第8話 およそ30年前の話
コブラたちがキャンス王国を訪れるおよそ三十年前。
キャンス王国に一人の男が現れた。名をヤクモ=オフィックスという。まだ幼さの残る青年であった。赤い髪の彼こそが後にオフィックス王国の国王にして、キヨ=オフィックスの父となる男である。
赤い髪の男には従者がいた。旅の中で出会った、鋭い目をした凛々しい女性リザベラと、ヤクモの世話役として同行している落ち着きのある老人セバス。そして赤い髪の男ヤクモよりも幼く、生真面目な見習い騎士の少年グルドと、彼と歳の近いオフィックスからヤクモ王子が儀式を達成できているかを見届けるためについてきた貴族の娘ヒルデ=スタージュン。後にヤマトの義父母に当たる二人の計五人。
彼らはすぐさまキャンス王国の城へ向かった。
彼ら五人の来訪を国王カルニコスは歓迎し、豪勢な食事が用意された部屋に案内された。
「この度はオフィックスの王位継承の儀を行うためとはいえ、このような田舎に来ていただき誠に光栄でございます。ヤクモ王子」
キャンス王国の国王カルニコスは王とは思えぬほど腰が低く、自分よりもいくつも歳の幼いヤクモに対して深々と頭を下げた。
「いえいえ。そう頭を下げないでいただきたい。カルニコス国王。オフィックスは元々十二の国の円滑な関係を築くため、そして星の加護を得るために立国されたもの。我々よりも、周辺国の方が身分は上だと私は考えております。まして、私はまだ王位を継いでおりません」
「滅相もございません。ヤクモ王子。あくまでオフィックスが中央国であります。貴方は、これから、我ら十二の国の王よりも上に立たねばなりません。そのための『星巡り』でもあるのです」
「はい。私は必ず貴方たち国王たちの期待に添える王になってみせます」
ヤクモは胸を張り、カルニコス国王の目をじっと見つめ、覚悟を表した。
カルニコス王もそのヤクモの目を見て安心したように静かに鼻息を漏らす。
「なぁ、ごたごたした社交辞令はいいからよぉ。はやく星巡りの内容を教えろよ」
心地の良い静寂を破ったのはリザベラであった。彼女は行儀悪くカルニコスから用意された食事を貪っていた。
「これ、やめぬかリザベラ!」
「ちっ、うるせえ爺さんだ。わーってるよ。上品に。だろ上品に」
セバスに叱責されたリザベラは愚痴をこぼしながら座り方を整えて食事の所作を直す。
それでもまだ慣れていないのか小さな豆を皿から溢し、イラついて手で拾って口へ放った。
その一連の行動を見て、グルドが思わず失笑する。
その行動をリザベラは見逃さなかった。「おいグルド! 今あたしをバカにしただろう?」
「だってリザベラの姐さんが慣れないことするからおかしくって」
「あたしだってセバスやヒルデみたいに上品に食えるってんだ」
「無理無理! 姐さんにはヒルデの真似事はできないよ」
「んっ! んっ! グルド? 食事中に大声で話すのはマナーが悪いわよ」
リザベラと口論をするグルドを、ヒルデは恥ずかしそうに咳込んで叱責する。
「あ、あぁ。済まないリザベラ」
「やーい怒られてやんのー」
「お主も慎みを持たんか!」
セバスはグルドを笑うリザベラを小突く。
「セバス。叱責のためとはいえ、女性に手をあげるな」
「はっ、申し訳ございません。ヤクモ様」
ヤクモの言葉でようやく全員が静かになる。
「すみません。騒がしい連中でして」
ヤクモは少し恥ずかしそうに謝罪の言葉を述べて、カルニコスに対して頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろ、そのように仲の良いところを見て、この後の旅も安心というものです」
カルニコス王は落ち着いた様子で紅茶を啜る。ヤクモもそれに倣う。
「さて、そちらのお嬢さんが仰っていた星巡りの儀式の内容でしたね。話をすぐに本題へ持って行こうというその意思はとても素晴らしいものです。リザベラ様。あのままでは私は無駄話に花を咲かせてしまっておりました。さぞ教養のある人物なのでしょう」
リザベラは国外の山で自給自足の生活をしていた浮浪者であった。いまだに字は読めない。故に初めて言われた賞賛の言葉に恥ずかしくなって俯く。それを見てまたおかしくて笑いそうになっているグルドの腕をヒルデが誰にも見えないように抓った。グルドは誰にも聞こえない程度の悲鳴を上げた後、黙って食事を再開した。
「さて、では本題へ、このキャンス王国では王子の芯の強さを見せていただきます。そのために行う儀式とは」
「儀式……とは?」
ヤクモは固唾を飲んでカルニコスの言葉を待つ。
「我が国に伝わる守護竜との邂逅だ。守護竜から許しを得れば儀式は達成となる」
