第13話 コブラとコブラ

 キヨ姫とコブラは路頭に迷っていた。


 それもそのはずである。彼らは目的地であるキヨ=オフィックス本人の居場所がわかっていない。彼らが行動しているのは騎士に見つからないように移動しているだけである。


「申し訳ございません。コブラ様」


「静かにっ。騎士団の奴らがいる」


 疲れで息が荒れているキヨ姫の声を静止する。物陰が覗くと、騎士が辺りを見ながら通り過ぎている。見つからないように身を隠す。


 コブラは頭の中で十数える。騎士団が気づいていないのであれば、これくらいの時間があれば、辺りから姿を消すだろうと踏んだからだ。


「キヨの野郎。マジでどこにいやがんだぁ?」


 コブラは頭を巡らせる。と言っても、この町の形状を少し覚えた程度で、どこに何があり、人が集まる可能性がある場所、その上でキヨが行きそうなところなど、見当もつかない。


 普段の自分であれば手当たり次第に向かうのだが、キヨ姫がいる。あまり大袈裟には動けない。


「とりあえず、一旦登るぞ」


 コブラはもう一度辺りを大きく見渡そうと、屋根を上り始める。キヨ姫も頷いて登る。


 もう何度目かの屋根登りに慣れたキヨ姫もコブラに負けじと足取り軽く登ってゆく。


 上から見下ろしていたコブラはやはり、キヨだなと感嘆する。


 上に登り終えて、辺りを見渡す。


「何か、見えそうですか?」


「待て、今それを調べている」


 辺りを見渡す。すると、広場を見つける。そこに何か屋台のようなものが置きっぱなしになっている。コブラはすぐにそれに気づいた。


「あれは……」


 コブラはちらりとキヨ姫を見つめる。キヨ姫はすぐに移動を始めると言う意味を理解して、走ってゆくコブラについてゆく。


 キヨ姫はコブラと一緒に移動している時、小さい時。兄である騎士団長と一緒に鬼ごっこをして遊んだことを思い出す。


 彼女が鬼になると、兄の足が速いので、どうしても追い付けず、鬼ごっこではなく、ただ彼女が兄を追いかけているだけのゲームになってしまう。


 クスクスと彼女は思わず笑みを浮かべる。


「なんだ急に」


 コブラは、普段のキヨが朗らかに笑うことが少ないこともあり、今のキヨ姫の表情に困惑する。照れくさいのである。


「いえ、どこに向かわれるのでしょう」


「ちょっと良いもの見つけてな。それをしっかり確認する」


 コブラとキヨ姫は軽快に屋根と屋根を飛び越えてゆく。


 コブラの足音はしない。しかし、キヨ姫は飛び越える度に屋根瓦の音が鳴る。


「おい、気をつけろ」


「すみません!」


 キヨ姫は咄嗟に謝りながら、慎重に着地して、なるべく音を鳴らさぬようについていく。


「コブラ様は、兄と同じように、私をお叱りするのですね」


「お前がキヨに会いたいって言ってるんだ。そのお前のミスでバレちゃあ意味がねぇからな」


「いえ、お優しいです」


 キヨ姫は思い出す。父と母を失い、全ての者は彼女に優しく接した。彼女は両親を失ったショックで自棄になっていた。それをみな見守っていた。しかし、兄だけは彼女を叱った。


『正当な後継者はお前だ。しっかりしろ』


 兄だけが彼女を叱責し、彼女を王女へ導いた。そう、いつも。この顔が彼女を導くのだ。


「あの、コブラ様」


「なんだ?」


「あの、私と同じ顏であると言う彼女とは、どういった関係なのですか?」


 キヨ姫の質問にコブラはしばし熟考する。


「よし、下るぞ」


 コブラはそっと家の屋根と屋根の境目から地上に降りてゆく。キヨ姫もそれに続く。


「お前はここでちょっと待ってろ」


 コブラは辺りを見渡してキヨ姫を物陰に案内して、布をかぶせてゆく。


「あの、コブラ様っ」


 コブラは、キヨ姫の静止を聞かずに、件の広場へ足を運ぶ。もう既に夕方ごろ、人通りは少ない。ただおかれただけの屋台に、住民は興味を示さず、その屋台を見つめているのはコブラ一人であった。


