第15話 アステリオスとミノタウロス


――コブラ兄ちゃん! 今日は何して遊ぶの?


――よし、なら鬼ごっこをやろう。お前ら逃げろー!


 子どもたちと遊んでいた思い出だ。追いかけたり追われたり、一緒に悪戯したり、色々遊んだな。あの時は楽しかった。子どもは俺のことなんか気にせず遊んでくれた。


――済まないね。重たいもの持ってもらって


――いいってことよ。ただし、駄賃は頼むよ


 雑貨屋を営んでいた婆さんとの思い出だ。あの婆さん、今思えばなんでもない仕事を俺に振って、駄賃くれたんだよな。多分、ただで恵もうとしたら俺が怒るとか、周りの目とか、気にしてくれて仕事をくれたんだよな。婆さんのおかげで俺は風呂に入れたんだ。


――こらぁー! この野菜泥棒が!


 野菜屋のおっちゃんだ。いっつも怒鳴る癖に、もう売り物にならなそうな野菜を俺の盗みやすいところにそっと置いていることは知っている。まぁ、それを頂くついでに新鮮なのも、盗んでやったが、今頃在庫処分に困ってんのかな。困ってたら俺が食ってやるのに……。


――いつも来てくれてありがとうございます。はい、暖かいモルカですよ。


 大好きな茶屋の娘さん。俺が孤児の盗人なんて知ったらショックだろうか。最近行ってないからそろそろ心配してくれていると、嬉しいな。それに、あのモルカがもう一度飲みたい。アステリオスに頼んだら作ってくれるだろうか。


――そこの少年、よかったらこれをあげよう。本はいいぞ。私から盗んでみよ。


 一度っきりしか会わなかった貴族の爺さん。気前のいい人だった。あの人から俺はボロボロの『ヘラクロスの冒険』を盗んだんだ。そこから隙を見て、落ちている本とかを拾って、夜に目を通すようになって――


――貴様の名はなんだ。


 初めてヤマトと会った時の記憶。そうだ。あの時、あの爺さんに与えられた本をきっかけに色々な本を読んだ時に知った。かっこいい蛇の名前。その名前を名乗った。――コブラだ。


