3章 闇夜の死闘

3章・1節

「あー眠い」

 透は呻くように呟いた。

 時刻は既に昼を回っていた。透はいつものように人混みの出来る学食に行き割安な定食を頼んで定位置の席に腰を下ろす。定位置、といっても透にとってのお気に入りの場所というわけでもなく、カウンターから一番離れて陽の当たらない場所がよく空いていたのでそこに座るようになっただけである。

「透、いつにもまして気怠げね」

 一緒に学食に来ていたクラスメイトの花山はなやまは呆れたように言った。女の子にしては比較的大柄な花山の前にはカツ丼といちご牛乳が置かれている。

「色々あるとよ。乙女やけん」

 そう言いながら、透は野菜炒めを口に運ぶ。

「何で博多弁。しかもわざとらしい。博多の人に怒られろ」

「残念。博多の人は器が大きいけん、そんな事じゃ怒らへんのよ」

「どうだか。てか次は関西弁だし。ていうか混ざってるし。せめてどっちかに統一しろ」

「えー面倒臭いんよ。ほら、多様性って奴を大事にしないと。これからはさ、グローバルなんだから」

「やれやれだわ。ねえ透、ハルは?」

 ストローでいちご牛乳を飲みつつ、花山は言った。花山は滋丘の中学の同級生だったが、中学時代特に二人は親しいわけではなかった。高校で同じクラスになった時に同じ中学というきっかけで話すようになり、今も度々今泉と一緒になって食事を取る事があった。

「何か部活の友達が呼んでるみたい。お昼なのに、大変だわ」

「吹奏楽だっけ」

「そうそう。ザ、青春って感じ。青春万歳」

「青春万歳って、あんたね」

 花山は呆れたように言った。

「まあいいや。そんな事より前々から思ってたんだけどさ、気を付けなさいよ」

「何に?」

「変質者とかに」

「何故に? 何で?」

「そりゃああんたみたいのが狙われやすいからさ。特に心構えもしてないだろ。いざという時に対応出来んぞ」

「いやいや。まさか、それはあの橘さんに言うべきでしょう」

「ああいう人間は自分が美人だって事を重々自覚しているものだから備えもあって却って襲われないのよ。一番標的にしやすそうなのはね、一見すると地味で自分なんか狙われんでしょ的なオーラ出してる感じの子。つまり」

「私って言いたいわけ」

「そういう事。只でさえ珍妙な事も起きてるし、少しは用心しときなさいよ」

「珍妙な事?」

 透は少しどきりとした。ひょっとすると、先日の一連の騒ぎ等が誰かに見られて噂になってしまったのだろうかと思ったからだ。

「知らない? っていうか見てない? 夕方さ、何か烏みたいのが学校の上飛んでるよ」

「烏、まあそりゃあ飛ぶでしょ」

「でも一匹だけ、まるで何かを探してるかのように飛んでるっぽい。ま、考え過ぎなんかもしれんけどさ」

 ひょっとして、この前の黒ずくめの男の仕業なのではないか。透はふと頭をよぎった。こちらの出方を伺っているのか、あるいは学校の調査を諦めていないのか。

「ちょっと前不審者の噂があったばかりなのに。しかも野球部の件に続けて、今度は不吉の前触れの疑惑ときた。あのさ透、ここってひょっとして呪われてる?」

「まさか。呪われてたらとっくに潰れてるでしょ」

「最近誰かに呪われ始めた。それなら潰れてない理由になると思うけど」

「考えすぎだって。偶々たまたま偶然が重なっただけだよ」

「ならいいけどね」

 そう言って、花山はカツ丼のかつに齧り付いた。

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