第12話 辻斬りヤマト

 騎士団長コブラと、ヤマトは辻斬りとキヨ姫の捜索に尽力していた。


 しかし、二人とも中々見つからず、捜査は難航していた。


「おい。ヤマト=スタージュン」


 しびれを切らしたのか。コブラはヤマトに対して話しかける。


「どうしたましたか? 騎士団長様」


「ちょっと息抜きが必要だ。お前のお友達らしい俺と同じ顔の奴について、もう少し聞かせろ」


「……この話は貴方を侮辱しかねない内容ですが、よろしいので?」






「こっちもてめえのこと辻斬りだのなんだのと侮辱している。お互い様だ」


「では、私の知るコブラという男について話をさせていただきましょう」


 そしてヤマトは語った。ときおり、騎士団長コブラの顔色を伺いながら、コブラと自分の馴れ初め、初めて会った日に金的を喰らったこと。この大任を担ってすぐにコブラと食べ物の取り合いになったこと。そこでキヨ=オフィックスと出会ったこと。


 夢の国でのコブラの行動。力の国でのコブラの行動。オフィックスで彼が何をしていたのか。彼がこのジェミ王国に入る前に語ってくれたことをそのまま話した。


「なるほど。まったく赤の他人のはずなのに、俺もジェミニクス王夫妻に拾われなければ、もし旅に出れば、そういった連中を前にしたら、同じ行動を取るだろうという不思議な確信がある。人相が似れば行動も似る。ということだろうか」


「騎士団長様は博識な印象を受けます。私の知るコブラとは大違い」


「いや何。拾われの身とはいえ、王族だ。血という誇りのない王族なぞ、みなに疎まれるに決まっているのでな。幼い頃より勉学には励んだ。口の悪さは治らなかったけどな」


 にひひと笑う騎士団長に益々コブラと似ていると感じてしまったが、それ以上にヤマトは彼に親近感を覚えた。


「そうですね。血の繋がりがない。というのはやはり辛いものですよね」


「お前もわけありか?」


 コブラは鋭い目をヤマトに向ける。


「えぇ、私も貴方様と同じく拾い子です。貴族。スタージュン卿に養子にして頂けた身分です。他国の血で容姿が異なっていたこともあり、同年代の貴族には貴方様と同じく疎まれました。故に私は結果を求めて鍛錬に精を出してきました。それでもまだ冷ややかな目で見るものも多く。私は、拾い子の身分でありながら、騎士団長まで上り詰めた貴方を尊敬致します」


 ヤマトは空を見上げながら、コブラに対して話した。コブラはその話を聞いた後、静かにヤマトの背中を叩く。


「今までお前の態度を見ていればわかる。お前は優秀な騎士だ。それを評価しないなんつうのはオフィックスの騎士団長とやらはよほど無能に見える」


 彼なりの励ましなのだろう。ヤマトは、あの憎きコブラと同じ顔の男に励まされている事実になんとも言えぬ気恥ずかしさを感じた。


「どういう……ことだ?」


「団長! 目標、捕らえました!」


 小さな声がした。コブラとヤマトの前に立つ、顔を覆っている男がこちらを見ている。彼らの後ろに立つ兵士がコブラたち二人に気づかせるために叫ぶ。


 二人はすぐに目の前の男を見る。顏ははっきり見えないが、ヤマトにはすぐにわかった。違和感を抱かぬほど。背格好と、漏れ出た声が同じなのだ。


 ヤマトの背筋が凍る。


「ヤマト=スタージュン。お前の錠を外す。手伝え」


「良いので?」


「同じ境遇のよしみだ。裏切るなよ」


 コブラの部下が鍵を出してヤマトの錠を外す。


「なんで、俺と同じ顔の奴がいる。しかも……王族なんかと! 殺す! 殺す!」


 辻斬りは叫びながら剣を構えてコブラに対して突進を仕掛ける。ヤマトはすぐに剣を抜いて、その攻撃からコブラを守る。


「なっ!」


 辻斬りの攻撃を受け止めたヤマトは彼が持つ得物に動揺した。


 細身の片刃の剣を辻斬りは持っていた。


「ありえない! それは!」


 ヤマトは重なる剣で思いっきり、辻斬りを押しのける。


「剣の腕は達者だなヤマト=スタージュン」


「はぁ……はぁ……」


 ヤマトの動悸が激しくなる。斬られていない。この戦況で動揺するのは相手の方だ。なのに、止まらない。心臓の鼓動が止まらない。


「ふぅーっ! ふぅーっ!」


 辻斬りは興奮したように息を荒げてこちらを睨みつけている。


 その顏は自分の顏だ。オフィックスに来て、スタージュン卿の元で育ってからはしてこなかった顏。


 幼い頃、ずっとしていた顏だ。


「その顏を……俺に見せるなぁ!」


「どうしたヤマト!」


 ヤマトは荒ぶって辻斬りへ突進をした。ヤマトの剣は確実に辻斬りの命を狙っていた。辻斬りもまたヤマトの心臓部を狙っている。互いにそれを防ぎ、攻撃している。互いににらみ合いながら吠えている。