王の言葉に五人は呆然とした。
この世界にまだ――ドラゴンがいるのかと。
ヤクモ、リザベラ、セバス、グルド、ヒルデの五人はカルニコス王に教えられた祠があると言う洞窟へと向かった。
ヤクモは心躍らせながら洞窟の中へと入っていった。セバスもそれに従って歩く。
グルドは化け物がいると言う洞窟に少し怯えて足が竦んでいる。それを、リザベラが背中を思いっきり叩いて後押しした。
そんな二人を見守りながらヒルデも最後尾を歩く。
「いやぁー、暗いな!」
「松明でございます」
「おぉ、ありがとうセバス」
「大丈夫ですか? グルド」
「だ、大丈夫さ! ドラゴンなんて俺の剣で滅多切りにしてやりますよ!」
「お前にできんのかぁ~」
「姐さん、俺はやりますよー!」
「はいはい。できねぇ奴の言い分なぁーそれ」
「二人とも、声が響くからあまり大声で話すな。それに、斬る必要はおそらく無い」
ヤクモは前を見つめたままリザベラとグルドを制止する。
「どういうことですか? 斬らなくていいって」
「ん? ヒルデ。そもそもカルニコス国王から言われた儀式の内容は、守護竜から許しを得るというものだ。であれば、必ずしも倒す必要はないと私は考える」
「申し訳ございません。浅はかでした。まだまだ未熟であります」
ヤクモの言葉を聞いて自身を恥じたグルドは、頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
「いや、グルドの考え方も間違ってはいない。タウラスでの儀式も経ているからな。試練と言えば倒すことだと考えるのもおかしくはないだろう。もちろん相手の守護竜次第ではそうなる可能性もある。しっかりとその剣と心を研いでおいてくれ」
ヤクモの言葉に、グルドは目を輝かせた。意味もなく自分の剣の柄を持って胸を張った。
「リザベラも、もしそうなったら任せるぞ」
「あいよ。肉体労働専門なんでね。なんでもやりますよー」
五人は軽快に話をしながら洞窟を進む。
奥から少し光が見えてくる。まもなく祠がある場所に辿りつくのだろう。五人は身構えた。
「みんな、まずは俺だけに行かせてくれ」
光の先は広い空間となっていた。しかしその広さよりも、五人全員がその空間にいた巨大な存在に目を奪われた。
ヒルデが怯えて声をあげそうになるのをリザベラが肩に手を添えて落ち着かせる。
五人が見上げる存在。ドラゴンは五人の存在に気づき、睨みつけた後、五人を威嚇するために咆哮する。
風圧が五人に襲いかかる。ヒルデはリザベラの後ろに回る。
ヤクモは四人に「手を出すな」と身振りで伝えた。四人は静かに頷くと。ドラゴンを見つめたまま後退して、ヤクモだけがドラゴンに向き合った。
ドラゴンは咆哮する。後ろのヒルデやグルドはその風圧に圧倒されていたが、ヤクモは動じずじっとドラゴンを見つめる。
ドラゴンは大きく前足を上げ、ヤクモの近くへ振り下ろそうとする。
セバスが心配そうに駆け寄ろうとするも、リザベラがそれを止める。
ドラゴンの振り下ろされた前足は、ヤクモには当たらず、彼の皮膚はドラゴンが叩きつけたことによって飛んできた小さな土塊で汚れるのみであった。
それでもヤクモはじっとドラゴンの目を睨み続ける。
ドラゴンは再び咆哮する。そして何度もヤクモに向かって前足を叩きつける。
しかし、その全てがヤクモを踏み潰すことはなく、大きな土埃をまき散らすのみであった。
四人は土埃でヤクモの姿を見ることができない。リザベラ以外の三人は不安で息を飲んだ。
ドラゴンは上空を見つめ、口を大きく開ける。そこから火の球が何個も放たれ、土埃の中へと降り注いでゆく。
「あのドラゴン! 炎吐きやがった! 流石にヤクモ様もやばいよ!」
グルドは剣を抜き、ドラゴンの方へ向かうが、リザベラが叫ぶ。
「グルドォ! 剣は構えたまま動くな! お前はヒルデの護衛だけを考えろ。それが任務だろう」
リザベラの怒声にビクついてしまうグルドはぐっと生唾を飲み、怯えているヒルデの手をそっと握る。
次第にドラゴンは動きを止める。土埃が徐々に止んでゆく。
四人はヤクモの姿を必死で探す。
ヤクモの姿はそこにあった。最初の場所から一歩も動いていなかった。
いままで獰猛にぎらついていたドラゴンの目が、ふっとやわらぐ。
するとドラゴンの身体が光り輝き、どんどん収縮してゆく。
その光景に五人はひどく驚いた。光輝き収縮してゆくドラゴンは、みるみるうちに長身の淑女へと変わっていったのだった。
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