「やっぱり、これはアステリオスの物だ。ってことはこの辺にいるのか?」


 コブラは、アステリオスの屋台を見渡す。屋台の中で具材などが散らばっている。何かあったのだろうかとコブラは勘ぐる。


「この辺で待っていればアステリオスが来るかもな。もしかしたらキヨと合流しているかもしれねぇ」


 その時だった。貴婦人の悲鳴がする。その声の先をコブラはすぐに振り向く。すると向こうから奇妙な形をした小さい鉄棒を握った男が突進してきていた。コブラはすぐにこれを躱す。


「てめえ!」


 コブラはすぐに突進してきた男を理解した。


 自分と同じ顔をした男だったのだ。近くでみるとより、自分と似ていると実感する。


 しかし、自分はここまでまっすぐな目をしているだろうか。


 コブラの心に少しざらつきが見える。


 しかし、コブラはその感情を振り切り、彼から距離を取る。


「おいおいおいおい! 一般市民に突然突っかかるとは、騎士団長様はおっかないねぇ!」


 自分の顔をした男に吠えるコブラ。騎士団長は十手をコブラに向けて構えながら、コブラをじっと見つめる。


「俺と同じ顏の一般市民か。信じがたいな」


「信じてくれよ。似ているだけだ」


「ならば一般市民であることは信じよう。しかし、それでも貴様はここで捕らえさせてもらう!」


 騎士団長は怒鳴る。それと同時に、キヨ姫の悲鳴が聞こえる。


「落ち着いてください。姫様!」


「違うのです! 兄上! 私が勝手に!」


「お前は黙れキヨ!」


 騎士団長はコブラの方から視線をそらさずに弁明をするキヨ姫に怒鳴りつける。まるで刷り込みのように怒鳴られたキヨ姫は言葉が詰まってしまう。


「貴様には、王女誘拐の重罪がある。一般市民でも、俺が攻撃する理由があるだろう?」


 コブラは状況を理解して舌打ちをした。


 辺りの市民は動揺した。目の前には自分たちの知る騎士団長と、その彼と同じ顔の男が対峙している。その上で、騎士団長と同じ顔の者が姫を誘拐した。という言葉を聞いて市民たちは各々野次を飛ばす。


「おいおい! ってことは、あいつはドッペルゲンガーか!?」


「いや、あれは空想上のものでしょう!」


「けど、あの誘拐犯、明らかに騎士団長と同じ顔をしているぞ!」


 辺りは混乱している。その状況でも、騎士団長はコブラから目を離さない。おかげでコブラは迂闊に動けない。


「おとなしく投降しろ。そしてお前のことをじっくり聞かせてもらおうドッペルゲンガー!」


 騎士団長はコブラに向かって突進する。コブラはあえて彼に向かって走る。互いに向かって走る両者。騎士団長は十手をコブラの首に向けて放つ。コブラはその隙に彼の股下に滑り込む。騎士団長は驚いている隙にコブラはすぐに逃げ込む。


