7章・5節
イツキが外に出ると、神殿の外にクロエが立っていた。
神殿の外は時が止まった場所であるかの様に、風も全く吹いていない。それはまるで、クロエの存在に周りの木々、自然が畏怖しているかの様であった。
「そういえば坊や。貴方みたいなのに会うのって随分と久し振りだった事を思い出したわ」
「私みたいなのとは?」
「デイモンみたいの。遥か昔に見たきりだから。坊やはこの国のそれとは似て非なるものだけど」
「成程。なら私も神霊などは久し振りに見たよ。たまに信心を起こして神社等に行ってみてもうんともすんとも言わないから」
「ご愁傷様。きっと坊やが不信心な気持ちで行くからあいつら顕現してくれないのよ」
「それは参ったね。お賽銭もしたというのに、それではあんまりだ」
「それなら必死に拝みなさい。そしたらお情けくれるかも」
「二礼二拍手一礼、並の日本人よりも懇切丁寧にやっているつもりなのに」
「不信心で全て台無しにしてるのよ。奴らそういうのに目聡いのから。多分」
「それは難しいね。心の中は思い通りに出来ないから」
「禅寺でも行けば?」
「木の棒で叩かれるのは御免だ。それより、君は随分と日本の神様を知っている素振りだね」
「さっきの話から無理やり過ぎないかしら? まあいいわ、神様って寛大なの。だから聞いてあげるわ。何が言いたいの?」
イツキが手を振る。すると、そこにはいつの間にか一冊の本が握られていた。
「本? 何を――」
クロエはそれを見て、口の動きが止まった。
「君がそこまで驚くのは始めてだ。いいね、悪くはない」
クロエはそれを聞いてすぐに眉根を寄せる。
「とんだ泥棒猫ね。一体何処からくすねて来たの」
「まさか、盗んでなどいない。これは先日とある魔女から借り受けたものだ。何でも、偶然知り合った勤め人の男から借り受けたらしい。男はとても驚いていたそうだ。男もこの本を愛好していた一人だったが、あくまで無名の、しかも少部数の同人誌、何故その名前を知っているのかってね」
「そういう事」
クロエは理解した。何がどのようにしてイツキの手にその本、『ロスト・ミソロジー』が収まる事になったのかを。
「君が神霊の類だという事は朧気ながらも感じていたから、古今東西の神話を漁ったよ。だけどクロエなんて神様はどの神話体系に存在もしなかった。それもその筈。クロエとは、法水京一郎が創作した女神の名だからだ。この『ロスト・ミソロジー』という本に登場する本のね」
「よく辿り着いたわね、坊や。でもまだ足りない」
「ああそうだね。何で創作上の架空の神性がここに存在しているのか」
「ええ、そうよ。クロエは空想上の存在の筈。何故それがここにいるのかしら」
「簡単な話だ。手法は式神に近い。つまり、元は別の存在であった神霊の君に、クロエというキャラクターを貼り付けたんだ。そうする事で、架空の存在であった筈のクロエが誕生した。どうかな、間違っているならご指摘の程を」
「何だか癪に触るけど、でも正解よ。私は元々希薄な神性しか持ち合わせていなかった。今風に言うと、今いちキャラクター性の薄い神様だったの。だから、何かのキャラクターの皮を被るのには相性がばっちりだったのでしょうね」
「成程ね。だが、墓穴掘ってしまったね。君は腐っても神霊だった。名も知れぬ神様でも、十分私にとっては脅威だったのに。君はクロエというキャラクターを
「だからどうしたというの?」
「今の君は、一時間もあればこの街くらいなら更地に出来るだろう。いや怖いね。そう考えると神様というのは、やはり馬鹿げている。だがそんな君でも、私には勝てない。何故なら、君は私に弱点を掴まれているからだ」
「面白い事を言うのね、坊や」
クロエの周りに、彼女を守る様に剣と盾が無数に展開する。そして、クロエの周囲の空中に、いくつも魔法陣が浮かび上がった。
「弱点を掴んだから何だっていうの。人間より幾らか上等とは言っても、所詮はデイモン。謝るなら今の内よ。今なら半べそかかせるだけで済ましてあげる」
「まさか、勝利への確信があるのに、謝るわけがない」
イツキが本を持っていた手を振る。すると、一瞬にして本は脇差程度の長さの短剣に入れ替わっていた。
イツキは不敵な笑みを浮かべている。
「……油断なんか、してやらないから」
クロエは淡々と言った。
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