだが、しかし確実に透けていた。

「イツキ、体」

「え」

 言われて、イツキは自分の体を見る。そして、「ああ」と軽く笑った。

「さっきの傷が私に応えたみたいだ。どうやら限界が来たみたいですね」

「それって、もしかして」

「ええ、ここでお別れです」

「え、何で」

「何せ神様と戦いましたし、それに、思わぬ伏兵にも会いましたからね。仕方がないかと」

「嘘、そんな、嫌だ!」

「何を仰るのです。私の様な者が上がり込んで、心休まらず迷惑だったでしょう。やっと解放されるんです。もっと喜んで下さい」

「何言ってんの! 質の悪い冗談なら辞めてよね。じゃないと、百万回はたくんだから」

「それは勘弁して下さい。痛いのは苦手です」

 透は言葉を失う。少しの間、誰も言葉を発さずに沈黙の時間が続いた。不意に、透が意を決した様に、しかし恐る恐る口を開いた。

「……行っちゃうの?」

「はい」

「そう。分かった」

 そう言うと、透は俯きながら立ち上がった。

「トオル」

 イツキは透の名を呼ぶと、透は顔を上げてイツキの元へとつかつかと歩いて行き、手を差し出した。

「握手」

 一瞬目を丸くしたが、イツキは差し出された手を握り返す。

「ひょっとして」

「何よ」

「泣いているのですか」

「泣いてない」

「泣いてるじゃないですか」

「泣いてないってば」

 透はむっとした顔をしたが、すぐに機嫌を取り直した様に笑みを浮かべた。

「まあいいわ。ありがとう。ほんと無茶苦茶な出会い方したけど、貴方が居てくれたから私は頑張れた」

「いいえ、私こそ。思えば色々と無茶な事をさせてしまった気がします。貴方と会えて本当に良かった」

「イツキ」

「はい。何でしょう、トオル」

「こんな事言うの変かもだけど、元気でね」

 そう言われたイツキは少しだけ目を丸くして、そして微笑んだ。

「はい、トオルこそお元気で」

 そうして、イツキは消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る