第18話 いつの日にか

 暗い影の中に一筋の光が見える。その光を見つめていると、光が大きくなり、キヨ=オフィックスを包み込む。あまりの眩しさに彼女は目を閉じる。


「やあ、無事に出ることが出来たみたいだねえ」


 目を開くと、穏やかな口調で話すカストルの姿があった。


「これで全員だね」


 カストルがそういって辺りを見渡す。キヨも同じように周囲を見ると、アステリオスと、顏が疲弊しきった様子のコブラの姿があった。


「二人とも、無事に達成できたようね」


 そう声をかけるキヨを見て、アステリオスとコブラは目を丸くした後、ニヤニヤと笑い始める。


「似合っているねぇ。キヨお姫様」


「ちょ、やめてよコブラ」


 キヨは自身が現在、キヨ=ジェミ二クスからもらったティアラを頭に乗せている。その事実を指摘され、恥ずかしさから手でティアラを隠す。


「キヨ、隠しちゃダメだよ。似合っているって」


 アステリオスも微笑ましく笑いながらキヨを見る。キヨはそんなアステリオスを見て、思い出したように彼を見つめ返す。


「ん? どうしたの?」


「アステリオス。お願いがあるんだけど」


「うん。なんでも言って」


「この、ティアラ……腕輪にしてほしいの」


 キヨからの言葉にアステリオスは目を丸くする。


「いいのかい?」


「うん。キヨ姫からは許可を貰っている。頭に乗せたままじゃあ、落としちゃうから」


「……王妃のティアラを加工するのか……責任重大だな」


 アステリオスは言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべていた。それは、キヨがキヨ姫との対話を終えたのだと実感できたからである。影の町に堕ちたキヨを見ているアステリオスにとって、それは安堵の感情が溢れた。


 その二人の空気を割るように大きな手を打ち鳴らす。


「さてはて、達成した人たちとお話はおしまい。まずは、儀式達成おめでとー」


 カストルはのほほんとした声でその場にいたコブラ・アステリオス・キヨの三人に話す。


「この『双子迷宮』は昔、この国の人間にとっての成人儀礼だったんだ。そこから人口の劣化を危惧した当時の星術師が国全体にかけたのが始まりなんだ。あまりに優秀な星術師だったんだろうねぇ。僕とポルックスじゃあ、解除もできやしないよぉ」


「だったらこの国は永遠に……」


 コブラは嫌悪感を示すように、カストルを睨みつける。


「うん。もちろん僕とポルックスで住民と『ドッペルゲンガー』が接触しないように、誘導はしているんだけれどねぇ。たまには発生してしまうよねぇ」


「……ちっ」


 コブラはどうしようもできないと納得せざるを得なくて思わず舌打ちをする。


「さて、皆さん。あらためて、ドッペルゲンガーから頂いた物を見せてもらえるかなぁ」


 カストルはそう促すと、コブラ、アステリオス、キヨはそれぞれ手に取って、カストルに見せる。カストルはそれをまじまじと見つめる。


 キヨの手にはティアラ。王女キヨ=ジェミ二クスが王として君臨し続けた証拠である。


 アステリオスの手には、ならず者集団『ラビリンス』の首領、ミノタウロスが、己の身体を鍛えぬいた重り。


 コブラの手には、王国騎士団長にして、王女キヨ=ジェミ二クスの義兄。コブラ=ジェミ二クスが、民、そして愛する妹を守るために振るっていた奇妙な形の武器。十手。


「うん。それは確かに、君たちの影が歩み進めた結果、生み出されたものたちだ。まさしく君たちが持つにふさわしいねぇ」


 カストルはそれぞれの品を見つめてうんうんと頷く。すると、彼の手の上が小さく光り、そこから奇妙な紋様がある護符が現れる。


「これが、『星巡り』の護符か……」


 入手するその瞬間を始めてみたアステリオスは興味深そうにカストルの持つ護符を見つめる。


「えっと、では、これはコブラくんにあげるー」


 カストルがコブラに護符を手渡す。コブラはなぜ自分なのかわからず戸惑いながら受け取る。その戸惑いの正体にすぐ気付いた。


「おい、ヤマトはどこだ?」


 そう。この場にヤマトの姿がないのだ。彼だけ達成できなかったのだろうかとコブラは思ったが、先ほど、カストルは「全員」と言っていた。ヤマトが達成していないということは考えられなかった。


