第16話 兄と妹

「第一部隊から第七部隊はこの騒動の元凶と思われる影の町へ迎え! 残りの者は城に常駐! これは『ラビリンス』の連中による暴動の可能性がある!」


「……いいえ、きっとコブラ様ですわ」


 騎士団長が指示を出している中、キヨ姫は玉座に座りながら先日、行動を共にしたコブラのことを思い出していた。コブラ騎士団長は呟いたキヨ姫を睨みつける。


「いいか。キヨ。こっから一歩も動くな。俺もここからは動かない。二度とお前を城から出さない」


 大切にされていることもわかるはずなのに。兄の心配故の言葉がなぜかキヨ姫の心に大きく突き刺さり、心苦しくなる。しかし、自分は兄に何も言うことはできなかった。彼の言っていることは正しく、彼女が王女として取るべき行動だった。


「はい。お兄様」


 俯きながら、キヨ姫は兄であるコブラ=ジェミニクスに答えた。








 コブラとキヨは城の近くまで近づいていた。作戦通り、町はパニックになっていた。騎士団も住民を落ち着かせ、城の警備に真剣になっている。


「ざっと……三割ってところか? 結構城に残してきたな。俺」


 屋根から城の周りを調べるコブラは騎士団長の慎重さに思わず舌打ちをした。


「どうする? コブラ?」


「まぁ、侵入することは変わらないが、入りやすいところを探さないとな」


「こないだのところは?」


「ダメだ。警備が襲われた結果が残ってしまっているからあそこからの侵入は読まれている。まぁ、出来ることはこれか」


 コブラは懐から衣類を二つ出した。キヨはその衣類を見つめて首を傾げる。


「それは?」


「ラビリンスのアジトから二着ほど拝借した。キヨ。ちょっとこれに着替えろ。俺も着替えるから」


「着替えるってどこで……」


「ここで」


「嫌よ。絶対に嫌」


「えぇー……。じゃあ降りてもいいが、バレるなよ」


 コブラはその場でささっと着替える。この国の人間がよく着る普段着に身を包む。


「あんた、屋根の上とはいえ、こういうあけっぴろげな場所で着替えるの抵抗ないの?」


「着替える場所に抵抗持っていたら孤児なんてやっていけねえっての」


 コブラは着替え終え、キヨは降りて着替える。


「60秒待つ。それまでに着替え終わってなくても、俺は降りてくるからな」


「わ、分かったわよ」


 声を出して終わったと言う合図を出すわけには行かず、コブラはキヨが降りていってから六十秒数えた。その間も、城の周辺をしっかりと観察する。特に住民からの抗議で騒がれている場所を観察。


「……あそこだ」


 一つの城門に住民が集まっている。コブラはすぐにそこに目を付けた。60秒経ったので降りると、キヨもしっかり一般の住人の恰好に身を包んでいた。


「意外と余裕だったな」


「早着替えぐらいできないと、追放された姫として集落での生活はできないわよ」


 少し自慢げに鼻を高くするキヨに思わずコブラは失笑する。


「ははっ、そうだな」


「ちょ。そこまで笑うことある?」


「アリエスでも、赤いドレスに早着替えだったもんな!」


「だからその話忘れてっていってんじゃん」


「はははっ!」


 一通りキヨをからかった後、コブラはキヨに作戦を説明する。その後、住民が騒いでいる城門まで住民のふりをして紛れこむ。


「影の町を拠点にラビリンスたちが暴れているのよ! 城に避難させて!」


「ですので、しばらくお待ちください。今、王からの対処を!」


「あの煙は何? 影の町で何が起きているの!?」


「ですから! それも我々が現在調査中でして!」


 騎士たちは市民たちに言い寄られ、慌てふためいている。アステリオスの作戦が功を奏した瞬間である。コブラとキヨは市民の中に紛れて隙を伺う。


「この状況、姫様ならどうするよ? 元姫様」


「私なら、解放しちゃうな。……あの髭親父だったらわからないけれど」


 キヨはミッドガルドを思い出して、舌打ちをする。それと同時に、扉が開く。


「女王から避難所としての要請が受理されました。皆様! こちらへ!」


 コブラは思わずにやけてしまう。コブラとキヨは城内へ住民のふりをしながら入ってゆく。そして避難用とされた部屋に騎士たちが案内してくれている間に、こっそりと住民たちの集団から離れて城の中へと侵入した。


 キヨとコブラは走った。王座のある部屋までもう近い。ここまで来たら、隠れる必要はない。駆け抜ける。途中で騎士に出くわしたら全ていなして行けば良い。幸い、騎士たちは皆、自分たちの姿を見て、まず、驚く。自分の仕えている者と同じ顔の者が襲ってきて、咄嗟に対応できるものは少ない。そしてコブラもキヨも、その小さな隙を見て、相手を攻撃することには躊躇がなかった。