「おい! ヤマト! 落ち着け!」


 後ろからコブラの声が聞こえる。だが、止められない。ヤマトの耳にコブラの言葉は届かない。


 背中から何かぞろぞろと黒い手が肩に触れてくるような感覚に襲われる。影の中へ落ちてこい。落ちてこい。とヤマトを誘う。だが、ヤマトは怒り狂い目の前の辻斬りしか見ていない。


 次第に引っ張っていた影はヤマトの身に纏わりつき始める。その影がヤマトに力を与えているのか。ヤマトはさらに心地が良い。


「王族と! その騎士は殺す! よくもタケルを! タケルをぉ――!」


 辻斬りの言葉は途中で遮られた。ヤマトが辻斬りの口に向かって、剣を突き刺す。貫通した剣を引き抜く。辻斬りの顏がぐちゃぐちゃになり、血が流れてゆく。息の荒いヤマトの頭が揺れる。誰かに突進されたのだ。


「お前っ!」


 コブラはすぐにヤマトの背中に飛び移り、重心を乗せてヤマトを倒す。


 身動きが取れないように十手で抑えつける。


「何をやっている! 捕らえなきゃ意味ねぇだろうに!」


 騎士団長コブラはそれよりも驚いたのは、ヤマトの剣筋であった。騎士を名乗る者が持つ剣は、叩くという意味合が多い。突き刺す。という方法を取るのは、それでこそ、細身の剣でこそ有効な手段のはず。ヤマトが持つ剣は、コブラたちが持つ剣と同じ形状だ。であれば、やはり用途は叩き斬るが主流。


 咄嗟にやったにしてはこなれている。


「はぁ……はぁ……」


 目の前でずたずたになった己の顔を見て、コブラに抑えつけられてようやく冷静に戻りつつあるヤマトは呼吸を整えるようにゆっくりと息を吐く。


「辻斬りとしての罪は冤罪だったが、貴様は殺人を犯した。現行犯で捕らえさせてもらうぞ」


「待ってくれ。一つだけ、確認をさせてくれ」


 ヤマトは首も腕も足を全てを封じられて動けない状況でコブラに懇願する。


「なんだ」


「承諾されないと思うが、あの、奴が持っていた剣に、触れさせてくれ」


「頼む」


 ヤマトの真剣な眼差しにコブラはしばし悩む。


「触れるだけだぞ」


 コブラは残りの部下二人に指示をして、身体全体を固定し、コブラ自身はヤマトの手の甲に抑えるように手首を動かせぬように固定する。


「これなら、その剣に触れても振り回せねえだろう」


 そういってコブラは、そっと剣をヤマトの手元に持っていく。じっくりと剣を見る。間違いない。これは刀だ。柄をそっと撫ぜて、ぎゅっと掴む。


【おめでとう。最悪の達成方法だけど、君は儀式を完了させた。残りの三人がそれを終えるまで、待っておくと良いよ】


 突然脳内に響いた声。この声はカストルの方だったか。とヤマトは理解した。


――忘れたかったのに、全てを思い出してしまったな。これでは、見なかったことにできない。


 ヤマトは剣を握りながら物憂げな表情をする。


 その直後だった。ヤマトが伏している地面から黒い影が広がり、ヤマトの身体が影に沈む。


「おい! お前! どうなってやがる」


 まるで大きな石がゆっくりと水に落ちた時のようなとぷんと音を立てて、ヤマトの身体と、辻斬りが持っていた身体が沈んでいった。


 彼を取り押さえていたコブラと、その部下二人は何が起こったのかわからず、座ったまま互いの顔を何度も見る。


「ヤマト……あいつがドッペルゲンガーだったってことか?」


「いえ、ただ。いかがなさいましょう。辻斬りの死体も、いつの間にか消滅しています」


「……ちっ」


 立ち上がったコブラは消滅したヤマト、そして辻斬りの死体のあった場所を見つめて、そこに何もないことに苛立ちを覚えて舌打ちをする。


「終わっちまったもんは仕方ない。次はキヨだ。妹の行方を探す。お前ら二人は、騎士団に、辻斬り問題は解決したことを報告してくれ」


 部下二人も慌てて立ち上がり、敬礼し、コブラの指示通りに走り去ってゆく。


「……寂しい別れ方だな。ヤマト=スタージュン」


 小さな声で騎士団長は呟いたが、それに応えてくれる者はおらず、彼もまた妹を探しに、町を走った。


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