「俺の名前は……コブラ」


 自然と独り言が漏れる。目を開くと、『ラビリンス』のアジトの天井が目に映った。どうやら昨日の準備に疲れて寝てしまったようであった。


「おはよう。コブラ」


 コブラが声の方を見ると、キヨがニコリと笑いながら、こちらを見ていた。


 彼女は画材を膝に立てて、何かを描いていた。彼女が見ている先を見ると、ミノタウロスを囲むように、引っ付いて寝ている小さな子どもたちの姿だった。


 コブラは身体を伸ばし、立ち上がって、キヨの方へ向かい、彼女の絵を見つめる。


 もうほとんど完成している。暖かい雰囲気の絵だ。


「お前、いつから描いているんだ?」


「んー、いつからだろう。なんかみんなよりも早く寝ちゃったから早く起きちゃって」


 キヨはコブラと話しながらも、絵から目を離さない。最後の調整なのか、寝ている彼らの周りを鮮やかな色で彩ってゆく。


 ミノタウロスを囲む子どもたち。その周りを鮮やかで橙、赤などの色で彩ってゆく。


 早朝に描かれた絵。しかし、このアジトにはあまり光が差し込んでこない。だと言うのに、キヨの絵はまるで暖かな光に祝福される彼らを見ているような気持ちになる。


「うん。やっぱりこれだね」


 キヨは立ち上がる。絵は完成したようだ。最後に右端に小さく自分の描いた証明である印を描く。


「いい絵じゃねぇか。盗んでやろうか?」


「やめて。この絵はここに飾るの」


 キヨはあらかじめ決めていたのか、ミノタウロスがよく立っていたカンターの後ろの壁に自身の絵を押さえて、針で固定した。


「これでよし!」


 まだ暗い部屋でキヨが描いたこの絵だけが明るさを放っている。コブラはじっと張り付けられたその絵を見つめる。


「コブラ、あたしにもありそうだよ。姫様にはあって、私がいらない物。そして、姫様にはない物」


「……ならよかったよ」


 キヨが満面の笑みで言う答えにコブラは安堵の声を漏らした。


 彼女の笑みからは確固たる自信を感じられた。








 皆が起き、最終確認をした。アステリオスは皆のご飯を用意し、テーブルに飾った。


「「「いただきます!」」」


 子どもたちもコブラもキヨもミノタウロスも皆が声をあげた後、料理を食べ始める。


「いいかい? まずは僕とミノタウロス。そして子どもたちで。この装置を『影の町』に置きに行く。これは僕が考案した。すごい騒音が出る装置だ。前の国で、クミルさんが使っていた星術を使った声を大きく響かせるアイテムを自分で作ってみたくて、考えたものなんだけれど、その結果で生まれた大きな破裂音が響くように――」


「アステリオス。落ち着け、端的に話せ、ガキ共が聞いていない」


 アステリオスの長くなる語りをミノタウロスが静止する。現に子どもたちはもう関係ない話だと勘違いして、食事を進めてしまっている。


「んんっ! ごめん。ようは、これを使えば、町中に響く巨大な音がなる。さらに、その音が出る時の空気の放出を利用して、粉末の入った粗目の袋を上空に放つ。そしたら粉が待って、視覚的にも何か起こったと国中に知らせることが可能なはずだ。装置は最後に火にかけて燃やす。それでさらに煙が待って、騎士たちは影の町を無視できなくなる」


「その間にコブラとキヨに城へ向かってもらうってわけだな」


「うん。屋根伝いや、物陰から移動して国に近づくのはキヨとコブラの二人だけの方が効率がいい。それに、これは国盗りじゃない。コブラとキヨが、自分の『ドッペルゲンガー』と向き合うことが目的だ。なら、あまり大勢で行かずに侵入する方がいい」


「俺もないと思うが、万が一、騎士団長様がこっちにきちまう可能性は?」


「いや、万が一も億が一もねぇな。俺が嫌いな俺であるあいつだからわかる。あいつは昨日の妹攫いの件がある。絶対に妹からは離れない。『自分がいなきゃ妹はまた攫われる』とか考えているから様子見は部下にさせて自分は城に残っているだろうよ。昨日お前が言った通りに。そしてキヨ姫は国の王女だ。権威もある。これ以上の勝手をするつもりはないだろう。だから、キヨ姫も、騎士団長も、玉座の部屋にいる」


 コブラの言葉を聞いて、みんながコブラの方をじっと見ている。


「まぁ、作戦自体は単純な、なるべく大事にしないといけないから子どもたちも含めて、このポイントに移動してほしい。一番大きな音を鳴らすのは『影の町』だ。みんなが気味悪がってる町で、奇妙な事件が起きれば、王室まで聞こえなくても、近隣の人間からの苦情やらなんやらが来る。無視はできない」


「さらに、これはついでの希望的観測だが、あそこでぐったりしている奴らが音に驚いてパニックにでもなってくれりゃあ本格的に暴動だ」


 ミノタウロスは意地の悪い笑みを浮かべる。それを見て子どもたちもひっひっひと笑う。


「じゃ、それで頼むわ。いくぞキヨ」


 料理を食べ終えて、コブラとキヨはアジトのある建物の天井まで登ってゆく。遠くに見える城を二人で見つめる。あそこに自分たちの『ドッペルゲンガー』がいる。あいつらと接触して、影に飲まれずにいれば良い。