 もうすぐで城の部屋につく。その時だった。大きな殺気に気付き、コブラはキヨを庇うように前に行く。


「よう!ニセモノ!」


 大きな怒号が響く。コブラの腕が十手に絡まって身動きを制限される。騎士団長コブラがが二人に襲いかかってきたのだ。


「おいおい! 王座にいると思ったぜ!」


「敵の場所が分かれば、目的地に辿りつかれる前に対処するに決まっているだろう!」


「キヨ!」


 コブラは叫ぶ。キヨを逃がそうとした。コブラは逃げず、むしろ騎士団長に抑えつけられる。抵抗してくると思っていた騎士団長はコブラを取り押さえることが出来つつも、コブラが足を絡めているせいで、キヨを追うことが出来なかった。


「貴様!」


「さぁ、騎士団長様。しっかりと語り合おうぜ!」


 コブラは自身を見下ろす。自身の同じ顔の男に対して怒鳴りつける。


「貴様と話すことなど! ない! 穢れた俺め!」


 取り押さえていることを利用して、思いっきり、コブラに頭突きをする。その衝撃で、コブラが絡ませていた足が緩み、騎士団長はそこから逃れる。


「あいつが妹と顏がそっくりの奴か。捕らえなければ!」


「おいおい、俺はまだぴんぴんしてんぜ!」


 コブラは自身に背を向けた騎士団長の背中に向かって思いっきり蹴りを放つ。


 その蹴りで姿勢を崩したコブラ騎士団等は大きく舌打ちする。


「ちっ! このボロガキがぁ!」


「お高くとまりすぎなんだよてめえは!」


 振り返った騎士団長と追撃をしようとしたコブラの二人の頭突きが同時に互いの額を襲う。互いの痛みで一瞬眩んで、ふらつく。


「早く妹のところに行かせろ!」


「あいつを自分の物と勘違いしてねぇか!お兄ちゃんよ!」


 騎士団長が放った拳とコブラが放った拳は互いの頬に当たる。互いの口から血が流れる。


「てめえは、キヨ姫を抑えつけすぎだ。騎士団長だか、義理の兄だか、養子だか知らねぇがな! 俺の面で抑圧ばっかしてんじゃねぇよ!」


 コブラは思いっきり、騎士団長に向けて回し蹴りを放つ。騎士団長も対抗して逆回転で回し蹴りを放つ。互いの足がぶつかり、重い音とともに両者に痛みを与える。


「いいか! 俺と同じ存在なら覚えとけ! 俺様コブラは、自由に生きる! 他人に縛られない! 他人を縛らない! 名前も自分で決めた! てめえに自分で決めたことがあんのかぁ! 与えられてばかりのボンボンが!」


 コブラは蹴りからすぐに体勢を変えて、彼の顔面めがけて拳を放つ。


 コブラに言われた言葉に引っかかり、行動に一歩遅れが出た騎士団長はコブラの拳を躱すことが出来ず、殴り飛ばされる。


――小さな頃、一人ですすり泣いている自分を、王であるジェミ二クス夫妻が拾ってくださった。なぜ泣いていたのか。自分の元々の名前はなんなのか。何も覚えていなかった。


「可哀想に。よければ、私たちの子どもにならないか。キヨも兄が欲しいだろう。きっと」


 そういって手を差し伸べられた。それを拒む理由はなかった。


「名もないのか。ならば、そうだな。コブラなんてどうだろう。強そうだろう」


 ――コブラという名、父からもらったものだ。


「彼女はキヨ。私たちの娘。いずれ王位を継ぐ者よ。彼女を支えてあげてね。お兄ちゃん」


 兄という称号。母からもらったものだ。


「おにいちゃん! 見て! 作ったの! あげる!」


「ありがとう。紙じゃあ弱いから同じ形のものを鉄で作ってもらうことにするよ」


「うん!」


 ヘンテコな形の十手という武器。最初は紙で出来たおもちゃだったが、妹が作ってくれた奇妙な形のそれを俺は材質を変えて常に持ち歩いた。


「コブラ=ジェミ二クス。貴殿を新たな騎士団長とする。皆を引っ張ってくれたまえ」


 正式な王の座につけない自分のために、妹を守る役職を頂いた元騎士団長。今の地位も俺は誰かから頂いた。


――だから、その使命。その役割。それを成し遂げなければならない。自分のやりたいことなど、ない。ないはずだ。あってはならない。


「おにいちゃん! 鬼ごっこしよう!」


 ふと、小さい頃にキヨ姫が自分を追いかけっこする遊びに誘ってくれたことを思い出した。城の中は入り組んでいて、妹を追いかけるのも大変だった。けれど、笑う妹、まだ王族としての使命も持たぬ無邪気な妹と、それを無邪気に追いかける自分。


