第2話 オフィックス王国

 スタージュン卿がオフィックス城に赴くことはごく自然なことであった。彼は貴族として何度もこの城のパーティに出席している。さらに言えば先代王からの付き合いであり、今オフィックスを囲っている防壁『ウロボロス』の建設費用を工面したのもスタージュン卿である。


 彼は妻である婦人と、もう一人、フードを被った女性と紳士服の男を連れている。


 城の前にいる門番が、四人を見て立ちふさがる。


「いかがされましたか? スタージュン卿」


「王と話がありまして」


「王はご存知で?」


「確認をとっていただければ、この時間に私が来ることをお伝えしているはずです」


「後ろの方は?」


 門番は後ろにいるフードで顔を隠している老婆を睨んだ。コルキスである。


「あぁ、この方は私の知人でね。事情があって顏を見せる者を制限している。


「……。他ならぬスタージュン卿のお連れの方だ。間違っても王に無礼を働くものではないでしょう。どうぞ」


「ありがとう」


 スタージュン卿は門番に礼を言い、四人で城に入る。よく知った道を歩き、国王のいる部屋まで進んでゆく。通り道で、訓練をしている兵の姿を見る。


 任務を受けていなければヤマトもまだここで訓練を積んでいたのだろうと思うと、少し物悲しさを感じたが、スタージュン卿はコルキスから聞いたヤマトの楽しそうな話のおかげで少し頬が緩んだ。


「あなた。まもなく王室です。そのように頬を緩めては」


「……済まない」


「まったくだよ。血の繋がりがなくても子煩悩にはなるんだねぇ」


「ははは、お恥ずかしい」


 妻とコルキスに、自分の頬が緩んだ理由すらもお見通しで恥ずかしさを誤魔化すように笑いながら、頬を掻く。


「スタージュン卿、コルキス様。この扉ではないでしょうか?」


 三人で仲良く話している中に、これ以上の脱線を止めるために、プッシは目的地である王室扉を見つけて彼らの目線をそちらに誘導する。


「しかし、平和ボケしているなぁ。ミッドガルドは。私たちに王室までの案内を用意しないとは」


「ははは、彼は僕しか来ないと思っているから」


 スタージュン卿は扉をノックする。


「入れ」


 部屋の中から声がした。スタージュン卿は扉を開ける。


「ご機嫌はいかがでしょうか? 国王様」


「あぁ、ここ最近は非常に気分が良いよ。スタージュン卿。そちらは?」


 王室に入ると、玉座に座っているミッドガルドとその後ろに参謀役の男が咳込んでスタージュン卿ら四人を睨んでいた。


「えぇ、国王様。本日の謁見はこの方を貴方の元へ案内したく、参上しました」


 スタージュン卿は丁寧な口調でミッドガルドに頭を下げた。


「ふむ……。『ウロボロス』建設の際には貴殿には世話になっているからな。貴殿が紹介したい者と言うのであれば信頼しよう。前に」


 ミッドガルドはスタージュン卿にそう促すとフードの女性、コルキスがスタージュン卿の前に行く。


「では、私はこれで」


「ん? スタージュン卿は席を外すのか?」


「えぇ、大事な話だと思いますので」


 スタージュン卿は不敵な笑みを浮かべて席を外す。夫人もそれについてゆく。


 ミッドガルドは残ったフードの女性と紳士服の男を不審そうな目で睨む。


「さて、そろそろかね」


 コルキスはフードを外す。ミッドガルドは老婆を見て目を見開く。丸っこい顏で目を見開くのでまるで巨大な蛙のようであった。


「コルキス……!」


「やぁ、ミッドガルド。本当に王様になったんだね」


 コルキスの顔を見たミッドガルドは参謀に目配せをする。参謀は状況を察したのか、王室を出てゆく。


「コルキス様。私も去った方がよろしいでしょうか?」


「私はいてもいいけどねぇ、あんたはどうなんだい? ミッドガルド」


 ミッドガルドは少し眉を細めたが、無言のままコルキスを睨んでいた。


「まぁ、あんたはせっかくだから私のお小言でも聞いてな」


 コルキスはカッカッカと笑う。プッシは今更去ることもできないので、コルキスを守るように彼女の後ろからミッドガルドを睨みつける。


「さて、ミッドガルド。なんで私に会いにこないんだい?」


「貴様には関係のないことだろう。アリエス王国の女王よ。いや、この魔女が」


「魔女とは聞きづてならないね。あの国の魔法は私にも管理し切れてないんだ。私のせいじゃない」


「私が言っているのは、貴様の年齢の話だ。いつになったらくたばるのだ」


「物騒なことを言うね。アリエスの人間はほとんど寝ているせいか。寿命が長いだけだよ」


「まるで不死身のキュールのようではないか」


「ヘラクロスの冒険に出てくる魔女のことかい。あの子と一緒にされちゃ困るよ。あたしは不死身じゃない。それにしてもあんたもあんな冒険小説なんか読むんだねぇ」


「あぁ、私も王として一般教養はある。この部屋を見ればわかるだろう?」


 ミッドガルドは部屋中にある本棚を眺めながら答える。しかし、その本棚には『ヘラクロスの冒険』は存在しない。


「はぁ、あんた。自分は『星巡り』をしなかったくせにコブラとヤマトにそれをさせているそうじゃないか。大方、都合の悪くなったものを追い出して、せいせいしたかったんだろう。スタージュン卿が知ったら怒り狂うんじゃないのかい?」


