2章 ダイダロスの小箱

2章・1節

 夜、透は夢を見た。

 視界は青だ。街が青い炎に包まれた光景。色を除けば、それは小学校の平和学習の時に見たアニメ映画の空襲を彷彿とさせるが、青く燃え盛って崩れていくのは、現代の街。

 無論、それは透にとっては不愉快な夢であった。そしてこれまで何度も見てきたそれは、その絶望的な光景通り、決まって同じ不愉快な結末を彼女にもたらした。

 この夢にはいつも祖父の春之助が登場した。彼は、青いがどこまでも無慈悲で暴力的な炎から透を助けるのだが、しかし、いつも夢の最後辺りで力尽きて斃れてしまうのだ。

 何故こんな結末なのか。いつもこの救いようがない結末を透は変えたかった。夢だと分かっているのに、思うように結末を変えられないもどかしさに、透は苛立たしさを覚えた。

 こんなのは嘘っぱちなのに、どうしてこんな夢を見なければいけないのか。

 助けてほしい。誰か。お願いだから。

「はっ」

 透はベッドから身を起こす。汗をかいていた。手で汗に濡れた顔に触れる。

「ほんと、勘弁してほしい」

 カウンセラーでも行こうかしら、そう透はぽつりと呟いた。


       *


 透がイツキと出会ってから数日が経過した。だが、先日起きた事などまるで存在しなかったかのように、校内はいつも通りであった。やはりいつも通りの時間が過ぎていき、下校時間になったので、透は校門をくぐって帰ろうとした。

「滋岳」

 透は振り返る。そこには、短髪で顔付きにほんの少し幼さの残る男の子が立っていた。それは、同級生の土門誠つちかどまことであった。

「土門君。どしたの?」

 そう言って透は愛想よく笑う。土門は無言で傍まで近づいてくる。

「すまん、変な事聞くかもしれないが、最近何かあったか」

「え」

「何かさ、最近ちょっと様子が変な感じがするから」

「いや、別に何もないよ」

 そう言ってまた透は笑う。いつも通り振る舞っているつもりなのに。透は自身の学校での振る舞いを振り返る。

 うん、やっぱりそうだ。いつも通りだ。自分は目立ちはしないけれど、友達と呼べる人はいて、旬の俳優だとか、流行りの映画の話だとか取り留めのない話をしたり。

「そっか、ならいいんだけどさ」

「うん。でもさ、何でそう思ったのかちょっと気になるかも」

 是非とも聞いておきたい、と透は思った。自分では自覚出来てない異常がどこかしかに現れているのかもしれないと思ったからだ。そんな事で周りの人間にいらぬ心配をかけて、碌でもない事に巻き込むのだけは避けたかった。

「いいや、別に。ただ何か最近ぼーっとしてる事多いな、って思っただけ。すまん、変な事で引き止めて悪かった」

「ううん、心配してくれてありがとう。心配ついでに訊いてみるんだけど、土門君こそ、野球部、大丈夫なの?」

「ああ、あれか」

 土門は自身の後頭部を撫でる。

「全くもって問題ないって言うと嘘になるが、俺に関してはそんなでもないよ。俺自体は、関わってないからな」

「そっか、良かった。一応同じクラスだからまあ心配してたんだけど、敢えて聞きに行くのもあれかな、って思って聞けなかったんよ」

「一応、って何だよ」

「へへ、ごめん」

 土門は笑いながら言うと、滋丘も笑い返す。

「んじゃね、土門君」

 透は踵を返して校門へと歩いていく。

「滋岳」

 土門の呼びかけに透は再度振り返る。

「何か悩み事あったら、その、俺でもいいし別の奴でもいいから、ちゃんと相談しろよ」

 土門はそう言って、少しばかり目を伏せた。心なしか、少しだけ頬のところが赤みを帯びている気がする、と透は思った。

「ありがとう。っていうか土門君こそ、困ってたら相談しなさいね」

「よ、余計なお世話だ」

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