――あの時は、楽しかったな。


 自分にもあったのだろうか。好きな時に寝て、好きな時に誰かと遊んで、大好きな人と過ごす永遠の時が。妹と、無邪気に遊ぶことが出来た。あの日に戻ることが出来るのだろうか。


「今にして思えば、俺は妹に怒ってばかりだったな」


 鼻から血が流れている。けれど、それを拭う気にもなれずに床に倒れている。自分と同じ顔の男が見下ろしているのを騎士団長は認識する。


「コブラ……だったか。私と同じ名だが、貴様はさっき自分でつけたと言ったな。詳しく聞かせてもらえるか」


 騎士団長は力が抜けて立ち上がれなかった。コブラは彼の頭のそばに座る。


「俺は孤児だ。あんたと同じ。名前もない。だからみんな「おにいちゃん」とか「小僧」とか「ガキ」とか「泥棒」とか好きに呼んだよ。けれど、名前を名乗らないといけない時に、自分の中にあった蛇の名前を名乗った。それが今の俺の名だ」


「そうか。ならば、私のこの名も、貴様から頂いた。ということか。つくづく、私は恵まれているな。貴様と違って。故に、貴様のように自由にはなれなかったな」


 鼻から流れる血を拭きながら騎士団長は満足そうに笑みを浮かべる。


 コブラはそんな彼を静かに見つめる。


「もう一つ、聞かせてくれ」


「なんだ」


「あの、妹と同じ顔をした少女は何者だ」


「あんたの妹のオリジナルだよ。キヨ=オフィックス」


「そうか……仲が良いのか?」


 騎士団長が優しい声でコブラに問いかける。コブラはその質問に対して思わず失笑する。


「仲が良い? 喧嘩ばっかりさ。嫌いではないが、仲の良さならお前ら兄妹の方が上だろうよ」


 コブラの言葉を聞いて騎士団長は妹、キヨ=ジェミニクスのことを思い出す。


 彼女も王族として生きようとした少女だ。


 彼女が、自分が叱責をした時に逆らわずに頷くようになったのはいつからだっただろうか。


「喧嘩か。父と母が亡くなってからは、一度も……」


 もし、自分と妹が喧嘩をしているならば、その光景を想像すると、なんだかおかしくて失笑する。妹は幼い時のように乱暴な口調で自分を叱責するのだろうか。それとも、今の口調のままに反論するのだろうか。自分はその反論にどう対応するのだろうか。暴力を振るってしまうかもしれない。


「ははっ、姫に攻撃をするとは、反逆罪だな」


「罪にならなきゃするのか?」


 コブラは意地の悪い笑みを浮かべ、騎士団長に問いかける。


「……いや、妹に暴力は振るわぬよ。例え姫でなくとも」


「俺なら思いっきり殴るけどな」


「ははっ。自由だな」


「そしてキヨも俺に殴り返してくる」


「そうか……本当に私はお前の影なのか?」


 思わず笑ってしまう騎士団長。その笑いにつられて、コブラも豪快に笑う。


「自分の顔の奴が、妹の顔の者を責めているのはあまり気分の良いものではないな」


「本当に、好きなんだな。妹のことが」


「あぁ、守るべきものだ」


 騎士団長の言葉を聞いてコブラは考え事を始めるようにじっと通路の天井を見つめる。


「そこは、正直に羨ましいよ」


 コブラが言った言葉を聞いて、騎士団長は首を動かしてコブラの方を見つめる。騎士団長がこの短い時間でも、コブラが誰かに羨望の感情を抱くような男ではないと感じていたのだ。それ故にコブラが漏らした言葉に驚愕した。


「守るものがあるってのは、羨ましいよ。あいつらには言えないけどな」


 コブラは、こういったことを言えばからかってくるに決まっているキヨとヤマトの顔を想像する。


「ならば、君はこれからその『あいつら』というのも守れば良い。私のオリジナルならば、出来るだろう」


 騎士団長は懐から十手を取り出し、それをコブラに差し出す。


「いいのか?」


「あぁ。ただ、約束してくれ。この十手は、妹からもらった前衛的なデザインのものなのだ。妹が、君の仲間のキヨ=オフィックスとは関係なく、自らが生み出したものだ。大事に持っていてくれ」


 コブラは騎士団長からそっとその十手を受け取る。


 手に取った瞬間。なんだかエネルギーが満ちてゆく心地の良い感情が身体中を巡る。


「妹と同じ顏の少女が苦しむのは、私にとって心が痛む。私の代わりに守ってくれ。俺と同じ顏の、自由な男よ。貴様が持つ。唯一無二の『使命』を私が言い渡す。どうだ? 俺も与える側になれただろう?」


 血で赤く染まった顏なのに、不敵な笑みを浮かべている騎士団長の笑みにコブラは目を奪われた。暖かい影がコブラの周囲に広がる。コブラはその影に恐れることはなかった。コブラは騎士団長から受け取った十手を腰に差し、そのまま影へと飲み込まれてゆく。

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