 騎士団長の部下二人も、キヨ姫を捕らえるのに手いっぱいで逃げるコブラを追うことが出来ない。


「さぁ! 俺はドッペルゲンガーだ! お前らを連れ去っちまうぞー!」


 コブラはてきとうなことを叫びながら、走る。


 市民たちはみな悲鳴を上げて走り回る。その合間合間を縫ってコブラは人影に隠れる。


 本来ならばこんな法螺話を信じない。しかし、目の前には同じ顔をした自分たちを守ってくれる騎士団長が二人いるのだ。この奇妙な光景に市民たちは恐怖を抱かざるを得ない。


「待てっ!」


 騎士団長は叫ぶ。そしてコブラの後を追おうにも、混乱状態にいる市民たちが邪魔をする。


「ちっ!」


 騎士団長は市民たちから離れ、キヨ姫の元へ向かう。


「二度とこんな危険なことはするな!」


 騎士団長はキヨ姫に怒鳴りつける。


 キヨ姫は反論したかったが、彼の威圧感に何もできずに下唇を噛む。


「お前らは、こいつを城へと送っていけ。いいな!」


「騎士団長は」


「俺はあいつを追う。さっきの辻斬りといい、あいつらには聞かなきゃならねぇことがある!」


 そういうと騎士団長は屋根を上ってゆく。そして屋根上についた時、走ってゆくコブラの姿を見つけた。


「やはりそこにいたか!」


 騎士団長はすぐにコブラを追う。気配を感じたコブラは振り返ると少し離れたところに自分と同じ顏を見つけて焦る。


「おいおい、顏が同じだと考えも一緒か? やりづらいなぁ!」


 コブラは屋根と屋根の間から地上へ飛び降りる。騎士団長は飛び降りずに、彼の飛び降りた場所まで駆けてゆく。そして、コブラは飛び降りた場所を見下ろす。


 コブラは飛び降りずに、家と家の間で壁と壁を両手で押さえてその場にいた。


「やはり下りずにいたな」


「なんで、先回りで降りてねぇんだくそ!」


 騎士団長がコブラに向かって手を伸ばす。すぐにコブラはその場から降りる。当然騎士団長を下りる。二人はすぐそばまで距離が縮まっていた。


 コブラはとにかく逃げた。


 しかし、騎士団長はコブラの全ての策を先読みし、彼を追い詰める。


 コブラは焦った。自分の逃げ方を全てバレている。彼と逃走劇をしたことはない。初めてのはずだ。だが、思考全てがバレている。


「あぁ! やりにくい!」


 コブラは弱音を吐く。その言葉を聞いて、騎士団長はニヤリと笑う。


「おとなしく捕まれ! おれのドッペルゲンガー!」


「お前が俺のドッペルゲンガーなんだろうが!」


 コブラは苛立ち、ついに逃げることをやめ、騎士団長と相討つ。騎士団長が十手を突き刺す。それを躱す。騎士団長の攻撃を全てコブラは躱す。


 そう。相手にこちらの考えがわかるのであれば、こちらも相手の考えがわかる。騎士団長の十手の放つ位置、彼の足の癖、捕まえる時の手の癖。全てが自分と類似している。


「くそっ! 捕まりやがれ!」


 騎士団長は苛立ちを覚えて吠える。それを聞いて、コブラはニヤリと笑う。


「どうした。どうしたドッペルゲンガーさんよぉ!」


「だから、ドッペルゲンガーはてめえだろうが!」


 騎士団長は十手を突きつける。その攻撃を躱し、彼の伸ばした腕の下に潜り込み、彼の手首をつかみ、自身の腰で、騎士団長の身体を浮かせ、引っ張る。


 騎士団長の身体は半回転し、背中を地面に叩きつけられる。


「はっ! お上品なところで過ごしている俺なんて敵じゃねぇな」


 コブラが強く握りしめることで、騎士団長の握力が無くなり、持っていた十手が地面に落ちる。


「くそっ!」


 騎士団長は跳ねて、そのままコブラの顏にめがけて蹴りを放つ。コブラはそれを躱そうとするも、肩に蹴りが当たる。このまま腕を掴み続けると、このまま反撃されると考えたコブラは腕を離して、背を向けて騎士団長から逃亡する。


「待て! くそっ!」


 地面に叩きつけられた痛みのせいで、追いかけるのに少し出遅れる騎士団長。


 その隙にコブラは裏路地へと入ってゆく。


「コブラ! こっち!」


 路地裏の奥から聞き覚えのある声がする。


 声の方を見つめると、少年がこちらに手を振っている。


「アステリオス!」


「早く! あの騎士団長がきちゃう!」


 アステリオスに導かれるままコブラは彼の方へ走る。右へ、左へ、曲がり、小さな店を発見する。


「入って!」


 コブラを先に入れて、アステリオスは扉に入る前に辺りを見渡す。騎士団長の姿は見えない。上手く撒くことができた様子を確認して、アステリオスは扉を閉める――。


 その店の名は『ラビリンス』であった。

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