さよならマーメイド

隠岐メダマ

- さよならマーメイド -



 風の無い、暖かで雲のない、絵に書いた様な素敵な午後の事だった。辺りには人影もなく、喧騒も聞こえてこない。

 私は1人、この土日を利用して旅に出ていた。

  家に籠るのも落ち着くが、たまにはアクティブに行動するのも悪くはないだろう、と思っての行動だ。

 電車を2つ、バスを1つ乗り換え、目的地まで一直線に進んだ。

  バスを降りてからは歩きだ。

  歩道は歩きやすいが、太陽がジラジラと照りつけるのがどこか不快に感じた。背中にシャツがべったりと付いたのが癪に障ったが、気にせず足を進めた。

  向こうから犬の散歩をするおばさんに出会ったので、軽く頭を下げて挨拶をした。

  道中、林をつっきらなければならなくなった。

 どうやら、お目当ての場所に行くにはここを通らなければならないらしい。

  仕方がないので、僅かに残されたけもの道を頼りにして林の中を通り始めた。

  中は、先程よりは歩くのは楽だった。

  やはり日光があるのと無いのとでは大きく違う。

  また、湿気もあるからか、どこか涼しい風が吹いている気がする。

  そう思うと、私の足は軽くなった。

  何分かした後、出口にたどり着いた。

  向こう側から光がさしている、ゴールが近づいている事がわかるだけでも私の心は湧き踊った。

  私は駆け出す。

  出口には看板があったが、見ている暇なんてなかった。

  光が私を包み込む。

  目をハッと開く。

  そこには、ハッキリと絶景があった。

  まず一つ、辺りには、海が広がっている。ここは崖で、もっと端によればきっと視界全てが深い青に染まるだろう。

  二つ目に、これまた青く広がっている空だ。だが、海の色とは違う、淡い水色。とても美しいコントラストとなっている。

  どこまでも続く青は、私を包んで連れていく。

  私は、崖っぷちに立ってみた。この青の中に染まれられれば、どれだけ幸せだろうか?

  ふと、風が私の頬を撫でる。

  海風だった。潮の匂いが、私の鼻をくすぐる。

__あなたも、ここに来るなって忠告しているのね。__

 心の中でそう呟く。

  海というのは、偉大なものだ。

  海よりも前にこの地球を覆っていたマグマオーシャン以外、海と同等の勢力を誇った物は存在しない。

  さらに、全てを燃やし尽くし、死を意味するマグマとは対に、海は生命を作り出した。海は、全ての生命の還る場所、なのだ。

  神、と言っても過言ではないかもしれない。

  そんな神に、帰れと言われた。押し返す風が、私を優しく包みこむ。

  大丈夫だから。神はそうやって私をなだめる。

  唯一の味方の姿をそこに感じた。

  大丈夫。あなたのその言葉で、私は生きていけるのだ。

  気分が晴れた気がした私は、そこを立ち去ろうと振り返った。

  突如、鋭い痛みに襲われる。右腕だ。

  そこには、大きな火傷の跡がある。ついこの間つけられたものだ。

  神は、私を包んでなどいなかった。

__あなたも、私を守ってくれないのね__

  全てに裏切られた気分がした。再び海を仰ぎみる。

  先程まで私を包容した潮風は、傷口を広げる銃弾でしかない。いつの間にか、身体中の傷が悲鳴を上げている。

  私は全てを悟った。

  そのまま足を前に出す。

  もう一歩、前に出した。

  その瞬間、景色がブレていく。岩肌に足をぶつけて、血を流し、私は落ち続ける。

  今となっては、空も海も、同じ青に染まっているように見える。キレイなコントラストは濁り、美しい青と美しい色を足して、どこか汚らしくなっていたのが、どことなく面白かった。

  突如、視界は深い青に染まった。息が苦しい。必死になって海水を吸い込む私は、きっと愚か者でしかなかっただろう。

  視界が暗くなっていく。泡が私をくすぐる。

  私の火傷痕は、今も鈍く響いてくる。だが、そんなことは気にならない程に意識が遠くなっていった。

  視界が暗くなるのがわかる。

  力が抜けていく。

__嗚呼、あなたにだけは愛されたかった__

  はっきりとしない意識の中、そう心で呟く。

  私が零した涙は、広い海の一部となり、数多の海洋を駆ける事だろう。

 ……いや、違うのだろうか。

  私のどんな願いでも。

  優しく受け止め叶えてくれる。

  そんな愛も、きっとあっていいはずだ。

  それなら、私は……

  私はうっすらと目を閉じた。

  そうすれば、海と共になれると思ったからだ。あなたなら、私を抱きしめてくれると思ったからだ。

  私は青の中に落ちていった。

 純粋で、美しい青だった。

 やはり神は私を愛していた。

 最後の冗談は、自分でも驚く程に呑気だった。

 青は永遠に続いたようだ。

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