「……その件なのだけれど」


 カストルが残念そうに大きなため息を吐いた。三人とも、カストルの方を見つめる。


「ヤマト=スタージュンは、しっかりと『ドッペルゲンガー』から受け取ったのではなく、殺して奪い取った。達成ではあるけれど、最悪の達成方法だ」


 その言葉を聞いて、三人は動揺した。自分たちの中で誰よりも冷静で、理性的な男であるヤマトがする行為とは到底思えなかった。


「じゃあ、反則負けってことか?」


 コブラはカストルに詰め寄るために彼の顏すぐ近くまで近づく。


「ううん。ルールはルールだ。しっかりと影から物を受け継ぐことが出来たら、この国から出ることが出来る。むしろ反則勝ちって感じだね」


「じゃあ、ヤマトは儀式を達成したんだよね?」


 不安そうな顔でアステリオスも問い詰める。キヨは不安そうに胸の前で手をぎゅっと握る。


「うん。だから君たちよりも一足先に彼と話したんだけれど、彼は自分の影から奪い取った細長い剣みたいなものを携えながら、もうこの国を出ていってしまったよ」


「おいおい、あの野郎先に言っちまったっていうのか」


「うん。君たちが達成したら伝えておいてって頼まれていたんだ」


 カストルはそういうと、迫られているコブラの気迫に疲れたのか、彼から離れて近くの椅子に腰かける。


「自分にはやらなければいけないことを思い出した。忘れたふりをして目を背けていたことを片付けにいく。って、彼が持っていた『星巡り』に必要なものはここに置いて行ってくれているから、しっかりもののアステリオスに渡しておいてって」


 そういうとカストルはヤマトの鞄らしきものを指差す。アステリオスはカストルの意図を理解し、そのかばんを取りに行く。


「あの野郎……」


「ヤマト……」


 寂しそうにキヨが俯く。先に行かれたことにコブラは苛立ちを覚えたが、握っていた十手を見つめて、大きく深呼吸をする。


「仕方ねぇ! キヨ、アステリオス。あいつにやらなきゃなんねぇことがあるならやらしとけ。俺らは俺らで『星巡り』を続けるぞ」


「いいのかな?」


 キヨの寂しそうな表情をしている。コブラはキヨの頭をわしわしと撫でてやる。


「大丈夫だ。どうせどっかの国にでもいるんだろう。『星巡り』をしてりゃあどっかで再開する」


「そうだね。今さら『星巡り』をやめてそれぞれ好き勝手に行動しよう。ってこともできないよ」


 コブラの言葉にアステリオスが乗っかる。まだ気持ちの整理がついていなかったキヨは気持ちを切り替えるために首を大きく横に振るう。


「そうだね! 見つけたらみんなの荷物持ちでもさせてあげましょ!」


 ニッカリと笑うキヨを見てコブラは安堵の意息が漏れる。


「じゃあ、コブラ。キヨ=オフィックス。アステリオス。以上三名の『星巡り』の達成をここに証明します!」


 堂々と話しているのだが、カストルの声色が全然迫力がなく、なんともいえぬ虚脱感を感じる三人であったが、カストルに案内された扉を開くと、町の外だった。


「いいのか? キヨ。また出る前に絵を描いておけばよかったーって嘆くかと思ったぜ」


「今日はもう描く絵を決めているの。だから二人とも、今日の出発はちょっと我慢してね」


 キヨに言われた通り、コブラたちは少し歩いて見つけた水場で足を止めて、身支度を始める。その間、キヨは真剣な面持ちで絵に向き合っている。コブラは川で釣りを始める。アステリオスはキヨに頼まれた通り、ティアラの加工を始める。


 キヨは微笑みながら画版に筆を走らせる。


 コブラもアステリオスも楽しそうに書いているキヨの邪魔はしなかった。


「よし! 出来た!」


 キヨが明るい声で叫ぶ。コブラが釣った魚をアステリオスが焼き始めている頃であった。


 二人はすぐにキヨの方に近づき、完成したと言う絵を見に行く。


「ほぉ、やっぱり上手だね」


「これは記念品だからね」


 キヨは満面の笑みを浮かべる。


 その絵には優雅なドレスに身を纏った赤髪の姫が、滝や、人、動物などの自然に囲まれて、舞い踊っている絵であった。


「この絵の名前は?」


 アステリオスが興味本位でキヨに問いかける。


「名前はね……。『いつの日か』で行こうかな」


 キヨはその名前を気に入ったのか、絵を持ち上げて何度も頷く。その光景を暖かい目でコブラとアステリオスは見つめた――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る