 下を見つめると、アステリオスたちが荷物を持って『影の町』に向けて走ってゆく。その様子を見届けて、キヨとコブラは作戦結構の瞬間をじっと待つ。








 アステリオスたちが『影の町』へ辿りつく。子どもたちもそれぞれ所定の位置へ着く。不審な行動を取っている『ラビリンス』たちに対して影の町の人達は無関心だ。


「いつ見ても、いたたまれないなぁ。ここの人たち」


 アステリオスは装置を設置しながら、項垂れている『影の町』の人々に同情してしまう。


「先生も、俺を見た瞬間にこうなる可能性があったってことだよな」


「うん。あの時、君の言葉がなかったら、僕もキヨやこの人たち同様、この町に堕ちていたと思うよ」


「そうか……」


 ミノタウロスは考えた。自分の言葉で、自分が救われたのかという事実に、そして影の町に堕ちていた、『ラビリンス』の子どもたちについて。


「アステリオスよ」


「ん? なんだい?」


「この国の『双子迷宮』っつう星術の仕組みは一見残酷かもしれねぇ。自分よりも優秀な自分。自分が捨ててきた自分。自分が忘れたい自分。そんなもんを映し出して形として存在しちまう。確かに残酷だ。だけどよ。俺は、あんたに会えて嬉しかったんだ。あんたが俺の生まれ元って知って、嬉しかったんだ」


 ミノタウロスも設置のために目は作業から話さずに、アステリオスに語りかける。目を見て話すのは少し恥ずかしかったのだ。


「俺は、二日前に生まれた存在かもしれない。けれど、設定された『日常』があった。俺はよ。最初は弱かったんだ。頭も悪くて、喧嘩も弱くて、それが嫌で嫌で。けれど、頭は絶対に良くならないと決めつけていた。俺に何か知識を入れることなんかできないって。だから身体を鍛えた。頑張って頑張って、肉体を作った。そしたらみんなから恐れられて、身寄りのないガキを友だち代わりに集めるしかない孤独な奴になっちまった」


「ミノタウロス……」


「けどよぉ。俺と先生が一緒ってことは、俺も諦めずに勉強をすれば、先生みたいになれたってことだ。今から勉強しても、先生みたいな賢い奴になれるってことだ。そして先生も――」


 ミノタウロスの言葉を遮るように、アステリオスは彼の肩に手を添える。彼は見上げてアステリオスを目があった。


「これから鍛えていけば、君のように優しく、力強い男になれる」


 肩に添えていた手を離して、ミノタウロスに差し伸べる。ミノタウロスはその手を掴み、アステリオスが引っ張り、立ち上がる。


 ミノタウロスの方が、身体が大きいので、引っ張った拍子にアステリオスの方が倒れそうになり、それをミノタウロスが支えた。


「はははっ、格好良く締まらないなぁ」


「ははっ、頑張って力を付けな。先生」


 装置の設置が終わり、子どもたちも設置が終わったことを報せる合図が見える。


「よし! じゃあ、後はコブラとキヨに任せよう!」


「そうだな。後は……」


 ミノタウロスが自分の袋から何かを取り出す。


「これを、先生に」


 地面にぽつんと置かれたのは鉄で出来た不思議な形の塊だった。左右の丸みを帯びた部分とその中央に手でつかみやすいように棒状になっている。


「これは?」


「俺が身体を鍛えている時に使っていた物だ。少しずつこれの大きいものを作っていって、どんどん重くするんだが、それは、俺が鍛え始めた時に使っていたものだ。今受け取ったら俺が消えちまうかもしれない。だからここに置いておく。この作戦が終わったら受け取ってくれ」


「うん」


 アステリオスは小さく返事をした。彼の真剣な表情が嬉しかったのだ。今ここで早く受け取りたいという衝動に駆られたが、じっと我慢して、装置を起動させる準備をさせる。


「じゃあ、行くよ! みんな!」


 他の場所に設置した子どもたちも、アジトの屋根で待機しているキヨとコブラも、アステリオスの号令を待っている。


「では! 発射!」


 アステリオスの言葉の瞬間、とても大きな爆発音が響く。そして上空に煙が舞う。それに続くように子どもたちの方も、装置を起動させて巨大な音とともに煙を発生させる。


「よし! キヨ、行くぞ!」


「うん!」


 その騒音に、町中が驚き、騒動となった。その隙を縫って、キヨとコブラは城まで駆け抜けてゆく。

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