 コルキスにはミッドガルドの思惑はお見通しであった。


 オフィックス王国の問題児であるコブラと、外から来た青年ヤマトが騎士たちの間で問題になっていた点。その二つを解決するために追い出したのだ。


 外敵はもちろん、都合の悪くなったものを吐き出すための巨大な壁『ウロボロス』の外に吐き出す。


 そうやってミッドガルドはオフィックス王国に君臨してきたのだ。


「あんたに残念な報せがあるよ」


「私からすればあなたがここにいる段階で今日は最低の気分だ。どうやってここに入った」


「秘密」


「ちっ」


 ミッドガルドは隠すことなく舌打ちをする。


「さて、悪い報せだ。コブラとヤマト……そしてキヨが私のところにきた。そして『星巡り』を達成したよ」


 コルキスの言葉を聞いて、ミッドガルドの歯ぎしりが聞こえる。驚きとイラつきを隠すことができないのだ。


「小物だねぇ」


「うるさい。今すぐ殺してやろうか」


「それはさせませんよ」


 脅しの言葉を発したミッドガルドとコルキスの間に割って入るようにプッシがミッドガルドを睨みつける。


「話は最後まで聞きな。コブラたちは恐らくこのままあんたの命令を素直に聞いて『星巡り』を行いにいくよ。あたしたち星術師は基本的に『星巡り』を忘れない。否、星術師が忘れていても、国は自然と星巡りを行うもの達に『試練』を与える。そして王を見定めてゆく。私の勘だけどね。コブラたちはクリアするよ。そしたらあんたは困るんじゃないかい? 星に選ばれなかった強奪しただけの王よ」


「…………」


 ミッドガルドは何も言わない。鬼気迫る顏でコルキスをにらみつけている。


「それにあんたが逃したキヨちゃんも向こうにはいるから、達成したら、あんたの立場はないよ。国民も納得してしまうだろう。例えもはや国民たちに『星巡り』が忘れられたとしても」


「ふん、どうせ達成など出来ぬ」


「私が言うほどのことじゃあないけれど、地下の遺跡を壊したりはしないのかい?」


「あそこにはなるべく足を踏みいれたくないのだ」


「子どものようなことを言う」


「貴様から見れば私も、先代王も子どもであろうよ」


「そうだね。自分の城に閉じこもって、何も動けないでいる臆病な子どもだよ。あんたは、悪かったね。王になったくせに後見人である私に挨拶もないあんたに些細ないやがらせをしに来ただけさ。私は久々にたくさん歩いたし沢山話したから眠たくなってきたよ」


「ならとっとと貴様も自分の城に閉じこもって永遠に寝ていると良い」


「寝て起きてを繰り返すから楽しいのさ。外に出て家に入ってを繰り返すから良いのさ」


 コルキスはコブラのことを思い出して頬が緩んだ。


 ミッドガルドはそれに対しても何も言い返すことはなかった。


「邪魔したね。コブラたちを見てあんたやスタージュン夫妻に会いたかったから遊びに来ただけだよ。ほら、プッシ帰るよ」


 コルキスはあっさりとした態度でミッドガルドに背を向けて歩いてゆく。プッシも戸惑いながらもコルキスについてゆく。


 外に出て、しばらくすると、待っていたスタージュン夫妻と目が合う。


「お話は終わりましたか?」


「あぁ、満足したよ」


「今日は少し遅くなると思いますので、ゆっくりしてから明日から帰りましょう」


 スタージュン夫人の提案にコルキスはケラケラと笑う。


「そういって、もっとヤマトの話を聞きたいのだろう。そうだね。ゆっくりさせてもらおうかな」


「えぇ! ぜひ!」


 無邪気な喜びの表情をしたスタージュン夫人にコルキスは微笑みながら、彼らの家に向かった。






 コルキスが去った後、オフィックスの王ミッドガルドは苛立ちで机を思いっきり拳で叩く。


「ふん。あのクソババアがどう評価しようが、あの二人では希少種である「ドラゴン」を倒すことは不可能だ。どうせキャンス王国で『星巡り』を達成することは出来ぬ。そうだ。不安に思う必要はない。そうなのだ。今日もこの町は平和だ」


 自分を落ち着かせるように町の外を見て深呼吸をする。


 予言など関係ない。コルキスのいうことも関係ない。星巡りも関係ない。


 この国は今も平和だ。平和なものしかないのだ。


 ミッドガルドは自分に言い聞かせながら平和な町を眺め、高笑いした。


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